1
この作品は、前作『十六夜の秘め事』のセルフリメイクです。トリック等は変更はありませんが、キャラクターやエピソードを追加して読み応えのある内容になっているので、ぜひ読んでもらえると嬉しいです。毎日20時更新予定、手元で完結させているので、エタることはないのでご安心ください。それから、漢字の読み方は『いざよいにいざなわれ』です。
セピア色に傾いた日の射す公園で、二人の少年少女がブランコを漕いでいた。二人とも小学二年生くらいの小柄な体格をしている。あたりにその二人以外の人影はなく、カラスの鳴き声が聞こえてきそうだった。
少女は思いっきり立ちこぎでブランコを揺らす。手を伸ばせばすぐ近くに広がっている木の葉に届きそうなほど、大きく。風切り音が少女の耳を揺らした。それに対して少年は、座ったまま地面を見つめて、小さく足をプラプラさせていた。
「詩織は将来何になりたいんだ」
少年が、足元に落ちていく枯葉を見つめながら言うと、詩織と呼ばれた少女は天真爛漫に答えた。
「私、かあ。とにかく偉い人になりたいかな。」
詩織はブランコを揺らすペースを少し緩める。ブランコの錆びついた鎖がキコキコと音を立てていた。
「偉くなって、みんなにすごいって言って欲しい。もっともっと。智弘はどうするの」
「俺、か。俺は、エジソンみたいに、何かを発明したいかな。もしくは、アインシュタインみたいに、科学者になるとか。それで、ノーベル賞を取るんだ」
得意げに言う少女の横で、智弘と呼ばれた少年は小さめの声で言う。
「すごいじゃん智弘。私、応援してるからね。私も智弘みたいになれたらなぁ。あ~あ、お母さんは勉強勉強うるさいんだよね。疲れちゃうよ、もう」
ちょっと拗ねて見せたかに頬を膨らませてみた少女の顔は、それでも楽しそうだった。
「詩織だって、すごいじゃん。毎回百点ばっかり取っててさ。ピアノも上手だし」
「まぁね~」
得意げそうに少女は呟く。へたくそな口笛が乾いた寒空へと響いていく。
「でも私、何になろうかな。まだ、大人の自分、ってやつが想像できないんだよね~」
「まぁ、俺も、何になるかまだ決めてないんだけどな」
冷たい風の吹きつける中、セーターを着こんだ少年と、長袖のTシャツを着た少女が将来を語る。その将来は、きれいに澄んだこの夕焼けのごとく、どこまでも開かれているように思えた。へたくそな口笛のように、遠くまで飛んでいけるような気がした。
「でも、偉い人って言ったら政治家とかかな」
「そうだね、せっかくだったら日本初の女性の総理大臣にでもなろっかな」
落ちていく陽が、二人の影を長く伸ばす。揺れる少女の影が、ひときわ長くなった。
「詩織が総理大臣になるんだったら、俺は国連事務総長にでもなろうか」
「いいね、約束だよ」
「ああ、約束だ」
小指を付き合わせた二人は笑う。無邪気に、そんな夢をかなえようと、ただひたすらに。揺れるブランコの近くを二人の小指が行ったり来たりしていた。
「お~い、詩織、智弘。お母さんが呼んでるよ~」
そこへ、ちょうど迎えに来た第三の人影が射した。同じく小学二年生くらいの少女と、その母親らしき女性だ。
「恵理子待って~。今行くから」
少女が元気いっぱいにブランコから飛び降りる。さっきまであった影の頭を踏むように大きく飛び出し、そして見事に着地を決めた。ズサッという砂を踏みしめる音が聞こえた。それを冷や冷やしながら見ていた少年も、ブランコから降りて歩き出す。恵理子と呼ばれた少女と、その母親の元へ。元気いっぱい、詩織と呼ばれていた少女はついさっき来た母親らしき女性に飛びついた。
「恵理子のお母さん、今日の晩御飯は何?」
「みんなでカレーにしましょう。智弘君もおいでね」
そんな声を引きながら、四人は夕暮れの児童公園を後にした。後には、揺れるブランコの影だけが残されていた。
幼い日の、無邪気な二人の少年少女の約束。まだ純真無垢だったころの、二人だけの約束。けれど、それは決して果たされることはなかった。そう、永遠に。