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悠久なる狩人たちの挽歌  作者: 真狩トオル
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第二章  「慟哭」 その壱

 天魔たちが戦っている間に、毎年あるクラス替えによる慌ただしい時間は終わ

っており、各教室では新しいメンバーとなった最初のホームルームをしていた。

「遅れました」

 天魔はそう言って一年A組の教室のドアを開ける。この場面で登場すれば、天

野家の人間でなくとも注目されるが、天魔に視線を集中させた生徒たちは、すぐ

には目をそらさず凝視していた。

「徳川理事と生徒会のところへ行っていたんでしょ、ちゃんと前もって聞いてい

たわよ」

 天魔に微笑みかけ言ったのは、A組の担任、遠藤明日香だった。歳は二十五だ

が、見た目は小学生といった感じの小柄な女性だ。丸い眼鏡と美しい黒髪のポニ

ーテールがトレードマークである。服装はスウェットにカーディガン、白のタイ

トスカート、靴はスニーカーだ。担当教科は数学で、霊的特殊授業とは関係ない

教師だった。しかし先生人気ランキングでは上位に入っている。

 教室はゆとりある広さで席は段差になっており、六十人は座れる。A組は男女

半々の五十人で、天魔は明日香の指示で教室の真ん中辺りの席に座った。

「ホームルームはこれで終わりにします。今日は授業がないので、後は自由行動

です」

 明日香が教室を出た瞬間、角砂糖にでも群がる蟻の如く、女子が天魔を取り囲

み質問攻めにする。その状態が三十分ほど続いた頃、こういった状況に慣れてい

ないこともあり、耐えきれなくなった天魔は無理矢理に逃げ出し、避難場所とし

て生徒会室へと向かった。しかし薫が居たらと考えると、重力が何倍にもなった

ように足取りは重たくなった。

 その頃、愛も同じような状態にあった。少し違うのは、男子に取り囲まれてい

るところだ。だが愛は恥ずかしがりながらも、まんざら嫌でもない様子だった。

 今までは天野家の人間としてやハンターというだけで、恐れられる事はあって

も、ちやほやとされ、人気者になることなど一度もなかったのだ。しかもそれが

同年代の者たちが相手ということが、愛には嬉しかった。

 愛はG組であり、天魔のいるA組と同じく男女半々の五十人だ。霊力を持った

一年生は約六百人で、一組が約五十人程度のAからL組までの十二クラスとなっ

ている。

 この六百人の中で、約二割程度がエリートと称され、それなりに強い霊力を持

っている。だがその中からでも実際に現世で生きながらにしてハンターになれる

のは数人程度だ。それ程に霊界から与えられるハンターの資格は狭き門となって

いた。

 純粋に霊力の強さだけでいえば、ハンターになれる素質を持った者は数多くい

る。だが多くが人間性の問題で、ハンターの資格を持つ事ができずにいた。強い

霊力を持つ者の中には、自分を特別な存在だと勘違いする者が多く、傲慢になり

やすい。うまくいかない事があればすぐにキレ、何でもないことで狂気に走る場

合が最近特に増えていた。それ故に学園での人間性の指導は厳しく、卒業した後

も霊界の強い監視下におかれる。更にハンターになれば霊界からの強力な援助が

受けられるのも、ハンター資格が狭き門になっている理由の一つだ。金銭面の事

だけではなく、霊界が所有する伝説的な武器や魔導具を使え、様々な奥義や秘術

を学べた。だからこそ、反旗を翻す可能性のある現世で生きている人間には、簡

単にハンターの資格を与えられないのだ。

 ハンターになれない者たちは、その下のランクとなる除霊師になっている。こ

の除霊師も霊界から力と人間性を認められた者だけが名乗れ、ハンター程ではな

いが霊界から金銭的な援助を受けられる。当然、特殊な仕事である以上、普通に

働くよりも大金が稼げた。主にその仕事は力の弱い悪霊相手がほとんどだが、中

には勇猛果敢に妖怪退治をしている者もいた。

 そして今日は、二年三年ともに授業がないため、毎年恒例のクラブ勧誘争奪戦

が大々的に始まっていた。多くの生徒が各々のクラブのユニホームに着替え、自

分たちのクラブに入部させるため勧誘にやっきになっていた。とにかく一人でも

多く、他の部からでも奪って入部させたいのだ。

 二年三年の生徒たちが熱くなっている大きな理由は、学園から出るクラブ活動

費が部員の数に比例しているからだ。他にもそのクラブが何を為したかによって

部費は大きく変わる。スポーツなどのクラブなら、競技の大会成績で決まる。全

国大会で優勝しようものなら、特別ボーナスもあるぐらいだ。とにかくスポーツ

から理数文系、芸術にいたるまで、あらゆるマニアックなクラブが存在し、部員

を熾烈に奪い合っている。間違いなく日本一部活が盛んな学校である。

 このお祭り騒ぎの中、天魔は生徒会室に向かっていたが、あっという間に体育

会系の先輩たちに取り囲まれ、身動きできなくなった。霊力を扱うには肉体も鍛

えなければならず、既にハンターである天魔が人並み以上の運動能力を持ってい

ることは、変な噂と共に皆が知っている。故に体育会系クラブが天魔を見逃すは

ずがなかった。

「あなたたち、天魔君はダメよ。私と一緒に生徒会のお仕事があるんだから」

 高い位置から発せられたその声は、どこからともなく現れた薫であった。

 薫は押し競饅頭状態でもみくちゃにされていた天魔を、猫でも持ち上げるよう

にヒョイっと襟首を掴んで引きずり出した。一応は天魔も長身なのだが、薫にか

かれば子供扱いである。しかし天魔は結局どこにいても薫に捕まる運命だった。

「早乙女、ずるいぞ! 生徒会で天野を独占するきか!」

 そういった声が連呼される。

「あぁもう、暑苦しい奴らねぇ」

 薫は自分の事を棚に上げて本気で嫌そうに発した。

「お前が言うなっ!」

 周りにいた全員が同時にツッコミを入れる。

「なによあんた達は、私のどこが暑苦しいっていうのよ。まったく、ふざけたこ

と言うんじゃないわよ。天魔君もなんとか言ってやってよ、このゴリラみたいな

奴らに」

「だからお前が言うな!」

「お前に言われるのが一番ムカつくぞ!」

 またその場にいた全員から、キレのいいツッコミが次々に放たれる。

 天魔は的確なツッコミに激しく同意しながらも、何をどう言ってもややこしい

事になると思い、被害をこうむらぬように沈黙を貫く。

「天魔君はほんとに無口でシャイなのね。そこがまた可愛いわぁ」

 何も言わない天魔の態度を自分勝手に勘違いした薫は、ポーズを決めながら不

気味なウインクを放つ。天魔にはその強烈なウインクがハート型に具現化して飛

んでくるように見えた。

 天魔はウインクを躱す事ができず直撃を食らい、力なくうなだれる。因みにこ

の時はまだ、薫のお姉パワーの前では何をどう足掻いても無駄であるということ

に、天魔は気付いていない。

「とにかく、なんと言ってもダメよ。もう決まってるんだから。さあ天魔君、こ

んな野蛮な連中は放っておいて行きましょう。汗臭いったらありゃしない」

「だからお前が言うなっての!」

「ふんっ、この私に何か文句があるのかしら」

 薫は鬼の形相でポージングをとり、ムキムキの体を見せ付け脅す。

 猛者といってもいい体育会系の生徒たちは、既に薫の気色悪さには慣れていた

が、本気で睨まれると流石に怖かったようで、魔物にでも遭遇したように引き攣

った顔で数歩後ずさった。

「それじゃあ皆さん、バハハァァァイ」

 薫はニヤつき勝ち誇った顔で、天魔をキャリーバッグの如く軽々と引きずって

いく。

「くそっ、ドナドナ状態で金の卵が連れていかれちまったぜ」

「やっぱ生徒会相手じゃ、っていうか、早乙女は無理だ。レベル1でラスボス倒

せと言ってるようなもんだ」

「それなら妹だっ! 超可愛い妹狙いだ!」

「その手があったか。マネージャーゲットするぞ!」

「おぉぉぉ!」

 体育会系クラブのむさ苦しい野郎どもは、雄叫びを上げながら愛の下へ突撃す

る。

 その頃、天魔と同じ事が愛にも起こっており、女子の体育会系や様々なクラブ

の猛烈な勧誘に合っていた。G組の教室と前の廊下は人で溢れ、そこに先程の男

子体育会系クラブが押し寄せ、もうメチャクチャな状態になっている。

愛は取り囲まれ身動きできない状態で困り果てていたが、タイミング良く生徒

会長の優樹が現れ、まさに鶴の一声を発する。

「皆さん、ちょっとよろしいですか」

 うららかな日和を思わせる優樹の穏やかな声で、お祭り状態であった教室が静

寂に支配されると、モーゼが海を真っ二つに裂いて道を作ったように人波が割れ

優樹は悠然と愛の側へと移動する。

「皆さんの気持ちも分かりますが、ここは焦らず、彼女の意思に任せましょう。

ゆっくり考える時間も必要でしょうし。それと、天野さん達はもう生徒会のメン

バーですから、クラブ活動はその合間ということになります。あらかじめご了承

くださいね」

 優樹の言葉には、相手を不快にさせずに従わす指導者たる力があった。それは

一種のカリスマ性といえた。だが三年の男子が一歩踏み出し、意を決して口を開

く。

「わかった。ここは引き下がろう。でもな、一つ条件がある」

「なんですか、その条件とは」

 優樹は眼前の男子生徒に向けて二コっと優しく微笑む。

「そ、それは、その……なんだ……なんというか」

 女の子のような優樹の美しい顔を前に、男子生徒はもじもじと恥ずかしそうに

して口ごもった。すると周りから「さっさと言え」「それを言ったらお前を神と

認定するぞ」「英雄キター」「言いたい事は分かってる、頑張れ変態」などとヤ

ジや檄が飛びかう。

「よし分かった、言ってやる、言ってやるぜ‼ 条件は一つ、新堂優樹、お前が

明日からずっと女子の制服を着ることだ‼ これだけは譲れねぇ‼」

恐らくカッコイイだろうポーズでビシっと優樹の顔を指差し、その者はトンで

もないことを言った。その瞬間「うおおおおおおおおっ! よく言った!」と誰

かが発し、生徒たちのテンションが男女ともにMAXになり、またお祭り状態へ

と突入する。

 愛はまったく状況が理解できず混乱し、「あわわわわわわっ」と発しオドオド

するだけだった。

「それは困りましたねぇ。私は男の子なんですけど」

「いや違う、お前は男の娘だ! そう思う人!」

 愛と優樹を除いてその場の全員が、まるでコントのように一斉に、天へと勢い

良く手を挙げ賛成した。

「う~ん……民意には逆らえませんからねぇ……分かりました。その条件をのみまし

ょう」

 優樹は少し考えただけであっさりと受け入れ、訳の分からぬ交渉が、何故か成

立してしまった。だが生徒たちは、まさかこれほど簡単にことが運ぶとは思って

いなかったので、数秒ほどぽかんとした。が、すぐに大歓声が沸き起こる。

「ふふふっ、こんなに喜んでいただけるなんて、私も嬉しいかぎりです。それで

は皆さん、ご機嫌よう」

 優樹はその場から、春風が桜の花びらを颯爽とさらっていくように愛を連れ出

す。当然、誰一人不満を述べる者はいなかった。

「あの、よく分からないですけど、いいんですか、あんな約束して」

「皆さんがあれだけ熱望されているわけですから、その期待に応えるのも、生徒

会の仕事ですよ。それに女性の服を着るのは慣れていますから」

「えっ、そういう趣味が……」

「いえいえ、私が好んで着ているわけではありません。両親が着せたがるんです

よ、子供の頃から。最近も、メイドや魔法少女のコスプレ衣裳を、何処から買っ

てきたのか、着るはめになりました。まあそんなことで親が喜ぶなら、私は気に

はしません」

「新堂さんって器が大きいんですね。テンちゃんとは大違いですよ。それに助け

てくれてありがとうございます。

「大したことはしていませんよ。それにしても二人とも凄い人気ですね。これか

らが大変ですね」

「テンちゃんの方も同じだったんですか?」

「そうですよ。でも大丈夫、天魔君の方は副会長が行きましたから。それよりも

学園を案内しましょう」

 その後、愛は学園内を色々と見学していると、見た目ファミレスのような食堂

の前で、薫と腕を組んで歩いている天魔を発見した。まるでその光景は、散歩を

嫌がる犬が引きずられているようだった。

「どうですか、ちょうど学食の前ですし、時間的にランチでも」

 優樹はぐったりしている天魔を見て笑いそうになったが、なんとか耐えて言っ

た。

「そうしましょうよ、天魔君」

「そっ、そうですね……」

 薫に拘束されていた天魔は、激闘を繰り広げた直後みたいにやつれていた。

 四人でランチをとることになったが、このメンバーが揃うとよく目立ち、席に

ついて五分とせぬうちに、周りには人だかりができた。

「見られるのにも、じきに慣れますよ」

 優樹は恥ずかしそうにモジモジしている愛に向けて言った。

 愛と優樹はサンドイッチ、天魔は薫のせいで食欲がなかったが、気合いを入れ

てカツ丼を注文した。薫はカツ丼、親子丼、カツカレー、定食セット、サンドイ

ッチを注文し、テーブルを占拠すると、猛獣が仕留めた獲物を貪るように凄まじ

い速さで一気に平らげる。それを見て天魔は更に食欲が低下したが、愛の方はサ

ンドイッチをチョビチョビ食べながら本当に楽しそうに見ていた。

「あんたなに見てんのよ。ブリッコしちゃってさ。ホンとはもっといっぱい食べ

るんでしょ、隠すんじゃないわよ。あぁやだやだ、女ってホンと怖いわぁ」

 薫は身を乗り出し、愛に顔を近付け因縁付ける。

「なんだか楽しそうね」

 突然現れ言ったのは、理事長の美雪であり、透かさず天魔の横に座った。

「ちょっと理事長、その公然猥褻ギリギリの脂肪の塊が、天魔君の肘に当たって

ますけど、どけてもらえます。逆セクハラだわ、まったく。私が裁判長なら即有

罪よ」

 薫は美雪を睨み付け、トゲトゲしく言い放った。薫と美雪の視線は激しく衝突

しあい、バチバチと火花が散っているように天魔には見えた。

「あら、ごめんなさいね、気付かなかったわ。でも誰かさんのむさ苦しくて硬い

胸板よりかはましだと思うけど。ねぇ天魔君」

 美雪はわざとらしく嫌味に言い返し、更にその巨乳を天魔の腕に押し当てる。

「ムキィィィィッ! くっつかないでよ、あなた理事でしょ、生徒に手を出すつ

もり!」

「ここの責任者ってだけで、本物の先生じゃないもの。それに私はオ・ン・ナだ

しね」

 美雪は艶めかしい表情で顔を天魔の耳元に近付け、甘い匂いのする息を吹きか

けた。

 天魔はブルっと体を震わせ、一瞬だけ決まり悪そうな顔をした後、自然と力な

い愛想笑いが出た。

「まぁ~よくそんな事が言えるわね、信じらんない。この変態理事長! 羞恥心

をどこに落としてきたのよ」

 薫は親指の爪を噛み悔しがる。

 この時、天魔は「なんだかなぁ」と言いたそうに呆れ果てていた。だが美雪の

胸の感触は密かに楽しんでいる。愛はこの騒ぎで益々注目されていることに気付

き、恥ずかしそうに下を向いていた。優樹は口を挟まずに、それらの様子を傍観

者として楽しんでいる。周りにいた生徒たちは、またいつものが始まった、ぐら

いにしか見ていない。二人の口喧嘩は定番のイベントのようなものだった。

「それで二人はもう、部活は何にするか決めたの? 生徒会の仕事も忙しいだろ

うけど、クラブには入らなきゃダメよ。活動するかどうかは別として、この学園

の生徒は全員がクラブに入っているのよ。校則で決まっているから。まあ私が決

めたんだけどね」

 美雪は天魔の手をさすりながら言う。もう一方の手は薫が握っている。

「それじゃあ私は、マンガ・アニメ研究会に入ろうかな……」

 愛は少しはにかみながら、薫をチラっと見て言った。

「なんですって! あなたみたいな目立ちたがり屋、絶対にいらないわよ‼」

 薫はテーブルを叩き付け立ち上がると、唾を飛ばすほどの剣幕で言い放つ。

「あら、いいじゃない。あそこは文化祭とか色々なイベントでコスプレとかもや

るし、愛ちゃんなら凄く似合うわよ。筋肉ムキムキの誰かさんと違って」

 美雪は最後のセリフの時、哀れむ目で薫を見て、嫌味たらしく言う。

「勝手に決めないでよ! 部長は私よ!」

 薫は今にも噛み付きそうな勢いで、吠えるように発する。

「それを言うなら、私はマン研の顧問よ」

 美雪は勝ち誇った感じの笑みを浮かべた。

「ムキィィィィィっ! なんてムカつく顔なの、あぁ悔しい! もう好きにしな

さいよ! そのかわり私は厳しいわよ。役に立たなかったら即トレードか戦力外

通告でクビだから」

「だってさ、愛ちゃん。まあとりあえず部長の許しが出て良かったわね」

 美雪は愛に向けてウインクして言った。

「はい、ありがとうございます」

 愛はマン研の部長や顧問が誰かは既に優樹に聞いて知っており、入部すると言

ったらどうなるのか、内心ドキドキしていたが、美雪のおかげで思ったよりすん

なりいって胸を撫で下ろしていた。

「やだ、もうこんな時間、私はそろそろ行くわね。仕事しなくっちゃ」

「去年は負けたけど、今年の文化祭のコスプレでは負けないから。おぼえてらっ

しゃい、変態理事長‼」

「お~ほほほほっ、早乙女さん、私に勝つおつもり。無謀ですこと。冗談は存在

だけにしてほしいわ。それではごめんあそばせぇ」

 美雪は高らかに笑いながら去っていった。

「ムキャアァァァァァッ‼ 変態エロ爆乳許すまじ‼ 次は必ず勝つ‼」 

 薫は拳を握り締め、炎の如きオーラを全身から発し、リベンジを誓った。

「なんだかなぁ」

 小声ではあったが、天魔は思わず心の声を表に出していた。

「テンちゃんはどうするの?」

 愛が言った瞬間、天魔の拳が飛び、ゴチンという音が響く。

「ここでその呼び方はやめろ」

 天魔は愛を睨み付ける。更に隣にいる薫も便乗して愛を睨む。

「まぁ~馴れ馴れしい呼び方。自業自得よ。でも、私も天魔君になら殴られてみ

たいわぁ」

 薫は変なプレイを想像しながら、天魔を見詰め含み笑う。

「うぅぅぅん……酷い、もうこれ虐待だよ。それに私の背が伸びないのは、きっと

誰かさんが頭を何度もポカポカ殴るからだよ」

 愛は両手で頭を押さえながら、大きな瞳に涙を潤ませ愚痴った。

 この時、周りにいた生徒たちは、はっきりと状況を理解していなかったが、愛

が奴隷のように扱われている、という例の噂はやはり本当だと納得していた。

「それで天魔君はどこに入部するんですか?」

 優樹が尋ねる。因みに優樹は軽音楽部の部長である。

「興味を持ったクラブはなかったですけど……」

「天魔君はマン研にくるのよ。もう決まってるんだから。あぁ、想像しただけで

ドキドキしちゃう。どんぶり飯三杯はいけるわよ。あぁ……どんなコスプレが似合

うかしら」

 薫は鼻息荒く興奮しながら、二ヘラといやらしく笑い、妄想の世界へと旅立っ

ている。天魔はその顔を見て、背筋に悪寒が走った。

「薫さん、強制はいけませんよ。でもまあ……」

 優樹が何かを言いかけたその時、校内放送で生徒会メンバーが呼び出される。

「どうやら仕事のようですね。生徒会室に行きましょうか」

 優樹のにこやかな表情が精悍なものへと変わった。


 























































































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