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悠久なる狩人たちの挽歌  作者: 真狩トオル
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第一章 「双子の狩人と天界学園」 その壱

 東北地方のある廃墟と化した病院跡には、現世に

しがみつく多くの悪霊たちが徘徊していた。既に地

元の人間で近付く者は一人もおらず、行政ですら手

を出さずにいる。時折噂を聞いたもの達が面白半分

で訪れるが、霊感のない人間でさえ近付けば悪霊た

ちの影響で、正気を保てないほど、その場の状況は

酷かった。


 廃墟は広範囲に渡り濃い霧に包まれており、昼間

だというのに概要すら窺えない。そんな危険な場所

に入り込み、徘徊する大勢の悪霊たちと戦っている

者が二人いた。その内の一人は現在、一階のフロア

にいる。


「この世に残りたいだろうが、情けはかけないぜ。

霊界に行って裁かれてこい」


 何十という数の悪霊に囲まれながらも微動だにせ

ず、少し面倒そうに言ったのは、すらりとした長身

の少年、天野天魔(あまのてんま)だった。


 天魔は目元がキリっとした精悍な顔立ちで、美し

い瑠璃色の瞳をしている。髪は赤みを帯びた鮮やか

な茶色で、黒のズボンにロングのレザージャケット

それにブーツといった格好だ。雰囲気はクールな感

じに見える。


 天魔は一気に霊力を高め全身より放出する。解き

放たれた霊力は、金色に輝くオーラと化す。全身よ

りとめどなく溢れ出る金色のオーラは、まるで仏の

身体から放たれる後光のように神々しかった。


 こなれた感じで、天魔は胸のホルスターから銃を

二丁引き抜き両手に持つ。その銃は普通の弾丸を発

射するのではなく、オーラを取り込みそれを霊弾と

もいえる金色の弾丸へと変化させ放つ、特殊なもの

だった。


 先に仕掛けたのは悪霊たちで、天魔の体に取り憑

こうと、猛然と襲い掛かる。


 悪霊は、人間や動物などに取り憑いてない状態で

は火の玉のような感じで、それぞれに色も違う。し

かし形がないわけではなく、人間の魂が悪霊となっ

たものは人型をしており、動物などの悪霊は生きて

いた頃の形を成している。


 迫りくる悪霊目掛け銃を構えた天魔は、容赦なく

トリガーを引く。銃からはオーラの塊である金色の

弾丸が発射され、的確に悪霊を撃ち抜いた。


 弾丸を食らった悪霊は、まるで浄化されるかの如

く、目映い光の粒子となり消滅する。そして倒され

た悪霊、つまり魂は、強制的に霊界へと送られた。


 本来は、魂を留めるための器であった身体が肉体

的死を迎えると、魂はすぐに人間界とは異なった空

間に存在する霊界へと送られる。だが全ての魂が素

直に霊界へと行くわけではなく、死んだ時に強い怒

りや憎しみといった、何らかの未練を残した者や、

生前から邪悪な魂を持つ者は、悪霊や地縛霊などに

なって現世にしがみつく場合が多かった。


「悪霊になった時点で地獄行きは決定だ。素直に成

仏しなかったことを後悔するんだな」


 次から次へと襲いくる悪霊たち目掛け、天魔は何

十発という弾丸を瞬時に撃ち出す。


 一見、乱射されたように思われた弾丸は、一発も

外れる事無く悪霊たちを撃ち抜き、悪霊は断末魔の

叫びを上げながら消滅した。


 しかし悪霊たちの最後の叫びは、この世と生への

強い執着心を改めて感じさせるが、どこか深い悲し

みを帯びているようにも、天魔には聞こえている。


 他界した時に素直に霊界へと行った魂は、現世で

犯したあらゆる罪を裁かれ、罪の重さによって何ら

かの生物に振り分けられ、生まれ変わることができ

た。だが連続して人間に生まれ変われる者は稀であ

り、動物や昆虫になる可能性もあった。しかし現世

で大罪を犯した者の魂は、容赦なく地獄へと落とさ

れる。いったん地獄へ落とされると、最低でも一兆

六千六百年、輪廻することを許されず、ひたすら苦

しみ続けることになる。


 そして天魔は反撃を許さず撃ち続け、あっという

間に半分近くを葬り去る。弱い悪霊が相手とはいえ

天魔の強さが尋常ならざるレベルにあるのは一目瞭

然だった。


 更にまだ十五歳の少年だというのに、幾つもの修

羅場をくぐり抜けてきた者だけが、その身に纏うこ

とができる兵たる雰囲気を既に持っている。




 その頃、天魔と共に悪霊退治にきたもう一人は、

廃墟の屋上にいた。


「できることなら戦いたくないけど……皆さんごめ

んなさい」


 舌足らずといった感じの幼さの残る声で弱々しく

発したのは、天魔と双子の妹である、天野愛だ。


 愛は声同様に少し幼く見え、子犬のように可愛い

顔をしていた。腰の辺りまで伸ばしたストレートの

漆黒の髪と、瑠璃色の瞳が特徴的で、小柄だがスタ

イルは良く、色白の肌をしていた。服装はスウェッ

トにデニムのミニスカート、白いハーフコートを着

てスニーカーを履いている。


 天魔と愛は双子とは思えぬほどに容姿も性格も似

ていなかった。二卵性の男女の双子ということもあ

るが、同じなのは瞳の色ぐらいである。


 愛は眼前にいる、三メートルを超える一体の悪霊

を見上げているが、その表情は、親と逸れ迷子にな

った幼き子供のように弱々しく、今から戦おうとし

ている者のそれではない。顔から受ける印象だけで

なく、雰囲気からして内気でおとなしい子に見える

が、戦いに挑むにあたり、あまりにも覇気が感じら

れなかった。だが天魔同様にまったく恐れる様子は

なく、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたことが分

かる。


 当然、悪霊が先手を取って襲い掛かる。天魔が相

手をしている悪霊たちとは違い、複数の人間と動物

の悪霊が融合し、大きさ、霊力ともに桁違いの強さ

を得ていた。


 悪霊は愛の体に取り憑くことが目的だが、基本的

に霊力のない普通の人間には取り憑くことはできな

い。霊力がある人間にのみ有効で、成功すればその

体を自在に操ることができる。故に強い霊力を持つ

者に取り憑けば、この世で生身の体を手に入れたう

えに、絶大な力を発揮できた。


 愛は反撃する様子も見せず、ただ襲いくる悪霊を

躱し続ける。だが回避されても悪霊は透かさず回頭

し、幾度となく突撃を繰り返す。


 余裕ある体捌きを見るだけで、既に愛と悪霊との

実力差は明白であったが、融合により巨大化してい

た悪霊は、本体から無数の悪霊を分裂させる。


 愛は焦る事無く軽やかな身の熟しで一斉に襲いく

る悪霊をも難なく躱す。しかし悪霊は分裂を繰り返

し数を増やすと、ついに愛を取り囲んだ。


「いったいどれだけの数と融合しているのよ」


 追い詰められたようにも見えるが表情に焦りはな

く、夥しい数となった悪霊に対し、愛は呆れ気味に

呟いた。


 悪霊は四方八方から襲い掛かる。突撃のタイミン

グは完璧であり、どう見ても回避は不可能と思われ

た。だが突撃に合わせ、愛は霊力を瞬時に高め全身

より一気に放出する。解き放たれた霊力は金色のオ

ーラとなり、愛の体を包み込む。


 オーラを纏う事により、オーラの強さの分だけ、

攻撃力、防御力、スピード、自然治癒能力、五感な

ど、ほぼ全ての能力が飛躍的に上昇する。悪霊や妖

怪たちとの戦いにおいてオーラを使い熟せることは

絶対条件だった。


 悪霊は愛の放つ凄まじいオーラの前に為す術なく

突風に煽られた蝶の如く、次々に弾き飛ばされる。

しかしダメージを負ったわけではなく、取り囲んだ

まま陣形は崩さず、愛の周りを螺旋に移動し、攻撃

態勢のまま少しずつ間合いを詰める。


 ここから本格的な戦闘が始まるというその時、気

配なく屋上に現れ近付く者がいた。


「まだ戦ってるのか。情けをかけたところでどうせ

最後は倒すんだから、早く終わらせろ」


 クールにそう言ったのは天魔だ。既にこの廃墟に

集まっていた大勢の悪霊を一蹴のもとに退治してい

た。


「別に情けをかけてるわけじゃないけど……この後

みんな地獄へ落とされるかと思うと、やっぱりや

りにくいよ」


 愛は悲哀じみた難しい表情を見せ言ったが、この

瞬間も悪霊の攻撃を躱しながらであった。


「それを情けと言うんだ。俺は先に帰るからな」


 天魔は冷たい態度をとり、本当に帰ろうと歩き出

す。


「ちょ、ちょっと待ってよテンちゃん。分かりまし

た、すぐに終わらせます!」


 愛は焦りながら拗ねるように発した。天魔が帰る

と言ったら本当に一人で帰るクールガイだというこ

とを、いつも傍にいる愛が誰よりも理解していた。


 一撃で勝負を決めると決意した愛は、コートのポ

ケットから名刺サイズの黄色い護符を枚取り出す。

その護符には複雑な呪文が、まるで血を使ったよう

な朱文字で記されている。


 愛は放出する金色のオーラを護符に纏わせると、

その手を眼前に突き出し念を送る。すると護符は反

応し、自らを中心に金色に輝く六芒星の魔法陣を瞬

時に空中に作り出す。


「口寄せ! 五火神焔扇(ゴカシンエンセン)!」


 愛が言い放つと、護符と魔法陣は爆発するように

白い煙をモクモクと出し弾ける。その煙の中からは

大きな扇が現れた。


 愛が使った口寄せとは、召喚術のことである。契

約を結んでいる霊界の武器庫から、様々な特殊武器

を口寄せの術で呼び寄せ使うことができた。他にも

戦い倒した妖怪や、術者の力や人格を認めた者と契

約を結び、その者たちを必要に応じて別の場所から

呼び出すこともできる。因みに護符は一回限りの使

い捨てであった。


 八十センチはあろうかという五火神焔扇を手に取

った愛は、使い慣れた感じで軽々と開いてみせる。


 その造りは艶やかな工芸品のようで、黒を基調と

し、そこに金や銀で細工が施されていた。


 この五火神焔扇は、仙人だけが持つことを許され

たという伝説的な武器、宝貝(パオペイ)の一つである。と言っ

ても実は天魔と愛が使う専用に作られたレプリカ品

であった。しかし攻撃力に何の問題もない完成度と

なっていた。


 愛は蝶の如く軽やかに舞う動きで、取り囲む悪霊

たち目掛け、横回転しながら五火神焔扇を扇ぐ。す

ると扇は凄まじい炎を生み出し、燃え盛る業火が舞

い踊るように辺りを包み込み、大勢の悪霊たち全て

を、群がる藪蚊を殺虫剤で退治するぐらい容易く、

一瞬で灰燼に帰する。


 愛が口寄せ解除の念を送ると、役目を終えた五火

神焔扇は現れた時と同じく、煙に包まれ消えた。


 悪霊は夥しい数で廃墟を占拠していたが、人が蟻

を踏み潰すぐらい簡単に退治してしまうとは、この

二人の強さは本当に計り知れなかった。


「あれ? もう居ない……。酷いよ置いてくなんて

! これがきっと噂に聞いた鬼畜というやつだよ。

うん、きっとそうだ。テンちゃんは鬼畜ってやつだ

よ。てかテンちゃ~ん、待ってよぉ~!」


 愛は戦いの余韻に浸る事無く慌てて追いかけてい

き、一階の出口の辺りでやっと天魔に追い付いた。


 



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