覚悟
――けれど。
もう、一度外の空気を味わってしまった今、もう一度あの世界に戻ることは不可能だった。
開放感というものを知ってしまった今、あの息苦しさにはもう耐えられない。
「だから、もういいかなって思ったの」
真弓は、もう一度先程と同じ台詞を重ねる。
「あなたと本契約を交わして、この先ずっとあなたの協力者を続けるのも、……ここでこのまま消えるのも――」
自分の未来を他人に委ねる。……少し狡いかな、とは思ったけれど、つい、彼の優しさに甘えたくなってしまったのだ。
「……主、いい加減素直になったらどうや?」
ギリっと牙を噛み締めた梓馬に、棗が囁く。
「ねえ、梓馬。この子を助けたいなら、“それ”しかない事、分かってるでしょう?」
葛葉に背を押され、梓馬は一瞬嫌そうな顔をした。
「……これだけ危険な目に合ってもまだ懲りないのか? 本契約を交わせばもう、簡単に辞める事は出来なくなる。なのに……お前は、俺を選ぶのか――?」
梓馬はその場に跪き、真弓と目線を合わせ、責めるように尋ねる。
「そうだよ。だって、辞めたくなかったんだもん」
「……本契約を結ぶために、何をしなければいけないのか知っていても、か?」
「言ったでしょう、全部知ってて、それでも良いと思って使ったんだって」
――棗に聞かされた、本契約の手続き。吸血鬼である彼と、契約を結ぶ方法。
「梓馬になら咬まれても……血を吸われても構わない。そう思ったから、私は……」
ドクドクと耳の奥で脈が乱れるのを聞きながら、真弓はその覚悟を告げる。
「梓馬、あんた女の子にここまで言わせておきながらバックれる、なぁんて事しないわよね?」
「そらもう、甲斐性なしなんてレベルの話とちゃいますやん」
「――ああ。もしも彼女をこのまま見殺しになんてしたら、ただじゃおかないからね?」
葛葉、棗、楸に順繰りに肩を叩かれ、梓馬は大きく一つため息を吐いた後で、ようやく口を開いた。
「……いいだろう。その代わり、後から文句を言われても、一切受け付けないからそのつもりでいろよ」
あっちを向いていろ、とばかりに後ろの三名を睨みながら、真弓の着物の襟元をくつろげ、その首筋をあらわにする。
ひんやりとした外気に晒された首筋に、彼の温かな吐息が触れ、鼓膜をくすぐった。




