第一章 「双子の狩人と天界学園」 その五
悪霊たちは天魔と愛の体に取り憑こうと一斉に襲い掛かる。天魔は両手に構え
た銃からオーラでできた金色の弾丸を放つ。威力は弱いが低級の悪霊たちなら容
易く倒せる。更に連続して引金を引き、数十発もの弾丸を撃ち出した。
天魔は容易く何発もの弾丸を撃ったが、余程の強い霊力がなければこの銃を扱
うことはできない。学園の中でエリートと称される一部の生徒たち以外で、一発
でも弾丸を放てれば大したものであった。
弾丸はほとんど外れる事無く次々に悪霊たちを撃ち抜く。悪霊たちは、強風に
晒されたマッチの火の如く、あっけなく浄化され消えていき、そのまま強制的に
霊界へと送られ、現世での罪を裁かれることになる。
それから数分と経たぬうちに、魚群の如く無数に存在していた悪霊たちは、あ
っという間に天魔一人に一掃された。この時、愛はまだモジモジとしているだけ
で、何もしていなかった。だが悪霊はまだ一体残っており、現れるや否や天魔に
襲い掛かる。
その悪霊は単体の弱いものとは違い、人間と動物の魂が複数融合しており、よ
り邪悪で強い力を持っていた。形からして本体となっている魂は犬と思われる。
恐らく生前に人間から虐待され死に、その強い怒りと憎しみがもとで悪霊化した
のだろう。更に顔は二つあり、別の犬の悪霊も融合し、胴体には翼がある。それ
は何かしら鳥類の悪霊のものだろう。背中の中央には、まるでケンタウロスのよ
うに人間の上半身が融合している。とにかく今までの悪霊とは強さのレベルが違
い、その姿形も随分とはっきりしていた。
天魔は悪霊をギリギリまで引き付け素早く躱し、後ろを取ると同時に弾丸を連
射する。だが悪霊のスピードは予想を上回り、難なく回避した。すると更に激し
さを増しながら、怒れる闘牛の如く突撃してくる。
天魔は銃を一丁ホルスターに収め、上着の裏側に取り付けていた、十五センチ
程の細い巻物を一つ取り出すと、悪霊目掛け投げ広げる。巻物には血文字のよう
な赤色で、びっしりと呪文が記されていた。
自らのオーラを巻物に纏わせていた天魔は、透かさず念を送る。その念に反応
するように巻物に書かれた呪文は金色に輝きだし、まるで生きている大蛇の如く
クネクネと動き出す。そして悪霊の体に巻き付き捕らえると、完全に動きを封じ
た。
その術は相手を金縛りの状態にして動きを封じる、天野家がよく使う霊縛法の
一つであった。それほど強力な術ではなかったが、ただ念を送るだけで簡単に発
動させたことに、優樹と薫は驚いていた。
悪霊は断末魔を思わせる叫びを上げながら、なんとか抜け出そうと狂ったよう
にもがいているが、悪霊レベルの力でこの術を打ち破ることは不可能だった。
天魔は透かさず悪霊の眼前へと移動すると銃を構える。そして「成仏して裁き
を受けな」とクールな表情のまま言うと、悪霊の三つある頭部へと弾丸を放つ。
オーラの塊である弾丸が直撃すると、悪霊は浄化されるように光の粒子となり
弾けて消えた。その時、悪霊を捕らえていた巻物は、意思のある生物みたいに天
魔の手の中へと巻き戻る。
「いやぁ、お見事です。悪霊が相手とはいえ、あれだけの数をこれ程の短時間で
倒してしまうとは、まさに一騎当千とはこのことですね。残念ですが愛ちゃんの
出番はありませんでしたね」
優樹は拍手しながら二人に近付く。
「すっ、すみません。私、攻撃は苦手なんです」
愛は俯きながらモジモジして小さく発した。
「んまあっ! この小動物、なんてブリッコなのかしら。昭和のアイドルかって
の。ふんっ!」
薫はトゲトゲしく睨み付けて言うと、顔をくっつくほど近付け最後に鼻息を飛
ばした。その後は透かさず天魔の傍へと移動し、手を握りしめ見詰めると、鼻息
荒く「ス・テ・キ」と言う。
天魔は何故かまた薫を突き放せず、気持ち悪そうにうなだれた。
「愛ちゃん、気にしなくていいんですよ。あなたの力はちゃんと分かっています
から」
優樹は愛の肩にそっと手を置き、穏やかな口調で言った。
「ダメよそんなんじゃ。優樹は相変わらず甘いんだから」
薫は丸太ん棒のような腕で天魔を捕獲し、引きずりながら近付いてくる。
この時、愛はチラっと天魔に目をやった。すると天魔は愛を睨み付け、拳を見
せて力を入れた。それは、後でお仕置きのサインだった。
愛は瞳を潤ませ、今にも泣きそうな顔をしてまた俯く。
「まあまあ薫さん、そう言わずに。これからはいっぱい働いてもらうわけですか
ら。それよりも天魔君の銃のことですが、普段は持ち歩かない方がいいですね。
生徒たちの前では物々しすぎるので。特に夏服になれば完全にNGです」
「そうですね、分かりました。武器は戦う時に口寄せすればすむことですから」
「わざわざ口寄せする必要はありません。戦うための武器や巻物は生徒会室に置
いておけばいいですよ」
「じゃあそうさせてもらいます」
郷に入っては郷に従え、という処世の術を一応は心得ている天魔は、優樹の提
案を素直に受け入れた。
「それでは戻りましょうか。帰るための魔法陣は、来た時と同じ生徒会室にあり
ます。戻る時だけは、ちゃんと生徒会室の魔法陣へと帰れるんですよ」
四人は結界内の生徒会室へと移動し、現実の世界へと戻った。因みに邪悪な心
を持った人間や妖怪に悪霊は、この移動魔法陣を使うことはできない。
それから生徒会室で少し雑談まじりに必要事項を聞いたのち、優樹と薫の案内
によって、天魔と愛はそれぞれの教室へと向かった。