師匠
一面、白く磨かれた壁と床。天井には大量の蛍光灯が並び、室内はとても明るいが、窓が一つも見当たらない。
室内の三方の壁に取り付けられた、棚、棚、棚。
向かって正面は冷凍棚、向かって左は冷蔵棚、向かって右は厳重に施錠がなされたショーケース。
そして、店内に幾列も並ぶ棚、棚、棚。
ぱっと見、一風変わったコンビニのような内装の店の入口に高く積み上げられた買い物カゴを一つ取り、梓馬は冷蔵棚の前に立つ。
そこに並ぶのは、200ml入りのパック飲料――の、ようだが、パッケージはどれも他のスーパーやコンビニでは見かけないものばかりだ。
目立つ真っ赤なハートが描かれた、白いパッケージに印刷された文字は――『新鮮血液』。
彼はそれを一つカゴに入れ、少し移動してから再び立ち止まる。
そこに並ぶのは、透明なビニール系の素材で出来たパックに詰められた赤黒い液体。
ラベルにそれぞれ「A」、「B」、「O」、「AB」と書かれたものが一列ずつ並ぶ。
それに手を伸ばそうとした時、再び「チン」と音がして、扉が開いた。
「いらっしゃいま……」
律儀に女性店員が声をかけ――
「あらヤダ、梓馬じゃない」
その声を遮るようにこちらに声をかけてきたのは――
「……雅」
梓馬はそれを、少し嫌そうな顔で振り返った。
「それで、上手くいったの? 協力者の契約要請は?」
「……さあな。今日は契約書を渡しただけだ。明日、返事を受け取ることになっているが――まあ、断られたところで特に困らない」
「いやいや、せやから困るんやって。主は良くても、少なくともわいは大いに困るんや」
「あんた、いい加減そろそろ過去を吹っ切るべき時期なんじゃないの?」
美しい艶を持つ黒髪を結い上げ、着物を着こなす彼女は、気づかわしげな顔でため息を吐いた。
「相変わらず、堅物が服着て歩いているような男を、それでも良く説得したわね、棗も」
「……今回の依頼の場所が場所なだけに、なぁ」
「場所?」
「師匠も知っとるやろ、『梅宮学園高等学校』って」
「……梅宮? ……棗、アンタらが声をかけた協力者候補って――」
その名前に、彼女が声を掠れさせた理由。
それを、梓馬はこの時、「梅宮」の名前に反応したのだと思った。
「いや、違う。彼女じゃない。……まさか、今更どのツラ下げて声をかける? ……そうじゃない、あの学園に通う、女子生徒だ」
だから、梓馬はそう答えた。
「……その、女の子の名前は」
「安倍真弓、だ」