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悠久なる狩人たちの挽歌  作者: 真狩トオル
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第二章  「慟哭」 その四

 決着を付けるチャンスと思った優樹と天魔は、透かさず間合いを詰めようとし

た。だがダメージで動けぬ妖狐は、濃い紫色をした霧のような息を吐き出し、広

範囲に渡り辺りを包み込んだ。

「これは……恐らく毒ですね。天魔君、どうしましょうか」

 見るからに毒々しい紫の霧は、天魔たちを近付けさせないだけでなく、本物の

霧のように視界を奪い、完全に妖狐の姿は見えなくなった。

「問題ありません。ここは一気に攻めましょう」

 天魔の表情は相変わらずクールであり、自分が絶対的勝者たる強い自信が、そ

の瞳からは感じられた。更に何か秘策がある口振りである。

「見えなくても妖気で位置は分かるが、どこにいても関係ない。押し潰してやる

ぜ」

 天魔は優樹の背中から巻物を戻すと、護符を取り出しオーラを纏わせ、毒の霧

が充満する上空へと投げ放つ。護符は校舎よりも高い位置まで達すると、五十メ

ートルはあろうかという巨大な六芒星の魔法陣を作り出す。

 天魔は容易く巨大な魔法陣を作り出したが、それは普通の事ではない。オーラ

の消費は魔法陣の大きさに比例し、技術的にも困難になるからだ。本来はここま

で巨大な魔法陣を瞬時に作れるのは、上級のハンターぐらいであった。

 口寄せの六芒星の魔法陣も、盾として使われる五芒星の魔法陣同様に、護符を

使わなくとも作り出せる。だが口寄せの場合は特に、護符を使わずに魔法陣を作

れば、オーラの消費が激しくなる。故に普通はオーラ消費を軽減するための補助

道具として護符が使われていた。しかし上級ハンターにもなれば、護符を使用し

ない者も多くいる。因みに作り出した魔法陣の色は、術者のオーラの色と同じに

なる。

「口寄せっ‼ 天之御柱(あめのみはしら)‼」

上空の護符と魔法陣は爆発するようにモクモクと白い煙を出し弾ける。すると

煙の中から、金を使った雅な装飾が施された、巨大な漆黒の柱が天空より降臨し

地上へと勢いよく落下した。

その円柱の柱は、胴回りが四十メートルはあり、高さも百メートルに達する巨

大さで、タンポポの綿帽子を一息で飛ばすぐらい容易く毒の霧を吹き飛ばし、轟

音と共に大地に堂々と降り立つ。この時、震度8の大地震なみに大地は咽び泣き

大きく揺れ、同時に妖狐の悲痛な叫び声が天へと突き抜ける。更に天之御柱は落

下するとき、校舎の一部を巻き添えにし、まるで豆腐でも踏み潰すかのように破

壊した。

(さすが宗家の人間ですね。ハンターとしてのレベルが低くとも、既にこれだけ

戦えるとは……本当に恐ろしい。それだけに、霊界でさえも彼らを放ってはおけな

い)

優樹は天魔の戦いを見て胸の内で思う。

「これが伝説にきく天之御柱……なんてでたらめな大きさなのよ。って言うか、こ

れを最初に武器として使った人のセンスが凄いわね」

 薫は天之御柱を見上げ心底呆れた。

 だが薫が呆れるのも無理はない。現世ではなく霊界に存在する柱とはいえ、大

阪の通天閣や神戸のポートタワー、茨城の牛久大仏に匹敵するぐらいの高さなの

だから、眼前に突如そんな物が現れれば、誰でも驚愕するだろう。

 そして威厳ある姿を遺憾なく曝け出し、直立不動に聳え立つ天之御柱は、月の

クレーターの如く地面を陥没させ妖狐を押し潰している。

 自らの役目を見事に果たした天之御柱は、天魔が口寄せの念を解除したことで

その場より煙に包まれ瞬時に消える。だが凄まじいその存在感は、姿なき後も大

いに威風堂々たる余韻を残した。

 普通に考えて、これだけ巨大な物に押し潰されれば、いくら妖怪とはいえひと

たまりもないはずだ。だが妖狐はまだ死んではいなかった。全身より発する強大

な妖気が防御壁となり、衝撃を軽減できたため、辛うじて瀕死の状態で踏み止ま

っている。

 妖狐は血へどを吐きながらも、体を半分もがれても這い動く昆虫たちのように

まだしぶとくもがいており、戦意喪失していない。そのタフさは敵であれ称賛に

値した。

「まだ死なないとは……本物ですね、この妖狐の強さは。いずれ大妖怪になれる資

質があると考えれば、今ここで倒せたのはラッキーというべきでしょうね」

「新堂さん、仕上げは任せますよ」

 天魔が軽い口調で言った時、倒れている妖狐の周りに、姿の見えぬ何者かが六

枚の護符を投げ放つ。

 護符は口寄せなど移動時に使われる六芒星の魔法陣を作り出し、瞬時に光の柱

を上げ妖狐を包み込んだ。そして護符を投げ放った者が妖狐の側に現れる。その

者はすらりとした長身の男性であり、黒髪の短髪で、黒のレザーのズボンにブー

ツ、グレイのロングコートを着て、能面の如き白い狐面をして顔を隠している。

「宗家といっても所詮その程度の強さか。その貧弱な力を守るために、どれ程の

命が失われたか、お前たちは知るまい」

 謎の男は低く猛々しい声で、何かしら恨みが込められているように、天魔の方

を見詰め言うと、妖狐を連れて、紫に輝く魔法陣が発する光と共に、結界の中の

特殊空間から自力で抜け出し消え去る。

 霊界が作った結界から容易く抜け出せる移動魔法陣を操るとは、その者は上級

のハンター並みの強さといえた。

「すみません。まさか仲間がいたとは気付きませんでした」

 天魔は少しばかり険しい表情で言う。何者なのか分からなかったが、置土産と

なった言葉が気になっていた。

「完全に気配を絶っていましたから、分からないのもしかたがないでしょう。戦

闘中でもありましたから。ただ、かなりの兵でしょうね」

 優樹は眉間に皺を寄せ、天魔よりも険しい表情を見せる。

(あの狐の面は……まさか……)

 優樹は胸の内で呟いた。確信には至らなかったが、謎の男に少し心当たりがあ

った。

 この時、数秒程度だったが、怪訝そうに何かを考えている優樹の表情を、天魔

は見逃していない。その表情から、優樹が謎の男について情報を持っていること

を、天魔は読み取った。だが、ここではあえてその話は流す。何故なら、優樹自

身が自分の情報に確信を得ていないことを、天魔は表情を観察するだけで、そこ

まで予測していたからだ。

「あの男はまた来ますよ。俺と愛に恨みがあるような口振りだったので」

「確かにそんな感じでしたね」

「俺たちがいることで、敵を引き寄せている気がするんですが、このまま学園に

いてもいいんでしょうか」

「問題ないと思いますよ。霊界もある程度はこういう事態を想定したうえでの人

選でしょうから。それにまだ生徒たちに危害が及んだわけではないですし」

「何かあってからでは遅いんじゃないですか」

 天魔は自分たちが学園に派遣されたことに強い疑念を抱いており、何かしら知

っていそうな優樹に、色々と喋らせ情報を得るために、敢えて怪訝そうな表情で

言った。しかも優樹に分かるように一瞬だけ、小動物を狩る猛禽類の如く鋭い目

付きを見せる。

「天魔君は随分と心配性ですね。きっと大丈夫ですよ、二人の強さならね。それ

にさっきの男が本気でこの学園に危害を加えるつもりなら、あのまま逃げたりは

しないでしょう」

 優樹は相変わらず爽やかで屈託ない笑顔を見せる。

「……分かりました。まあ学園には少し迷惑をかけるかもしれませんが、さっきの

奴がまた来た時には、きっちりと処理しますよ」

 天魔には優樹の笑顔が白々しく思えたが、見え見えの揺さぶりに対し微動だに

しない様子を見て、ここはもう追及しなかった。

「そうよ、優樹の言う通り問題ないわよ。それより天魔君の戦い本当に凄かった

わ。ホレなおしちゃった」

 薫は天魔の腕に手を絡め、自分の胸に引き寄せる。あまりの怪力に、天魔は何

も抵抗できなかった。更に寄り添う薫にパワーを吸い取られるように、天魔は極

度の疲労感に襲われる。

「術も多彩ですし、流石プロハンターですね。薫さんが惚れる男だけあります」

 優樹は薫を煽るように話を合わせ、天魔の困った顔を見て楽しんでいる。

「やだ優樹ったら、本当のことを。でもやっぱり惚れちゃうわよねぇ、イケメン

で強いんだから。もう好きにしてって感じ」

「でも薫さん、天魔君は競争率高いですよ」

「大丈夫よ優樹。私か細く見えるけど、腕力には自信あるのよ。だから天魔君に

近付く女は容赦なく蹴散らしてみせるわ」

 薫は力強くポージングして見せる。天魔は顔を引きつらせ力なく愛想笑いした

後、ガクっとうなだれた。

「俺よりも、新堂さんの技の方が凄いですよ。印や真言を使わなくても威力があ

って、まるでミサイルのようだし」

「あの技は確かに威力はあるんですが、使えば巻物がそのつど燃えちゃうんです

よね。だから個人的には、あまり使いたくないんですよ。既にお分かりのとおり

あの巻物は特注品ですから」

「俺が言うのもなんですが、新堂さんの力は、既にハンターのレベルに達してま

すよ」

「いえいえ、私などはまだまだです」

 優樹は謙遜していたが、その力がハンターレベルであるのは間違いなかった。

 天魔は優樹の温厚な笑顔の下には、獲物を横取りするハイエナの狡猾さと、弱

者を容赦なく狩る、飼い馴らすことなどできない野生の猛獣の獰猛さ、この二つ

の性質を兼ね備えた本当の顔が隠れていると感じている。更に薫や美雪の扱い方

といい、様々な意味で警戒すべき人物だとも考えていた。

「でも天魔君とは違い、あなたそれでよくハンターになれたわね。信じらんない

わ」

 薫はトゲトゲしく愛に向かって言い放つ。

「まあまあ薫さん、そう言わずに。愛ちゃんはきっと疲れているんですよ」

 愛の態度は非難されて当然であったが、優樹は穏やかな表情で優しく接する。

「愛、何故すぐに攻撃しなかった。お前が攻撃していれば簡単に倒せたぞ」

 天魔は明らかに怒っていたが、表情には出さずクールに発する。頭ごなしに怒

鳴られるよりも、そのクールな物言いの方が愛には怖かった。

「だってあの子……あの妖狐は悪い妖怪じゃないよ。人間を襲うのには、きっと何

か理由があると思う」

 愛は誰とも目を合わさずオドオドしながら弱々しく発した。

「興味深いですね。愛ちゃんは何か感じたんですか?」

「感じたというか……私にはあの妖狐が泣いているように見えました。心の奥底か

ら深い悲しみが伝わってくるんです。とても激しい慟哭が」

「うーん……それは困りましたねぇ」

 優樹は顎に手をあて首を傾ける。

「そんなの気のせいだ、情けをかけるな。あの妖狐には尻尾が三本あった。なら

ばその意味が分かるはずだ」

 天魔がそう言うと、愛は納得いかないようだが頷いて答える。

「尻尾? どういうこと、天魔君」

 薫は意味が分からず尋ねた。

「狐の体を器とした妖怪は数が多いですが、妖狐は本来それほど強い妖怪ではな

いんですよ。でもさっきの妖狐は強い力を持っていました。人間以外を器とした

妖怪が力を得るための方法は一つ、霊力を持った者の魂を食らうことです。つま

りあの妖狐は、それだけの魂を食らっている悪しき妖怪なんです。それは見た目

ですぐに分かります。普通の妖狐は尻尾が一本だけですが、魂を多く食らえば食

らうほど、妖狐の場合は尻尾の数が増え、それが強さを示すバロメーターとなり

ます。更に言えば、尻尾が四本になると上級の妖怪となり、五本に達すれば、大

妖怪に匹敵する力を得ると言われています」

 天魔は言い終わると愛に近付き、俯いている頭に手を置いた。

「次は倒す。分かったか、愛」

 天魔は愛を睨み付け、抗うことなどできない絶対的な命令だと言わんばかりに

発した。

 愛は俯いたままだったが、天魔がどんな顔をして言っているのか手に取るよう

に分かった。故に怖くて顔を上げられずにいる。

 少しすると他の生徒会メンバーがその場へと帰ってくる。

「みんな無事だったようね。妖怪が現れたのがこっちで良かったわ。改めて言っ

ておくけど、相手が妖怪の時は、無理して戦わずに逃げるのよ。分かったわね」

 薫は珍しく真剣な顔で言う。

「自分たちの強さぐらいちゃんと分かってるよ。しかし凄い戦いだったな。情け

ないが怖くて近付けなかった」 

 三年の男子メンバーが言う。

「私もです。悪霊の方はすぐに倒したんですが、体が竦んで動けませんでした。

やっぱりハンターになる人は特別なんですね」

 二年の女子メンバーは憧れの眼差しで天魔を凝視していた。

 この場にいるメンバーの半分が女子であったが、全員が既に天魔の強さとイケ

メンぶりにやられ、完全に虜になっている。

「ちょっとあんたたち、天魔君に色目使ってんじゃないわよ‼ これだから女は

嫌なのよ。ホンと油断ならない生き物ね。あぁやだやだ、不潔よ」

 薫は鼻息荒く女子を睨み付けたが、女子全員が「あんたに言われたくない」と

胸の内でツッコミを入れていた。

「それでは帰りましょうか」

 優樹は天魔と愛の肩に手をのせて、この場を収める感じに言った。

 しかしこの学園では、こういった戦いは日常茶飯事なのだ。多ければ一日に幾

度となく戦うこともある。可なり過酷な現状だが、はたして天魔と愛は、美雪の

思惑通り学園生活を楽しめるのだろうか。





































































































































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