第五章 「宗家の力」 その壱
「いつまで続けるつもりだ、そんなぬるい攻撃を。お前達は二人で一人の半人前
だろ。二人で掛かってきたらどうだ」
秘沖は小馬鹿にする口調で愛を更に挑発する。
この秘沖と名乗る男、狐の面を付け素顔を隠しているが、ある程度名の知れた
元ハンターだった。身の熟しと放出される凄まじいオーラを一見しただけで、そ
の強さが中級レベル以上のハンターだと分かる。
秘沖と比べて愛の方は、まだハンターとしてのレベルは低い。だがレベルだけ
では本当の強さは計れない。しかし秘沖と愛の場合はそのハンターレベルの差の
ままに、強さにも開きがある。とはいえエクスチェンジという奇跡の大技を使い
天魔と魂を入れ替えている状態では、既に愛の強さがどれ程の領域に達し、秘沖
との実力差をどこまで縮めているかは分からなかった。ただ、余裕の表情で見守
っている天魔と沙経を見れば、それが答えになっているのかもしれない。秘沖の
強さが本物であることを、二人は理解しているはずなのに、手助けするどころか
心配する様子も見せず、プロの格闘家と素人が喧嘩して勝つのと同じぐらい当た
り前に、愛が勝利すると信じていた。
「本当に一対一とは、私も舐められたものだ。いくらその術で力が上がったとは
いえ、所詮は子供、そして低レベルのハンターでしかない」
秘沖は妖狐を倒した天魔たちの力を見ても、自分の方が強いという絶対的確信
があった。それはハンターレベルの比較で判断しているところが大きい。
ハンターレベルは資格が与えられた時点でレベル1である。そして多くの仕事
をこなしポイントを積み重ねていけば、数値的にレベルは上がる。RPGのよう
により強い妖怪を倒していけばレベルの上がりも当然早い。しかしレベルを上げ
るために無理をして、力に見合わない強者と戦うことは死を意味している。それ
だけに、レベルが高いという事は、十分に修行を積んだ兵であり、そのレベルと
強さが伊達ではないことが分かる。
現在の愛と天魔のレベルは5であり、数値だけでいうとハンターの中では初心
者だ。それに対し秘沖のレベルは25である。しかもそのデータは秘沖が霊界の
下でハンターをやっていた過去のデータでしかない。それからどのような境遇で
どれ程の戦闘経験と修行を積んだのかは不明であるが、ハンターレベルでいうな
らば、更に上がっているだろう。因みにレベル25は、ハンターの中では中級で
ある。
このレベルの違いが秘沖に余裕を与えていた。だが余裕があるが故に、秘沖は
戦闘の基本を忘れ、エクスチェンジ後の未知数である愛の力を警戒せず、隙だら
けであった。
「随分と余裕を見せているが、さてどちらが後悔するかな。愛はキレてはいるが
戦いの中で決して自分を見失わない冷静な部分も持ち合わせている」
沙経は顎に手を置き、芝居でも見ているように楽しく観戦している。
「買い被りすぎだろ。よく見てみろよ、完全にキレて暴走してるぞ」
天魔は呆れ気味に言った。
「なぬ、まことか……確かによく見れば、冷静さはこれっぽっちも感じられない。
てかあれで大丈夫なのか。あやつはやはり死ぬんじゃないか」
「まあとりあえず、愛の怒りが頂点に達する時、奴は本当の恐怖を知り、己の死
を感じるだろうな」
「あぁーこわ、怖い怖い。女という生き物は、本当に怒らすと厄介だからな。天
魔も女には気を付けるのだぞ。私ほどではないとはいえ、お前もなかなかの男前
だからな」
沙経は何かしら過去の苦い思い出を振り返りながら、しみじみと言った。
「そうよ天魔君、女って汚らわしい生き物なのよ。しかも嫉妬深くて嘘ばかりつ
くんだから、ホンと近付いちゃダメよ。特に‼ こんな感じの小動物みたいな顔
をした女にはね」
薫は今は天魔が入っている愛の顔をビシっと指差し言った。
天魔は「そっ、そうですね。気を付けます」と返した後、力なく愛想笑いして
うなだれた。
とにかく秘沖にとって今の余裕は危険な事である。そんなハンターレベルなど
という数値に惑わされず、眼前にいる相手の気配や動き、その術を冷静に探り、
相手の本当の力を見極めねばならない。それは本来、戦闘においては初歩の基本
である。しかし自分の強さに自信がある兵が、その基本を忘れることは初心者よ
りも多い。それが力を得た者が陥る、過信という名のトラップなのだ。
秘沖はここで初めて動きを見せる。護符を使い空中に六芒星の魔法陣を作り出
すと、素早く数種類の印を結ぶ。印を使い魔法陣を強化したという事は、何かし
ら強力な妖怪か武器を召喚するつもりだ。
「口寄せっ‼ 斬首断獄刀‼」
秘沖が口寄せしたのは、まがまがしい紫色の妖気を放つ日本刀だった。間違い
なくその刀は妖刀である。刀身から放たれる異質な妖気は、まるでこれまでに斬
られた者たちが、怨霊と化し纏わりついているように見える。
怒りや憎しみ悲しみなど、何かしら強い念を込めて作られた武器が、多くの血
と魂を食らえば、のちに妖刀になりやすい。特に霊界の特殊な武器は全てにいえ
る。そういった妖気を帯びた武器は凄まじい威力を発揮し、更に様々な術と組み
合わせれば、その攻撃力と技のバリエーションは無限大である。そして妖刀は物
でありながら意志を持ち、自ら己の持ち手を選ぶ。因みに西洋では妖刀の事を魔
剣と称した。
秘沖が斬首断獄刀を手にすると、大地より噴き出す間欠泉の如く、妖刀は更に
強大な妖気を刀身から発する。
愛は両手の銃から数十発の金色の弾丸を撃ち放つ。迫りくる弾丸に対し秘沖は
微動だにせず、ただその場に立ち尽くす。
秘沖が躱そうともしない理由はすぐに分かった。直撃すると思われた無数の弾
丸は、斬首断獄刀の放つ妖気によって、いとも簡単に搔き消された。
「躱すまでもない。私を舐めたことを後悔させてやる」
秘沖は言い放つと同時に襲い掛かる。
愛はあまりの速さに意表を突かれ、眼前まで間合いを詰められると、横薙ぎに
繰り出された斬首断獄刀の一撃で、胴を真っ二つに切り裂かれた。だが秘沖には
物を斬ったという手応えはなかった。
「残像か。逃げ足は早いようだな」
愛はその場にはっきりと残像を残すほど早く動き回避していた。極限まで鍛え
上げられた天魔の体と、その体と天魔以上に波長の合う愛の魂だからこそ、本当
に斬られたと見える程の迅速の動きができた。しかし秘沖は回避した愛の動きに
難なくついていき、透かさず斬りかかる。
愛は連続して繰り出される攻撃を、全て寸前で躱す。思いのほか秘沖の攻撃が
激しい事と、怒りで冷静さを欠いていたため、ギリギリでしか躱せなかった。
我を忘れている状態の愛は、両手に持っている銃を悠長にホルスターには収め
ず、そのまま二つとも放り投げた。
「おいおい、それは俺の銃だぞ」
無残に捨てられた愛銃の行方を見守りながら、天魔は呆れ気味に呟く。
愛は怒涛の攻撃を掻い潜り素早く距離を取ると、護符を使い六芒星の魔法陣を
作り、数種類の印を結んだ。この時、愛が見せた印を結ぶスピードは、上級のハ
ンターが見ても驚く速さで、どの種類の印を結んだのか分からないほどだった。
「霧雨‼」
愛が口寄せしたのは、秘沖と同じく紫色の妖気を放つ日本刀だった。
霧雨は、同じ刀鍛冶が作った三本の名刀の一振りであり、その三本は三雨と称
されている有名な妖刀だった。
霧雨は全ての妖刀の中でもそれなりに強い力を持っている。だが秘沖の持つ斬
首断獄刀と比べると、その存在感はかなり弱く感じた。しかしそれは斬首断獄刀
が放つ妖気が、圧倒的に邪悪かつ異質すぎるからだ。
愛は霧雨を手に取ると素早く抜き放ち、斬り込んでくる秘沖目掛け鞘を投げ捨
てた。鞘は秘沖の眼前で口寄せが解除され、煙に包まれその場より消える。この
時の煙は絶妙なタイミングで目くらましとなり、愛は透かさず後ろへと回り込み
刀を振り下ろす。だが秘沖は難なく反応すると、容易く刀で受け止める。そして
数秒ほど鍔迫り合った後、互いに一歩も退かずそのまま激しく打ち合う。
妖刀同士がぶつかり合う光景は、台風時の荒波が防波堤に襲い掛かるように凄
まじく、激突するたびに妖気が波しぶきの如く弾け飛ぶ。更に周りには剣風が巻
き起こり、安易に近付けば切り刻まれる程の鎌鼬が荒れ狂う。流石に二人とも剣
術の修行は相当に積んでおり、息も尽かせぬ攻防は、既に達人の領域であった。
「互いに妖刀でも、あの男の刀の方が強さは上だな。やはり天魔の体では、霧雨
以上の強い武器はまだ使い熟せないか。このままの展開ではちと厳しいな」
沙経は徐に語った。確かに今の段階では愛の方が押されていた。
「まあ、そういうことだな。でも俺が愛の体で扱える武器なら、奴の刀よりも強
い力を持った物が幾つもある……ていうか、そろそろ村雨を譲ってくれよ」
天魔は少し不服そうに言った後、沙経の腰に差してある刀に目をやり、ふと思
い出したかのように話を変えた。
「お前たちは確かに強くなったが、まだ村雨を扱うには早すぎる。自在に力を引
き出せてこそ、はじめて戦いで使えるというもの。中途半端では逆に命取りだ。
それに村雨は、既にまともな精神の人間が扱うには、あまりにも邪悪な存在すぎ
る。あの面の男が持つ妖刀のようにな」
沙経は真面目な顔で答える。
二人が話している村雨は、霧雨の兄弟刀であり、三雨の一振りだった。現在知
られている妖刀の中で最上級に位置する危険な刀で、同時に最強でもある。
「相変わらず子供扱いか。大人じゃないかもしれないが、子供という歳でもない
ぜ」
「天魔よ、いつも言ってはいるが、今の強さにおごるなよ。お前たちは様々な面
でまだ未熟なのだ、特に精神的にな。その未熟さは、自分ではなかなか分からな
いものだ。頭ごなしに言われても、理解できないこともあろうが、人間の未熟さ
とは、その時は無駄だと思われるような時間を費やし、数々の失敗と歳を積み重
ねる事によってはじめて見えてくるものだ。それに、魂を入れ替える術は確かに
凄いが、お前達がその術に頼らなくなった時こそが、真に強くなったといえる。
二人の強さの限界点は、まだずっと先、遥か高見にあるのだからな」
沙経は、父親が我が子を見守るような優しい目をして、諭す感じで穏やかに言
った。
「分かっているさ。俺たちがもっと強くならなくてはいけないということを」
天魔は険しい表情を見せ、誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように発し
た。この時その瞳には、何か強い決意が感じられた。
(お前たちが背負う宿命はあまりにも過酷だ。逃れられぬとはいえ、人間の身に
は重過ぎる。だがその使命に囚われすぎ、お前たち自身が潰れるでないぞ。人間
の精神と体は、思う以上に脆く果かないものなのだ。そして熾烈となる真の戦い
は、まだまだこれからなのだからな)
沙経は悲哀じみた瞳で天魔を見詰め、言葉には出さず胸の内で意味深なことを
語る。
「今は我慢しろ。そのうち村雨はお前にやる予定だ。必要となる日が訪れた時に
な」
「そのセリフ、今までに何度聞いたことか」
「まあそう言うでない」
沙経は天魔の頭を乱暴に撫でながら、穏やかな口調と優しい表情で言った。短
い言葉ではあったが、その中には父親のような温かさが感じられた。
「しかし攻撃が苦手と言っているわりに、しっかりと剣術の修行も行っているよ
うだな。また少し強くなった気がする」
沙経は愛と秘沖が繰り広げる激しい戦いを見詰め、嬉しそうに言う。
「当然だ。強制的にやらせているからな」
「お前たちは少しも変わってないな。二人がまだ幼い頃を思い出す。あの頃も、
愛は無理矢理お前に連れられて、いつも泣きながら修行をしていた」
沙経は天魔と愛が幼き頃に行っていた山岳修行を思い出し、笑みを浮かべた。
因みに沙経とは、口寄せの契約をする以前からの長い付き合いだった。
「まあ最終的には武器の強さが劣っていようと関係ないか。愛が天魔の体を使っ
ている時は、防御が最大の攻撃となるからな」
沙経は意味ありげな言葉を放つ。
「あと三十秒で五分経ちますよ」
その時、沙経の隣にいた優樹が徐に言う。
「ぬおおおおおっ‼ もうそんなに経ったか、やばいではないか‼」
沙経は自分から言いだした賭けの事をすっかり忘れており、頭を抱えオーバー
なリアクションを取る。
「愛‼ もったいぶるな、もう倒せ‼ さっさと倒せ、今すぐ倒せ‼ ……愛ちゃ
ーん、聞こえてますかぁ? そろそろお願いしまーす」
沙経は本気で焦りながら言う。しかし愛に無視され、機嫌を取るように口調を
変えて言い直す。
「沙経、うるさいぞ。大妖怪と称される鞍馬天狗らしく、もっとクールに振る舞
え、契約者として恥ずかしいだろ」
天魔はまるで子供を叱るように言った。
その言葉で傷ついたのか、沙経はぶすっとした表情で子供のように拗ねる。
それを見ていた優樹と薫は、また笑いを我慢していた。だが微妙に笑い声は漏
れ出し、眉間に皺を寄せた怖い顔で沙経に睨まれる。
「あっ、五秒前」
優樹はうまく誤魔化し時計に目をやる。
「ぬおおおおっ‼ 愛のバカタレ‼ モタモタしおって」
沙経は思わずそう叫ぶ。その瞬間、沙経の顔面に金色の弾丸が飛んでくる。勿
論、弾丸を放ったのは愛だ。愛は秘沖と戦いながらも、投げ捨てた銃を移動時に
拾い、瞬時に沙経目掛けて撃った。そしてすぐにまた銃は捨てていた。
どうやら他の言葉は聞こえなくとも、バカタレという言葉だけは、しっかりと
聞こえていたようだ。まさに地獄耳である。
「うわおっ⁉」
沙経はそう叫びながら、直撃寸前でなんとか弾丸を躱す。
味方に躊躇いなく弾丸を撃ち込む愛を見て、怒らせると怖いという事を知った
優樹と薫は、もしかしたら色々な意味で凄く大物かもしれないと、強く思ってい
た。だがこの行動で、秘沖を本気で怒らせた。




