第五章 「宗家の力」 その弐
「あの女マジだ‼ マジで撃ちおった‼ 天魔も見たであろう。避けなかったら
顔面に直撃だぞ」
沙経は冷汗を垂らしながら訴えかける。
「どうせ当たっても死なないだろ。静かにしてないからだ」
天魔は自業自得だと言わんばかりにクールに返す。
「バカヤロっ‼ 当たったら痛いだろうが‼ てか当たったらとかの問題じゃね
ぇだろ。撃ったよあの子、撃っちゃったよこの沙経ちゃんをさ、どうなってんの
あのブチキレてる暴走娘は⁉ 超怖いんですけど‼ クソっ、お前ら兄妹、私を大
事にしないとバチが当たるぞ。まったく、天狗を舐めるなよ。だいたい愛の顔で
天魔に言われるのが一番ムカつく。本気でグレるぞ」
沙経は一人でグチグチと喋っており、既に天魔は聞いてもいなかった。
沙経が口寄せされてから、それほど時間は経っていないが、大妖怪の威厳ある
印象は、既に優樹と薫の中からは消え去っていた。今の沙経は、いじられキャラ
っぽい、コミカルなイメージになっている。しかし本来天狗とは冷静沈着で、戦
闘時には残虐になる恐ろしい妖怪なのだ。木の葉天狗や沙経のように、人間と気
さくに付き合う天狗は少ないだろう。特に沙経のような大妖怪である鞍馬天狗が
口寄せの契約によって呼び出され、戦闘に参加する以外で、今のように人間たち
と楽しそうに言葉を交わしたりすることなど本当に珍しいことであった。
「まあいい。この戦いが十分を過ぎれば、全員ハズレだしな。こうなれば、長引
くのを願うのみだ。少しは頑張れ、狐男」
沙経は相変わらず独り言を呟き、何やら勝手に納得していた。
「どこまでも舐めたことをしてくれるな。本当に大した余裕じゃないか。組織が
お前たちの力を欲しがっていようが関係ない、徹底的に痛めつけて殺してやる」
既に秘沖の怒りは頂点にまで達し、怒涛の如く攻撃を繰り出していた。そして
いったん距離を取ると一気にオーラを高め、妖刀に自らのオーラを食わせるよう
に吸収させて纏わせた。
刀身から放たれる凄まじい妖気とオーラが合わさり、途轍もない力を発生させ
一点に集まる。すると秘沖は透かさず刀を振り下ろす。
「怨霊妖撃破‼」
振り下ろされた刀身からは、妖気とオーラが融合した、おどろおどろしく紫に
輝く塊が放たれる。その塊は、巨大な頭蓋骨のように見え、まさに怨霊の塊のよ
うであった。
放たれた気の塊は、弾丸の如く凄まじい勢いで愛へと向かう。風を切り裂き突
撃するその音は、まるで妖刀に斬られた多くの魂たちの、断末魔の叫びのように
聞こえてくる。とてもじゃないが普通の人間に耐えられる音ではなく、脳に直接
響いてくるかのようだった。
愛はその攻撃を、妖刀で正面から受け止めることは可能であったが、瞬時に危
険であることを肌で感じ取ると、素早く回避する。だが秘沖の放った攻撃は、意
思を持つかのように軌道を自由自在に変化させ、回避した愛の後を追尾しながら
襲い掛かる。更に秘沖は怨霊妖撃破を続けて三発繰り出す。そして四発となった
攻撃が容赦なく愛を追い詰める。
愛は四方からランダムに突撃してくる攻撃を、天性ともいえる戦闘センスでな
んとか躱している。しかし才能だけではこの攻撃は回避できない。やはり幼き頃
からの常人では考えられぬ厳しい修行と戦闘経験を積み重ねた結果だ。
だがこのままではいつ直撃を食らってもおかしくなく、四発の怨霊妖撃破はほ
ぼ同時に四方から襲い掛かった。その間合いとタイミング、角度、全てが完璧で
あり、例え戦いの神でも躱すことは不可能だと思われた。
「直撃だ、食らえ‼」
秘沖は勝利を確信し、口元に笑みを浮かべる。
愛はこの時、瞬時に全ては躱せないと判断を下していた。だが諦めたわけでは
なく、愛は刀を地面に刺し両手を自由にすると、念じるだけで透かさず四つの五
芒星の魔法陣を作り出す。更に目にも止まらぬ速さで数種類の印を結んだ。
四方から襲い掛かった怨霊妖撃破は、四つ同時に直撃し、まるでミサイルの如
く凄まじい大爆発を引き起こす。この爆発の瞬間、怨霊と化したような無数の妖
気が断末魔の叫びを発して弾けた。
爆発の大きさから怨霊妖撃破の威力がよく分かる。秘沖はこの攻撃で勝負を決
めるつもりで、かなりのオーラを練り込んでいた。しかし奥義ともいえる技を連
続で繰り出したため、必要以上にオーラを消費している。
冷静な状態だったならば、愛の後に天魔たちが控えているのだから、たかが一
撃にこれほどまでのオーラは使わなかっただろう。例えもっとオーラを抑えた攻
撃だったとしても、直撃していたならば、愛を倒すことは容易くできたはずだ。
やはり百戦錬磨の兵であっても、人間の怒りの感情を制御するのは難しく、戦
況判断を良くも悪くも狂わせてしまう。故に戦闘においては、より冷静さが必要
となるのだ。特に兵同士の戦いならば、そのちょっとした判断が瞬時に勝敗を決
める事になる。
「愚かな。瞬時に四つものシールド魔法陣を完璧に作り出せるわけがない。仮に
作り出せても、魔法陣ごときで防げるものか」
秘沖は見下すように吐き捨てる。が、秘沖の表情が、この世に存在しえないも
のでも眼前にしたように凍り付き固まった。視界を奪っていた爆煙を突き破り、
愛が突撃してきたからだ。しかも愛は完璧に攻撃を防ぎきり、かすり傷一つすら
ない無傷だった。
愛は一気に間合いを詰めると、疾風迅雷の如く連続して斬り付ける。
秘沖は完全に意表を突かれ、すぐに反撃には移れず、とにかく防御に徹する。
「どうした、その程度の攻撃で私は倒せないぞ。幹部の者たちは、三大宗家の力
を恐れ、そして欲しがっているが、私はお前たちの力など絶対に認めない」
秘沖は疲れと焦りを悟られぬように、愛の攻撃を捌きながら、わざと余裕たっ
ぷりに話しかける。
「もう終わりよ。あなたを倒し、あの子を解放する」
愛の表情はいくぶんか冷静さを取り戻しているように見えた。
この時、秘沖は背後から何かが近付くのを感じた。だが眼前では愛が怒涛の如
く攻撃を繰り出しており、それを防ぐので精一杯で、振り返る事はできない。
直感的に危機を感じた秘沖は、格好など気にせず必死に愛の攻撃をくぐり抜け
前方にヘッドスライディングするように転がり逃げた。
秘沖が回避した瞬間、背後からは愛が爆発にまぎれ投げ放っていた二つの巻物
が、動きを封じるために迫っていた。回避していなければ、秘沖は巻物に捕らえ
られていただろう。
愛に操られた宙を舞う巻物は、大蛇の如くうねり動きまた襲い掛かる。だが秘
沖ほどの兵が相手では、そう簡単に捕らえる事はできない。それどころか近付く
ことすらままならない。不用意に近付けば、いくら巻物がオーラを纏い強化され
ているとはいえ、妖刀で簡単に切り刻まれてしまう。
その時、愛は霧雨を地面に刺し両手を自由にすると、オーラを高め素早く十二
種もの印を結ぶ。十種以上の印を結ぶ術は、奥義といえるほどの大技であった。
「凄い……あれ程の速さで正確に印を結べるなんて。とても見極め真似のできるも
のじゃありませんね」
優樹は驚きを隠すことなく発した。
「確かに早い。印を結ぶのが随分とうまくなったな。それだけ真面目に修行をし
たということか。感心感心」
沙経は満足気に言う。
「甘やかすな、まだまだだろ。複雑な印は少し遅いぐらいだ。後で特訓決定だ」
天魔は相変わらずクールで、愛には厳しかった。
「お前は本当に愛を誉めない奴だな。まったくもって嫌なお兄ちゃんだ」
「ほっとけ」
「天魔よ、飴と鞭という言葉を知っているだろう。たまには甘えさせてやれよ。
愛がたまにキレて暴走するのは、ある意味お前のせいだと思うぞ」
「俺は関係ないだろ」
「あれだあれ、ストレスというやつだ」
「あいつにストレス……ないだろ、天然だし」
天魔は難しい顔を見せたが、すぐに表情を戻し、身も蓋もない事をクールに言
った。
「さすが天魔君ね。あんなブリッコ甘やかしちゃダメよ。鞭で叩くぐらいがちょ
うどいいのよ」
最後に薫が止めを刺した。
「不動霊縛法・双蛇‼」
愛が印を結び終えると、秘沖の周りを牽制しながら飛んでいた二つの巻物は、
まるで天を翔る流星の如く光り渦巻き、更に神々しく眩い閃光を解き放つ。
金色の光の物体と化した二つの巻物は、その姿を十メートルは軽く超えるだろ
う巨大な黄金の大蛇へと具現化させた。まさにどこからどう見ても、色以外は本
物の大蛇へと姿を変えた巻物は、龍の如く宙を自在に舞い、容赦なく秘沖に襲い
掛かる。
「まさか……お前たちのレベルで、これ程の術を使えるというのか」
秘沖は流石に驚きを隠せなかった。物体を自在に生命体へと具現化させる術は
奥義の中の奥義であり、上級のハンターの中でも一部の選ばれし者しか使えない
からだ。そしてその術の恐ろしさを瞬時に肌で感じ取る。
秘沖は迫りくる二匹の大蛇を斬り付けるが、妖刀の刃をもってしても、何か技
を繰り出さなければ、鋼のように硬い大蛇の体には、傷一つすらつけられなかっ
た。
二匹の大蛇は前後から同時に襲い掛かり、疲れの見えはじめていた秘沖にグル
グルと巻き付き、いとも簡単に捕らえ完全にその動きを止める。更に動きを止め
ただけでなく、大蛇と化した巻物は、秘沖のオーラを食らうように全身から吸収
していく。それこそがこの術の本当に恐ろしいところだ。
「くっ、力が入らない……こいつら、オーラを吸収しているのか。くそっ、これが
宗家の力だというのか。私は認めない、認めないぞ‼」
秘沖は狂ったように叫び、負けじと極限までオーラを高める。
全身からは紫色の凄まじいオーラが、火山が噴火した時のマグマと噴煙の如く
放出されるが、巻き付いた大蛇たちは微動だにせず、そのオーラも容易く吸収す
る。
今の秘沖の強さでは、逃れるすべはなかった。まさに蜘蛛の巣に捕らえられた
蝶と同じ状態である。このままオーラを放出し続けても、大蛇たちが吸収できる
容量を超える前に、秘沖は完全に力尽きるはずだ。
故にこの時点で勝敗は決まっていた。しかし今の愛はキレており、このままで
終わるはずがなかった。そしてこれから、愛が怒った時の本当の怖さを知ること
になる。
愛は既に容赦なく次の攻撃を仕掛けていた。秘沖の頭上高くに護符を二枚投げ
放ち、同時に五十メートル級の巨大な六芒星の魔法陣を二つ、重なるように上下
に作り出していた。
「通天神火柱、降臨‼」
下段の魔法陣が弾け煙の中からは、炎を纏い赤く焼け、火の粉を絶えず飛び散
らせている、長さ十五メートルはある巨大な円柱の鉄柱が八本現れ落下し、秘沖
を取り囲むように地面にめり込みそそり立つ。
この時、秘沖に巻き付いていた二匹の大蛇は、愛の送る念に従い、秘沖から放
れその場より離脱すると、愛の元へと戻り、主人を守るように取り巻き後ろに控
えた。
秘沖を囲む赤く焼けた八本の柱は、それぞれが柱を囲むように九つの青き火柱
を天高く燃え上がらせる。
一本の柱が九つの火柱を上げたという事は、全部で七十二の火柱が現れ、秘沖
を取り囲んだことになる。燃え上がる灼熱の炎に囲まれた秘沖に、逃げる場所な
ど完全になかった。しかも双蛇にオーラを吸収され、まともに動ける状態ではな
い。
「ぐわあああぁぁぁっ‼」
炎に焼かれる秘沖は、息をするのもままならず、不覚にも叫びを上げる。だが
残り少ないオーラをバリアーのように全身から放出し、なんとか持ち堪える。
もしもオーラを使えない普通の人間が中心部にいたなら、ものの数秒で炭の如
く全身黒焦げになり、死んでしまうだろう。それ程に強烈な高熱である。
しかし唯一の逃げられる空間は上にあった。何かしらのアイテムか飛行術を使
い、天高くに飛び上がれば、回避できる可能性はある。
だがその時、愛は透かさず次の攻撃へと転じていた。
「口寄せっ、天之御柱‼」
愛は上空に残ったもう一つの魔法陣から、天魔が妖狐と戦った時に使った、雅
な装飾が施された巨大な漆黒の柱である天之御柱を口寄せした。
この時、胴回り四十メートルに達する御柱が大地に降臨できるように、愛は通
天神火柱の口寄せを、絶妙なタイミングで解除する。
煙の中から現れた巨大な御柱は勢いよく落下し、人間が蟻を踏み潰すかのよう
に、容赦なく秘沖を押し潰した。
オーラが残り少なかった秘沖には、どう足掻こうが最初から、どこにも逃げ場
所は存在しなかった。そして押し潰される瞬間、面で表情は分からないが、本物
の恐怖を感じていただろう。
だがなんと凄まじいコンボ攻撃だろうか。この攻撃で秘沖が死んでいても決し
ておかしくない。何よりも驚くべきは、これだけの戦いを繰り広げ、多くの術を
使ったにもかかわらず、愛は疲れた様子もなく、けろっとしていることだ。実際
にまだまだ余裕で戦えるほど、力は残っていた。
この他者を寄せ付けないオーラの絶対的な量こそが、強力な武器や術が使える
事よりも重要で、宗家の強さの秘密といっても過言ではない。特に三大宗家の中
でも最強と噂される、天野家の人間が代々受け継ぐ強大な能力は、本当に計り知
れず、これだけの戦いでも、まだごく一部の力しか出しておらず、その強さの片
鱗をまじかで見ていた優樹と薫は、唖然とするしかなかった。ただ優樹は賭けの
事は頭の片隅にあり、先程の攻撃で勝負は決まったと判断し、ちゃっかりと時間
を止めていた。




