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気分はもう冒険者  作者: 祭久陽
プロローグ
2/2

食堂ハチドリの夜

一段、また一段と踏みしめながらユリアスは階段を下りていく。

やがて明るいランプとともに、海の男たちの大きな声がユリアスを迎える。


「やっと起きてきたねユリアス!さっさとエプロンつけて厨房はいんな!」

そうユリアスに半ば怒号にも似た声色で言い放つのは、ユリアスの母・カミラだった。彼女は両手に大きな皿をテーブルに運びながら男たちの注文を聞き入れる。


ユリアスは「はいはいわかってるって!そんな大きな声で言わなくてもわかってますよって!」といいながら、慣れた手つきでエプロンを身にまとい、厨房に入っていった。


「はいは一回でよろしい!ケシゲシの姿焼き2つ!」

カミラはそれだけいうと、また男たちの饗宴の中へ戻っていった。両手にはまだ大きな皿が乗っていた。


「はいはいすみませんでした…ええと、ケシゲシの姿焼きを2つね、ケシゲシを2つ、ケシゲシを…」

ユリアスはオーダーを復唱しながら、厨房の奥にある保管庫に向かった。

今の季節は夏であり、店内の温度計を見ると35度を超えている。しかしそれでも保管庫で食材の保存ができるのは、ひとえに、魔導電池のおかげである。


(これ一つの魔力で保管庫が冷蔵庫に早変わりか、魔法学ってのは進んでるもんだな)

この世界のエネルギーは、主に自然界から精製される「魔力」なるものが担っている。ラジオ、時計、冷蔵庫から船、電気、銃器まで。

この世に存在する工作物は、全て、魔力が流れないと作動しないのだ。

「ま、原理は詳しくはしらないけどね。俺学校行ってないし」

そういいつつ、ユリアスは冷気を体一面に受けながら冷凍化したケシゲシを取り出したのだった。


さて、ケシゲシを調理するうえで注意しなければならないことがある。

ケシゲシの表皮には短い毛がびっしりと映えているが、これを除去しておかなければ、たちまち毒が調理の工程で紛れ込んでしまう可能性がある。

ケシゲシの毒はこの科目の仲間の中でも最も毒素が強いため、取り扱いには細心の注意が必要なのだ。


(最初は不用意に触ってかぶれたときもあったっけ)


ユリアスはケシゲシの脇腹をつかむと、手際よくケシゲシの体毛を剃っていく。

ケシゲシの脇腹に体毛はないのである。

「後はカラッと揚げておわり~っと」

ユリアスは体毛を剃りきったケシゲシを油の中に入れると、ユリアスは一息をつく。


もうこんな生活を10年は続けている。最初は新鮮だった厨房も、今ではかなり狭く感じるようになってきたし、最初は新鮮だった沢山の食材の調理も、慣れてくるとただのルーティンに過ぎないのである。


物足りない。

ユリアスは確かにそう感じていた。刺激が欲しい、自分はこんなところで一生を終えていい人間じゃないはずだ、刺激が欲しい…

革命でも起こればいいのにと考えていたその矢先、新たな客が店に入ってきた。海の男じゃない。海の男よりも貧相だが身なりは立派だ。


男は大きな荷物を抱えながら「やあこんばんは。席はまだ空いてますかな」とユリアスに向かって話してきた。商人だろうか。

「カウンター席でいいならどうぞ-!」

男はきょろきょろと店内を見回すとにこりと笑い「じゃあ、あそこに座らせてもらおうかな」と店内の右隅の方を指さす。海の男の仲間の1人が座っている席に押し入っていく。「君、ここを譲ってもらえんかな」

「あん?おい、おっさん、ここは俺が先に座ってるんだぜ」と半笑いを浮かべながら彼はその男を一瞥した。

喧嘩になるな、とユリアスとカミラは直感した。カミラは今すぐ防犯用の棒を取り出せる体勢をとっている。


「困りましたなぁ、どうしても譲るわけにはいきませんか」と男は少し困ったような顔をしてみる。

海の男は「譲るわけにゃいけねえな、この俺が商売人に席を譲ったとなっちゃ、いいお笑い種だ!」というと店内はひときわ大きな笑い声で包まれた。男は「困ったような顔」を崩さない。


「……わかりました、では少しついてきてください」というと男は外に出るよう促した。「ここじゃなんですので…」

喧嘩だ、喧嘩になるぞ、と荒くれ者たちは騒ぎ始めた。ユリアスはカミラに近寄り「おいどうすんだよ…あのお客さんぼこぼこにされちまうぞ」といった。明らかに体格が違う。それに加えてあの男は船乗りになる以前は剣闘士だったらしく、グランドラ大陸でも指折りの強者だったということをユリアスは男と同じ船の仲間の一人に聞いたことがある。

カミラは「さあね、お店の外でやってさえくれればいいわよ」とあの男の安否を気にしてはいないようだった。ユリアスは母の薄情にも似た感想に動揺しながらも、事の成り行きを見守ることに決めた。


海の男は「おいおいおっさん、まさか腕っぷしで勝負なんて言わねえだろうな、俺が少しひねったらあんた、その貧相な腕が折れちまうぜ?」というと「ま、どうしてもというなら、ついてやってもいいぜ」

そういうと元剣闘士は席を立ち、すでに外に向かう男についていく。仲間たちの声援を一身に受けながら彼は店の外へと出て行った。






結論から話そう。元剣闘士は右隅の席を譲ったのである。

どうやったかはわからないが、とにかく彼はあの男に席を譲った。しかも無傷で、ニコニコと男にこびへつらうような顔をして。

海の男たちはどうされたのか、どんな武器を使ってきたのか、と問い詰めたが元剣闘士は答えない。ただ一つ「どうってことはねえよ、話し合いだ、話し合い…」とただ一つの言葉を除いては。

男は「オーダー!」とだけいうと、背中の荷物を降ろし始めた。

何者なんだ、この男は?

ユリアスは数えきれない疑問を一つの言葉に固めながら、カミラよりも先に注文を受け取ろうと男の席に歩いていった。話がしたかった。たくさんの事を聞きたかった。


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