スカルプチュア嬢
ネイルの施術が始まった。相変わらず、由梨はとんちんかんな事を言っている。
「私、元彼とラブホ行ったんだー。」
「え?元彼とラブホ?何で?」
「だからー。携帯の充電して帰って来たんだよー。」
若いキャバ嬢の言う事は、いつでも、よくわからない。彼女は、19歳だ。
私は、大谷美月、28歳。Nudie Dreamというキャバクラの、専属ネイリストをしている。私も昔Nudie Dreamでキャバ嬢をやっていて、それで貯めたお金でネイルスクールに通い、ネイル検定1級を取得する事が出来た。暫くは自宅サロンを経営していたのだが、Nudie Dreamの店長から電話がかかって来て、お店の子達のネイルをやって欲しい、と頼まれたのだ。
私もそのお店にいたから、その時からやっていた人達とは気心が知れていたし、やってみてもいいかな、と思った。
お店と私の自宅サロンは、同じ駅にある。そんなに離れていない為、トントン拍子で店長との話しは進んだ。自宅サロンの名前は、Angel Collectionという。サロン名はそのままにする事になった。
美月は、渋谷に行く事にした。
渋谷には、ネイルの問屋さんがある。この辺では一番大きな問屋さんで、美月は、ネイルの施術をする為の消耗品や新商品などをよく買いに来る。
自宅サロンをする事になって、色々と道具などを揃えたのも、この問屋さんだ。ネイルスクール時代にも時々来て、何か新しい情報はないものかと、アンテナを張り巡らせていた。
今日は、ストーンを買いに来た。沙知さんというキャバ嬢が、どうも売り上げアップにならないみたいな話しを施術中にしていて、美月も検討していたのだ。そして、ネイルに、ゴールドのストーンを付ける事を勧めようと思った。
「大人しそうな子が、一気に華やぐような、そんな何かありませんかね?」
一応、店員にも訊いてみる。
「華やぐような物ですか…少々お待ち下さいね。」
待機させられてしまった。まぁ、いい。沙知さんの為だ。
ふと店内を見渡すと、新商品のポスターやら、求人情報など貼ってある。
美月もネイルスクールを卒業したら、企業のネイルサロンに就職する事も考えない訳ではなかった。しかし、一度OLをやって上下関係についていけなかった為、それはあまり乗り気ではなかった。講師の桜子先生に相談した所、
「今は、自宅サロンやる人も増えてるから。美月ちゃんには合ってるかもね。」
と言われた。それで、自宅サロンをやる事を決心したのだ。
一人暮らしで、施術部屋が一部屋ある形だ。そこで、Angel Collectionをしている。
「お待たせ致しました。こんなのはどうですか?」
店員が持って来たのは、ハート型のデコパーツだった。これはいい。沙知さんは自分からこんなのは付けなさそうだから、私が勧めて、付けるだけ付けてみよう。
美月は、それも買って、問屋をあとにした。
「もしもし。今、平気?」
「はい、平気です。」
Nudie Dreamの店長から電話があった。時刻は、午後3時をまわっている。
「来週の月曜、小百合のネイル頼むね。午後4時〜。予約出来る?」
「来週月曜午後4時ですね。大丈夫です。」
「良かった。じゃあ、頼むよ。ヨロシクね。」
いつも、だいたい1〜2週間前位に、予約が入る。店長か副店長から連絡がある。向こうが忙しい時は、メールになる事も多い。こないだは、
「有華、大丈夫かな?何か美月に言ってなかったか?」
有華とは、沙知さんの源氏名なのだが、やはり店長も心配をしていた。今日はたまたま何も言ってこなかったが、キャバ嬢達の心配をして、私に電話をかけてくるパターンが多い。そういう時は、施術中にどんな話しをしたかなど、話すようにしている。
来週の月曜日4時は、小百合か。
小百合とは、怜子という源氏名のキャバ嬢の事で、3歳の子供がいる、シングルマザーだ。シングルマザーはやはり、大変らしい。家事がどうとか保育園がどうとか、私に色々言ってくる。しかし、子供の可愛さは何にも代え難い物があるらしく、シングルマザーを頑張っているらしい。
来週のネイル、よろしくねー(^^)
今回は、可愛らしくお願い♪
小百合からLINEが届いた。予約が決まると、小百合からは、必ずと言って良い程よろしくLINEが届く。だいたいこんな感じで!とリクエストも届くから、かえってやりやすい。
可愛らしくかー。いいけど何でだろう?
小百合は、美月と同じ28歳で、大人な感じで売っているキャバ嬢だ。ハッキリ言って、可愛らしくしている所なんて見た事がない。
可愛らしくする理由はよくわからないが、美月は、来週の予約表に、小百合の名前を書いた。
Angel Collectionが休みの日は、だいたい渋谷の問屋に行くか、テレビを観るか、雑誌を読むか、音楽を聴いている。週1日しか休みがないので、少し疲労はするかもしれないが、美月は、毎日が充実している。
テレビは、ニュースがほとんどだが、ドラマ、音楽番組、バラエティー、その位は観る。
雑誌は、ネイル雑誌はほとんどAngel Collectionに置いておく。それから、ファッション誌もある。ネイルと言っても、全身トータルコーディネートで考えないと、ネイルだけ浮いてしまったり、逆に目立たなくなってしまったり、デザインがおかしな事になってしまう。その点で、ファッション誌も読んでおく。あとは、キャバの雑誌だ。
音楽は、Hip Hopを中心にかける。
Angel Collectionには、ほかの曲をかける時もあるが、美月が聴くのは、ほぼHip Hopだ。休日に聴くと、かえって落ち着く。心地良い時間が流れるのだ。
「おかえりー。」
渋谷の問屋から帰宅すると、誠がいた。
誠は、美月の彼氏で、付き合って3年になる。キャバ嬢時代に付き合い始めた。高校の同級生だ。
「ただいま。またいるの?」
確か、先週も誠は家に来た。
「今日は呑むだけ。色々あってさ。営業も大変なんだから。」
仕事の大変さは散々聞いてるが、こうなると、まだあるのか、という程あれやこれやと出て来る。仕方ない、今夜は2人で呑み会だ。
「どこ行ってきたの?」
誠に訊かれた。
「渋谷の問屋。沙知さんのストーンとか、色々ね。」
「ふーん。そちらも大変そうだね。」
「まぁね。でも何とかなるでしょ。て言うか何とかする!だって沙知さん、なんだか見てられないんだもの。」
私は、覚悟を決めていた。それも、美月の仕事だ。
窓を開けると、夕風が心地良かった。季節は夏になろうとしていた。
月曜日。美月は、小百合の施術の為の準備をしていた。
もうすぐ時計は4時になる。
「おはようー。美月、今日もよろしくねー。」
小百合がやってきた。
ファッション誌を買って読んでいるので、美月は人の服装をチェックするようになったが、今日の小百合のファッションは何か違和感がある。
「小百合、今日の服、何か合わなくない?渋谷ギャルみたいだよ。」
問屋があるから、渋谷にはよく行く。そこで歩いているギャルみたいに、何だか今日の小百合の格好は派手な感じなのだ。
「ベビーピンクのワンピに、白の厚底靴?なんでまたそんな色を?」
美月が訊くと、小百合はこう答えた。
「何か変?っていうかさ、今度新しく入ってきたボーイ、大学生らしいんだけどさ、頭いいみたいなんだよね。何処って言ってたかな〜、聞いた事ある名前。そこら辺のホストばりにイケメンだったんだよ。だから訊いたの。彼女いるの?って。そしたら、いるって。でも話し聞いてみたら、その女は、ギャルらしくってね。写メ見せてもらったんだけど、こんな感じの服着てたのよ。今日わたしが着てるような。で、少しでも近づきたくてね、渋谷で買ってきた服なのこれは。」
ははーん。イケメンボーイか。なるほどねぇ。まぁ、いい男なんだろうな。
しかし、正直、小百合にはあまり似合わない。というか、普段、大人な感じの、セクシーな服を着てるから、ちょっと、急に変わり過ぎだ。
「で、今日の可愛らしくっていう注文は、要するにこのギャル服にネイルを合わせろと?」
「そういう事。美月なら出来るでしょ?」
「まぁ、出来ない事もないけど…。」
これはちょっと困ったなぁ。小百合はそのボーイに夢中になり過ぎてわかってないかもしれないけど、確実に、このギャル服は似合わない。小百合はスタイルが良いし美人だから、何着ても大丈夫は大丈夫なんだけど、Nudie Dreamに行った時、売り上げも心配だし、指名客がもしかしたら今日一日で減ってしまう。
美月は考えた。
「じゃあ、基本ヌーディーなカラーにして、短めスカルプチュア、ちっちゃめリボンを付けようか。リボンは悪魔で、シンプルに。」
「うん、いいかもしれない。ヌーディーって事は、ベージュとか?」
「そうだね。ベージュ、ベビーピンク、それからピンクゴールドを使おう。」
「OK」
これなら大丈夫そうだ。
小百合の爪に、ジェルを施していく。
「七星ちゃんは、もう今年4歳になる?」
「そうだよ。早いよね。」
「美人だから、将来はキャバ嬢?」
「まさか。娘には、堅実な人生を歩んで行って欲しいよ。公務員とか。」
「公務員?堅実過ぎない?あはは。」
「でもあるかもしれないのよ、うちの七星。いつもお利口さんだしさ。」
親バカが始まった。小百合は基本、頭が良い人が好きみたいだ。
「でも、何だかんだで、やっぱり普通のOLかもね。苦労しなきゃいいけど。」
私が言うと、
「それより七星は、男で苦労しそうだよ。保育園で、今、三角関係なんだって。お迎え行ってもスゴイもんね。七星まだ帰らないー。優斗君いるからまだ帰らないー。歩ちゃんいるのになんで七星帰るの?みたいな。」
「へぇ、三角関係か。保育園児なのに、随分ませてるのね。」
七星ちゃんも色々あるんだな。
美月は考えていた。自分は、キャバ嬢達にとってどんな存在なのか?
話しを聞いたり、色々心配したり、そんな日常な気がする。でも、それはそれで、やり甲斐を感じている。毎日のスタイルがあって、美月はその中で生きていた。
今日も、キャバ嬢達が、スカルプチュアを求めて美月のサロンへやって来るー。