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悠久なる狩人たちの挽歌  作者: 真狩トオル
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第六章 「金色明王」 その参

 当然この爆発による強烈な衝撃波は、沙経や愛たちがいる場所まで達し、荒々

しく殴り付けるように襲ってくる。だが沙経が瞬時に神通力で全員を囲む結界を

張り、難なく防いでいた。

 視界は完全に失われ、天魔と鬼熊の安否は確認できない。だが戦いを離れて見

守っていた者たちには、天魔が発する気配だけは感じ取れていた。

 程なくして煙や砂塵が晴れてくると、未だ金色明王状態で凄まじいオーラを発

する天魔の姿が朧気に見えてくる。どうやら全身から放たれるオーラが防御壁と

なり、掠り傷一つ負ってないようだ。

 天魔はその場に仁王立ち、鬼熊が居た辺りを凝視している。だがそこに鬼熊の

姿は見当たらなく、先程まで発していた強大な気配も感じられない。


「私にはもうあの姿は、人間には見えないんですが、如来や菩薩はあのような感

じなんでしょうか……」

 優樹は天魔の神々しく幻想的な姿と強さに魅了され、崇拝するように見詰め言

った。

「どうかな。まあ千年も生きれば、一度くらいはお目にかかれるかもしれんぞ」

「千年ですか、気が遠くなるような話ですね」

「そうでもないぞ。生きてみれば千年などあっという間だ。この世は人間が想像

もできぬ程に広大無辺であり、奇譚に満ち溢れているからな、退屈はせんよ」

「叶うなら、是非とも千年生きてみて、その奇譚の数々を見てみたいですね」

「まあそれほど長く生きなくとも、天魔と愛の側にいれば、これから嫌というほ

ど面白い体験ができる」

「まさにお二人は、奇譚そのものというわけですね」

「二人ともストップ。傍迷惑な珍獣みたいに言ってるけど、テンちゃんはともか

く、私は普通なんですからね」

 愛は優樹と沙経の会話を遮り言った後、頬を膨らませ拗ねた。

「だから天魔の顔で拗ねるな、気色悪い」

 沙経が言った瞬間、その脇腹に電光石火の肘鉄がめり込む。そして沙経は苦悶

に満ちた顔で沈黙する。

「鬼熊の妖気が感じられないけど、さっきので木端微塵に吹き飛んで、死んじゃ

ったのかしら」

 薫は目を凝らし、鬼熊の様子を窺う。だがその辺りはまだ煙が晴れておらず、

薫がいる場所からは視覚的に確認できない。

「またこの時代でも一人、大妖怪が金色明王に敗れ逝ったか。まったく人間にや

られるとは、どいつもこいつも情けないのぉ」

 いつの間にか立ち直っていた沙経は、既に鬼熊が死んでいるように語った。そ

の口調は呆れたもので、哀愁を感じさせることはなかった。

 沙経の言葉通り、既に鬼熊は死に、体は天魔の一撃で完全に消滅していた。因

みに生物の自然法則を無視した妖怪が死を迎えれば、肉体は自然に消滅し、現世

には残らない。故にその場に鬼熊の屍が残っていたとしても、すぐに消えてしま

う運命であった。

「それじゃあ天魔君の完全勝利ね。でも流石だわぁ、惚れなおしちゃった。あぁ

ん、早くギュ―って抱き締めたいわぁ」

 薫は相変わらず緊張感なく、クネクネしながらよからぬ妄想に耽っている。

(なっ、なんという気色悪さだ。天魔の奴、トンでもない化け物に憑かれおった

な。くわばらくわばら)

 沙経は悶える薫を見て、声には出さず胸の内で語り、心底天魔が気の毒に思え

てならなかった。

「正直なところ、鬼熊が万全の状態だったなら、天魔君はあの金色明王で勝てた

んでしょうか」

 優樹は何か懸念を抱いている表情をしていた。

 もしもこれ程の強さを見せた天魔が万全の状態の鬼熊に勝てないのなら、鬼熊

を口寄せした謎の男は、トンでもない強さを秘めていることになる。今はまだ敵

対関係にないとはいえ、その男が所属する組織は脅威となる存在である。故に優

樹はそのことを懸念していた。

「今の天魔なら無理だろうな。だが金色明王を長く使えたなら、天魔一人でも勝

てる可能性はあるかもしれん。勝負事の結果は、いつも実力どおりになるとはか

ぎらんからな」

「だからこそ面白く、恐れや不安を抱きながらも、人という生き物は、自分より

も強い者に挑みたくなるのですね」

「そういう事だ。しかし戦闘では、負けることは死を意味し、次というものはな

いがな」

 沙経はそう言った後、優樹の肩にそっと手を置いた。そして更に語り始める。

「まあ、お前が懸念していることは分かるが、若いうちからそんな心配症だと、

これから頻繁に起こるだろうせっかくの祭りを、心から楽しめんぞ。それに、天

魔と愛はまだまだ強くなる。勿論お前たちもな。だからそう心配するでない」

 沙経は優樹の心を読んだように助言した。

 大した言葉ではなかったが、伝説の大妖怪、鞍馬天狗の沙経から受けた気遣い

は、優樹の懸念を取り除き、随分と心を軽くした。


 徐々に閉ざされていた視界が回復していくが、鬼熊の巨躯はどこにも見当たら

ない。だが鬼熊が散ったと思われる場所には、何か黒い球体のようなものが宙に

フワフワと浮いていた。

 天魔は金色明王を解除するためオーラの放出を止める。合わせるように村雨も

妖気を静め完全に沈黙した。すると黄金に染まっていた全身と村雨の刀身は一瞬

で元に戻った。しかし髪の色だけは元に戻らずに、雪のように真っ白な白髪へと

変わっていた。これは金色明王で肉体と精神を酷使したことで必ず起きる現象で

あった。一晩寝れば元に戻ることもあれば、数日はそのままの時もある。

 通常状態に戻った天魔は、鬼熊が先程まで存在していた辺りまで、ゆっくりと

歩み寄ろうとする。だが爆発によって地面は抉り取られ、クレーター状に巨大な

穴が開いており、近付く事はできない。その中心部に、肉体を失った鬼熊の魂が

球体となり、天魔の目線と同じぐらいの高さに浮遊していた。それは既に微量で

あったが、邪悪な気配を漂わせ、闇そのもののように黒光りしている。

「地獄の鬼とでも遊んでこいよ、鬼熊」

 天魔は表情一つ変えず、黒光りする魂を凝視しながらクールに言った。

 その時、沈黙していた村雨が、なんの前触れもなく、凄まじい漆黒の妖気を解

き放つ。そして妖気の塊が刀身より伸び出すと、それは大蛇の如き形を成し、獲

物を狩るように鬼熊の魂へと突撃する。

 この村雨の行動は完全に自らの意思であり、天魔は関係していない。故に天魔

は突然の事態に驚きを隠せない。

 村雨の妖気は鬼熊の魂に食らいつくとその瞬間、限界まで伸ばしたゴムを放し

た時のように、一瞬で刀身へと帰り着く。すると鬼熊の魂は、飲み込まれるとも

融合したとも見える感じに刀身の中へと消えた。


「あれは……融合したのですか?」

 優樹は険しい表情で呟く程度に発した。

「妖怪が強くなるために魂を食らうように、妖刀も物でありながら魂を食らう。

しかし相変わらず貪欲で手の早い奴だ。霊界に魂をもっていかれる前に、見事に

食らいおった」

 沙経は鬼熊の魂を見た時から、こうなる事は読んでいた。だが止めもせず、そ

の光景と結果を楽しみ、高らかに笑い声を上げた。


 大妖怪である鬼熊の魂をその身に吸収した村雨は、天魔がはじめに手にした時

とは比べ物にならぬ程、強大かつ邪悪な妖気を放出する。あまりの凄まじさに、

天魔は思わず仰け反り倒れそうになった。

 この時、天魔の周りの空間は、飴細工を作る時に使う熱い飴の塊を伸ばして捩

じ曲げたように、歪に変化していた。

「なっ、なんだ、何が起こってる⁉」

 空間の歪みは完全に天魔を囲み、更に酷く捩じ曲がる。

「天魔っ‼ すぐに村雨を手放せ、飛ばされるぞ‼」

 沙経が慌てた様子で叫ぶ。

 突然の事態に沙経以外は皆、何が起こっているのか把握できず、ただ呆然と見

ている事しかできなかった。

「ダメだ、手から放れない」

 天魔は村雨を放そうとしたが、何故か体の一部のようにくっついて放れなかっ

た。

 次の瞬間、天魔はまるで瞬間移動したかの如く、捩じ曲がった空間に吸い込ま

れ、その場より消え、完全に気配も失われた。

「いったい何が起こったんですか⁉」

 あまりにも突然で、ただ唖然と見送ってしまった優樹が沙経に尋ねる。

「飛ばされたのだ、どこかにな。この特殊な結界世界の外に出ただけの可能性も

あるが、もしかしたら……時を越えた、なんてこともあるかもしれん。不完全で

脆い特殊空間のせいも大きいが、数多くの人や妖怪たちの魂を食らってきた村雨

には、時に使い手や食らった魂の強い思いに呼応し、異能力を発動させることが

ある。この場合、天魔と鬼熊との間の、何かしらの因果が関係しているのかもし

れない。とにかく今は、待つ事だけしかできん」

「時を越えた……それは過去や未来に行ったりするタイムスリップですよね……

村雨にそんな力があるとは……物質変換といい、今日は驚きっぱなしですよ。ま

さにこの世は奇譚に満ち溢れていますね」

「私の言った通りだろう。こやつらは本当に楽しませてくれる」

「そんなことより、テンちゃん大丈夫なの?」

 天魔の事を心配していたのは愛だけで、他の三人は能天気に構えている。

 しかし沙経は別として、優樹と薫があまり天魔のことを心配そうにしていない

のは、あの金色明王を見てしまったからだ。あれ程の強さを持つ者の何を心配す

ればいいのか、この時は少し興奮と困惑もあり、感覚が麻痺していた。

「じゃあここで少し待ってみましょうよ。天魔君ほどの男なら、過去でも未来か

らでも簡単に帰ってこれるわよ。なんてったって私のダーリンなんだから」

(この化け物の事を考えると、私なら帰ってこんな、きっと。憐れなり、天魔)

 沙経は胸の内でしみじみ思った。

「しかし村雨の異能があったとはいえ、この空間にそんなリスクがあったとは、

霊界には早急に対処してもらわなければいけませんね」

 優樹は今もところどころ歪みが残る結界世界を見渡しながら言った。

 とにかく現時点では、天魔が過去、現在、未来のどこに飛ばされたのか予想も

つかず、無事に帰ってこれる保証もなかった。


 
















































































































































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