第二章 「慟哭」 その弐
四人が生徒会室に到着すると、既に他の生徒会メンバーが十人集まっていた。
高等部の生徒会メンバーは、二年三年合わせて三十人いた。更に一年も入れれ
ば五十人程になり、優樹と薫を除いたメンバーで三つのチームに分かれていた。
仕事は各チーム日替わりせいで組まれ、基本的に相手するのは力の弱い悪霊だけ
で、授業中などに出動することはない。少し放置したところで、悪霊では結界世
界から脱出できないからだ。強力な妖怪の場合は、すぐに対処しなければならな
いが、それはハンターの仕事となる。
「今のところの情報では、相手は悪霊だけのようだが、数はかなり多いぞ」
三年の制服を着た長身の男子生徒が優樹に向けて報告する。
「それならツ―マンセルで手分けして撃退しましょう」
優樹の指示にメンバーは頷いて答える。そして全員が魔法陣で結界世界へと向
かった。
法則性なくランダムに送られた場所は、先程とは違う広い中庭で、大きな噴水
があり、桜も数多く植わっている。
生徒会メンバーは慣れた感じで素早く散っていき、その場には四人が残った。
「私たちは出番がないかもしれませんね」
優樹が笑顔で言ったこの時、天魔は一人だけ険しい表情をしていた。
「そうでもなさそうですよ。このまがまがしい気配、分かりませんか」
途轍もなく強い力を持った何者かが近付いてきており、天魔は逸早く気付いて
いた。それは明らかに悪霊が放つレベルの気配ではなく、妖怪が放出する妖気だ
った。
謎の妖怪は疾風の如く凄まじい勢いで空中を駆けるように飛び、四人の眼前に
現れる。それは狐の姿をした巨大な妖狐で、長い尻尾の先まで入れれば、普通自
動車よりもまだ一回り大きく、刺々しく感じる紺色の邪悪な妖気を全身に纏って
いる。
この妖怪とは、成仏できず悪霊や地縛霊になった何らかの生物の魂が元になっ
ている。それらが物や生物に取り憑き、数十から数百の年月を経て、完全に融合
して新たな器を得た状態を妖怪と称した。
しかし妖怪が全て悪しき存在とは限らない。中には人間に干渉せずひっそりと
暮らす者もおり、時に助けともなってくれる、そういった妖怪も数多くいた。取
り憑いた時は悪霊だったかもしれないが、妖怪となるまでの長き時の中で、生前
での怒りや憎しみは忘却の彼方へと消え去り、魂が癒される事もあった。
「ザコばっかりかと思っていたら、随分と凄いのが交じっていたのね。流石に二
人だけじゃやばいかも。どうする優樹、四人で戦う?」
言葉とは裏腹に、妖狐の邪悪な妖気に気圧される事無く、薫は何度もポージン
グしながら余裕ある顔で言った。だがこの妖狐から感じ取れる力は紛れもなく本
物で、周りの空間は凄まじい妖気でビリビリと震えていた。
銀色掛かった白い毛の妖狐は、牙を剥き出し狂気に満ちた赤い瞳で四人を睨み
付ける。霊力の弱い者なら、睨まれただけで金縛りになるだろう。
優樹は即答できずにおり、天魔の方を窺い見る。
「下がっていてください。この程度の妖怪なら問題ないですから」
天魔は腕を組み、いかにも余裕と言わんばかりの立ち居振る舞いでクールに言
ったが、この瞬間も妖狐から目を離しておらず、いつでも戦える態勢にある。妖
狐がすぐに襲い掛かってこないのも、天魔に隙が無かったからだ。
「分かりました。ではお任せします」
天魔の頼もしい姿を見た優樹は微笑みながら言い、後方へと離れた。
「必要だったらいつでも呼んでね、天魔君」
薫は心配そうにしながらも、優樹と一緒に後退する。しかし薫の瞳に映ってい
たのは、見事なまでに天魔だけで、愛の方はその存在すら忘れ去られていた。
空中から天魔たちを見下ろし、毛を逆立て今にも飛び掛からんとしている妖狐
は、三本ある尾を立てて開くとその瞬間、鋭利で巨大な牙の生えた口から、鉄を
も溶かしてしまいそうな燃え盛る炎を吐き出す。
天魔と愛はそれぞれ左右に別れ回避し、素早く後ろへと回り込むと、金色のオ
ーラを全身より放出する。それと同時に天魔は銃を二丁引き抜き連射した。
妖狐は透かさず振り返ると、また炎を吐き出す。その炎は天魔の放った弾丸を
容易く消滅させ、尚且つ台風時の津波の如く凄まじい勢いで襲いくる。
タイミング的に躱すのは不可能だと思われたが、二人の表情に焦りはない。そ
して愛が護符を一枚取り出し、迫りくる炎に投げ飛ばす。愛のオーラを帯びた護
符は空中に五芒星の魔法陣を作り出すと、盾の如く炎を防いだ。その隙に二人は
回避する。
天魔たちが使う護符は特注品であり、名刺サイズまで小さく作られていた。故
に普段からポケットなどに入れておき、簡単に持ち歩くことができる。
護符は基本的に一回限りの使い捨てのため、役目を終えれば、マジシャンがト
ランプを一瞬で燃やして消すように、自ら炎を生み出し消滅する。
左へと移動した天魔は、透かさず弾丸を連射する。だがその攻撃が妖狐にダメ
ージを与えることはなかった。妖狐の肉体に到達する前に、全身から放たれる妖
気によって、全て弾かれるようにかき消されたからだ。
「やっぱりこんなおもちゃじゃダメか」
天魔は不服そうに呟くと、銃を二丁ともホルスターに収めた。
「防御は俺がする。愛は攻撃に徹しろ」
天魔は自分の攻撃力では妖狐を倒すのに少してこずると考え、この状況でもっ
とも適切な戦術を選択する。
戦闘時、天魔は攻撃的であり、攻めを得意とするがその反面、霊的体質は絶対
的に防御系に特化していた。故に攻撃に関する高レベルの術や武器は、今の強さ
では自在に使えない。とはいえそれは高いレベルでの話であり、天魔の攻撃力は
自分だけが納得していないだけで、他のハンターと比べても劣っていない。そし
て防御に徹すれば絶大な力を発揮し、愛が先程使ったような護符を使わなくとも
念じるだけで容易く、盾の役目を果たす強力な魔法陣をオーラで作り出すことが
できた。だが天魔はそんな防御に優れた体質をもどかしく思っていた。
天魔とは逆に、愛は性格的に攻めを得意としないが、その霊的体質は完全に攻
撃系に特化しており、極めてゆけば、ありとあらゆる武器や高度な術を使い熟せ
る。だからこそ天魔は愛に攻撃を任せた。
「えっ、私が……そんなの無理だよ」
愛はすがるような顔で恐る恐る天魔を何度かチラ見した。
「うるさい。いいからお前がやれ」
天魔はいらつきながらも感情を抑えクールに発する。
妖狐はまさに疾風と化し間合いを詰めると、死神の大鎌の如き巨大な爪を天魔
に振り下ろす。天魔は微動だにせず、瞬時に手の平にオーラを集め、金色に輝く
五芒星の魔法陣を生成すると、妖狐の爪を難なく防いだ。
「愛、攻撃しろ!」
モジモジしている愛にいい加減腹が立った天魔は、怒鳴るように言い放つ。
「そんなに怒らないでよ。やればいいんでしょ」
愛は護符を取り出すとオーラを纏わせ、透かさず空中へと投げ放つ。護符は愛
の送る念に反応し、今度は六芒星の魔法陣を作り出す。
「おいで、木の葉天狗たち」
護符と魔法陣は爆発するように白い煙をモクモクと出し弾ける。すると煙の中
から三人の天狗が姿を現す。
木の葉天狗と称される天狗たちは、白地に赤の入った山伏姿で、背中には翼が
あり、腰には短剣を携えている。大きさは三十センチと人形のように小柄で、見
た目は十歳ぐらいの人間の少年そのものだ。
この可愛らしい木の葉天狗は、一族の中では下っ端の存在であり、力の弱い下
級妖怪であった。だが戦闘時には鋭い嘴が現れ、表情も険しく変身し、神通力と
いう霊力を超越した力をちゃんと使えた。
因みに口寄せは、誰にでも使える簡単な術であるが、強い力を持った妖怪や武
器を召喚する時は、数ある上級術に匹敵する場合がある。それはより多くのオー
ラを必要とするからだ。口寄せしている間は常に力を消費し、妖怪や武器が強い
力を持っていればいるほど、術者のオーラ消費も大きくなる。更に口寄せできる
妖怪や武器のレベルは、自分の強さと比例していた。故に上級妖怪と契約を結ん
でいたとしても、自分のレベルが低ければ、呼び出せないこともある。
「えぇ、三人だけなのぉ」
愛は十人以上は来てくれると思っていたので残念そうに発した。この時、天魔
は愛が自分で戦わずに口寄せしたことと、呼んだのが木の葉天狗であったのを見
て舌打ちしていた。
「悪かったな、三人で。せっかく来てやったのに、やる気なくなったぜ」
天狗の一人が拗ねるように言ったが、その言葉を聞いた天魔は胸中で「お前ら
がこれまでにギャンブルとエロいこと以外でやる気あったことが一度でもあった
かよ、このバカどもが」と語っていた。
「それより愛、なかなか色っぽい服だな」
もう一人の天狗は愛の制服を見回した後、勢いよくスカートをめくり上げる。
「しょっぺぇおこちゃまパンツ穿いてんなよ。白とピンクのシマシマかよ」
「コラっ! このエロ天狗‼」
顔を真っ赤にした愛の鉄拳が、見事に天狗の頭にヒットする。殴られた天狗は
ハエ叩きでバチンっとひっぱたかれたゴキブリの如く、地面に叩き付けられた。
「バカヤロっ! いつまで遊んでいる。早く戦え!」
天魔はこの瞬間も、妖狐が繰り出す怒涛の攻撃を一人で防いでいた。