第一章 「双子の狩人と天界学園」 その四
「さあ着きましたよ、ここが生徒会室です。二人も今日から生徒会の特別メンバ
ーですから、遠慮なく使ってください」
優樹は生徒会室のドアを開け、丁重に二人を招き入れる。だが天魔はドアが開
かれるよりも前に、今までに経験のない、ただならぬ嫌な気配を感じていた。
「ようこそ、天界学園生徒会へ」
ドアのすぐ前におり、太くて低い声でそう言ったのは、先程桜の木に隠れて天
魔たちの様子を窺っていた、生徒会副会長の早乙女薫だ。その口調には少しトゲ
がある。
「きゃ!」
突然眼前に現れた薫を見て愛は驚く。
「なによあんた。人を見るなり驚くなんて失礼じゃない。ふんっ!」
薫は愛を睨み付け、勢いよく鼻息を吹きかける。
しかし愛が驚くのも無理はない。何せ薫は身長が192もある大男だからだ。
名前だけではよく女と間違われるが、正真正銘の男である。いや、その姿は男だ
が、いわゆるお姉系で、完全にカミングアウトしている。
薫は筋肉隆々のボディビルダーのようで、顔は彫りが深く目は切れ長で鋭く、
中々のイケメンだ。髪は黒くソフトモヒカンで、肌は小麦色に焼け、ムダ毛の処
理は完璧で体はツルツル、そしてまだ四月だというのに、半袖のワイシャツ一枚
である。
とにかく薫は顔もキャラも濃く、傍に居ると疲れるタイプである。登校時に生
徒たちが薫のことを話していたが、確かにある意味ナイスバディといえた。
「さぁ、中へどうぞ」
薫は愛に接する時とは態度を変えて、天魔の手を握り優しくエスコートし、ソ
ファーに座らせると、自分も寄り添うように座った。
天魔は薫のなすがままであり、顔を少しばかり引き攣らせていた。何故か逆ら
えない、そんな雰囲気、というか勢いを薫は持っている。これぞ摩訶不思議なお
姉パワーであった。
その様子を見て優樹は楽しんでいた。こうなることは最初から分かっていたよ
うだ。
「愛ちゃんはこちらに座ってください」
優樹は愛を自分の横に座らせると、今までとは少し違い真剣な表情を見せる。
「それでは少し真面目な話をしましょう。二人は既にプロのハンターですが、何
故この学園に派遣されてきたか、理由は知っていますか?」
「大まかな事しか聞いていませんが、学園に襲来する妖怪や悪霊を退治するため
じゃないんですか」
天魔が答えると、愛も同意して頷く。
「その通りですが、倒すだけではだめです。何よりも、大多数の力の弱い生徒た
ちを守るのが最優先されます」
優樹は天魔の瞳を見詰め、力強く言った。
「天魔君はこの学園が創設された理由は知っているの?」
薫は指で天魔の肩を、甘えるようにグリグリしながら言った。
「それは……ハンターを育てるためとかじゃ……」
天魔は顔を少し引き攣らせながら言う。
「確かに当初は霊界が人材不足を補うために、霊力を持つ子供を全国から集め、
この学園は作られました。でも他にも理由があり、それこそが今は、ハンター育
成よりも重要といえます。それは霊力の弱い子供たちの魂と体を、妖怪や悪霊か
ら守ることです。特に取り憑きやすい子供時代を狙う悪霊からですが。体も霊力
も未熟な子供が悪霊に取り憑かれてしまうと、分離させることは困難になり、助
けるどころか命を奪わなければなりません。だからそうならないように、この学
園で大人になるまで守っているのです。まあ卒業する頃には、流石に十六年もの
間修行をつむんですから、弱い悪霊ぐらいは自分で追い払えるようになっていま
すが」
優樹の話を真剣に聞いていた天魔と愛であったが、天魔の方は薫のせいで話に
集中できないでいた。
「でも狙われているからといって、学園から外出できないわけじゃありません。
霊力バランスを考えた五人ほどのチームを組んで許可が下りれば、自由に遊びに
も行けます。もちろん夏などの長期の休みの時は皆さん実家へと帰ります。高校
生にもなれば、学園に残る人も多くいますけどね」
優樹はここまで言い終えると、先程までの笑顔に戻っていた。
実際のところこの学園だけではカバーしきれないのが現実であり、大人に無理
矢理取り憑く悪霊も多く存在する。妖怪たちは今さら人間に取り憑いたり、幼く
霊力の弱い者をほとんど襲わないが、邪悪な妖怪の場合は、強い霊力の持ち主に
は容赦なく襲い掛かり、その魂を食らう。強い霊力を持つ者の魂を食らえば、今
よりも簡単に強くなれるからだ。とにかく様々な例外も多く、犠牲者も増えてい
た。
「理由は分かりました。でも俺たちが来る必要があったんでしょうか。既に学園
には多くのハンターがいますし、何故今回に限って新しくハンターが追加で呼ば
れたんですか」
天魔は霊界から指令がきた時から思っていた疑問をぶつける。
「幾つか理由はありますが、やはり年齢のいっているハンターよりも、お二人の
方が学園にとけこめていいからです。生徒たちにいらぬ疑問や不安を抱かせずに
すみますしね。それと実は、最近になって強大な力を持った妖怪に襲われること
が多くなっています。悪霊の数も増えてきていますし、それで優秀なハンターに
来ていただいたのです」
優樹は的確に答えを返したが、天魔はまだ納得がいっていなかった。
二人を選んだのは理事長の美雪と霊界だった。霊界の意図は不明だが、美雪は
親心的大人の配慮で選んでいた。
天野家に生まれた天魔と愛は、戦うことを宿命付けられている。故に幼き頃よ
り厳しい修行の毎日を送り、同じ年頃の子供たちのように遊んだ事もなければ、
一般的に普通といわれる生活もしたことがない。それを哀れに思った美雪は、二
人を学園に呼び、少しでも人間らしい生活をさせようとしたのだ。
美雪も生まれた時から霊力が強かったため、子供の頃は天魔や愛と同じような
境遇だった。だから誰よりも深く二人の心の奥底が分かる。そして、このまま戦
いだけを続けていれば、二人が大人になる頃には、心を閉ざした、ただ戦うだけ
のマシンのような冷めた人間になってしまう。霊界にしてみれば、そうなった方
がいいのだろうが、それをただ見ているだけしかできない、傍に居る大人はたま
らない。だからこそ美雪は、二人の心を少しでも同じ年頃の子供たちと触れ合う
ことによって、癒してやりたかった。
その時、生徒会室や理事長室など特別な部屋にだけ備え付けられている、緊急
事態を告げるコールが鳴り響き、天井にある赤ランプが回った。
「天魔君、これはシューティングコールよ。悪霊や妖怪が、学園に張り巡らされ
た結界に引き込まれたら鳴るの。因みにここのコールが鳴ったということは、い
ま結界の中に居る奴らが高等部が管轄する敷地にいるということよ。例えば中等
部の管轄する方にいる場合は、ここのコールは鳴らない。そいつらの処理もそこ
の担当者がすることになる。あと高等部からは生徒会のメンバーが実働部隊とし
て戦っているけど、手に負えないほどの強い妖怪が相手の時は、ハンターに任せ
ることになるわ。まあこれからは天魔君にだけどね」
薫は愛のことを完全無視で、天魔にだけ言った。
悪霊や妖怪が獲物を探して学園に近寄れば、結界に捕まり閉ざされた特殊な世
界へと引き込まれるが、余程の強い力がなければ、元の世界へは自力で戻ること
はできない。更に人間であっても、霊力があり、その存在が悪しきものであれば
結界世界へと飛ばされる。
「さあ、狩りの時間です。行きましょうか」
優樹は立ち上がり精悍な表情で発した。そして生徒会室の奥にある扉を開け、
二人を招き入れる。その部屋には窓も何もなく、ただ魔法陣と思しき六芒星が床
に光り輝いている。こういった特殊な部屋が、学園には幾つかあった。
「この六芒星の中に入れば、結界内の異空間へと送ってくれます。でも異空間と
移動システムは完璧なものではなく、かなり不安定なんですよ。だから一定の時
間ごとに高等部の敷地のどこに飛ばされるのかは分かりません」
そう言うと優樹は魔法陣の中へと入って見せた。すると光の柱が天井まで達し
優樹の姿は消えた。それから天魔と愛、薫は一緒に魔法陣に入り、結界内の異空
間へと消える。
四人が現れた場所は、校舎と校舎の間に造られた広大な中庭だった。ここにも
桜が植えられており、狂おしく花を咲き誇らせている。しかしその世界は一見、
現実世界のようにも見えるが、間違いなく作られた異空間である。とはいえ現実
世界と全てが同じであった。ただ違うのは、時が止まっているかのように静かで
人間や動物など動く生物が存在しない点だ。
「ここは霊界が用意した特殊な世界ですが、まあ簡単に言えば、パラレルワール
ドの一つといった感じですね」
優樹は簡単に今いる世界の説明をしたが、こういった特殊空間と結界などを組
み合わせることは最上級の技術であり、霊界でさえ完璧なものを作り出せないで
いた。
「この世界では、どれだけ暴れて物を壊しても構わないのよ。現実の世界にはま
ったく影響ないし、次に来るときには元に戻っているから」
薫は自らの肉体美を天魔の目に焼き付けるかの如く、ボディビルダーがするポ
ージングを何度もとって言った。
天魔は気分が悪くなったが、表情には出さぬようになんとか耐えている。だが
薫の存在感と気色悪さは並ではなく、子供の時に思わず見てしまったホラー映画
を思い出させ、夢の中にまで登場しそうな勢いであった。
「それではお二人のお手並み、拝見させていただきます」
優樹はそう言うと、少し後ろへと下がった。すると青や赤、緑にオレンジとい
った様々な色をした、火の玉のような悪霊たちが無数に現れる。
悪霊はそれぞれおぼろげにだが生きていた頃の形を成しており、人型だけでな
く、犬や猫のような動物の形をしたものも多い。
「私も天魔君の傍でお手伝いしたいけど、今日はダメなの。それじゃあ頑張って
ね。ずっと見てるから」
薫はバカデカい体をクネクネさせながら内股で後ろへと下がる。
「愛、やるぞ」
天魔は素早く悪霊たちへと突っ込むと、懐から銃を二つ引き抜き、一気にオー
ラを高め全身から放出する。この時、愛は頷いて答えたが、その表情は戦いに挑
むものとは思えぬ程に弱気であった。
「オーラを弾丸として放つ銃ですか。面白い武器を持っていますね。しかしこれ
が噂にきく、天野家の者が持つ金色のオーラ……なんとも神秘的で美しい。でも恐
ろしい力でもありますね」
優樹は金色のオーラを放つ天魔の姿に見とれながらも、最後の言葉を口にした
時は、狡猾で鋭い目付きになっていた。
「そうね。様々な組織や妖怪が、三大宗家の力を欲しがるのも頷けるわ」
薫は珍しく真剣な顔をして、優樹同様に鋭い目付きで天魔を凝視している。
因みに天魔の持つ銃は霊界の武器工房で作ってもらった専用の特注品であり、
雅な細工が施された工芸品のようである。だが自分に合った武器を霊界に発注す
れば、セコいことにきちんと代金を請求される。しかも可なりの高額であった。
しかしこの世で生きながらにしてハンターの資格を与えられると、霊界から高
額な給料を貰うことができ、更に妖怪や悪霊を一体倒すごとにハンターレベルの
ポイントと、月給とは別にボーナスも支払われた。妖怪の中には強大な力を持っ
た者も多く、賞金が懸けられている場合もある。そしてポイントを貯めていきレ
ベルを上げれば月給も上がる。故にこの世では普通の仕事をせずにプロハンター
として生きている者も数多い。自分が強ければ強いほど、妖怪や悪霊を倒せば倒
すほど、この世で普通に働いても手に入らない大金が転がり込んでくるシステム
になっていた。霊界は欲深い人間を金で釣っているのだ。
既に戦う事だけを生業にするプロハンターである天魔と愛は、これまでに多く
の妖怪や悪霊を狩っていたので、この世では億万長者といっていいほどにお金を
持っていた。
だがこのシステムには大きな欠点もある。大金を手にすることができるため、
多くのハンターたちは馬車馬のように働かされても文句は言わないが、あらゆる
快楽が存在する現世で、人間が大金を手にすれば堕落するのは目に見えていた。
とはいえ金というエサがなければ人間を動かせなかったのも事実である。「正
義という名の下に」という青臭いセリフだけでは、多くの人間は命を懸けてまで
戦わないのだ。
堕落して要注意人物となったハンターたちは、霊界の強い監視の下にありギリ
ギリのラインで罪を犯さずに済んでいる。しかしそれがいつまでもつかは疑問で
あった。人間が元人間であった魂を狩り続けることは、精神的にかなりハードな
ことでもある。狂気に支配されてもなんら不思議はないのだ。実際に現世のハン
ターの中には闇に堕ちた者も数多く存在している。その者たちは霊界のブラック
リストに載り、賞金を懸けられたお尋ね者になっていた。最近では組織だって行
動し、霊界とは完全に敵対関係にある。
薫が先程口にした組織とは、そういった元ハンターたちの集まったものを指し
示している。




