力
ピーチ味でも、イチゴ味でも、アセロラ味でもない。少し塩っぽい、トマトの味。
舌にその酸味を感じた瞬間、真弓を苛んでいた苦痛がふっと消え去った。
見れば、体のあちこちにこしらえたかすり傷や切り傷ももの凄い速さで今まさに癒えている最中である。
視覚も聴覚も、その他全ての感覚は、これまでで一番クリアに世界を認識する。
体は綿のように軽く、普段の洋服より格段に重い着物の重量も気にならない。
何より、背中に感じる違和感。
パサリと、すぐ背後で音がして、慌てて振り向けば、見覚えのある、コウモリの皮膜のような翼が見えた。
そう、それは以前梓馬の背にあったのと同じもの。
何となく動かしてみれば、思う通りに翼は動き、ふわりと身体が宙に浮く。
「嬢ちゃん……。あれ、食ってしもうたんか?」
棗が、呆然と呟いた。
『この飴玉を食えば、俺の――吸血鬼の力がほぼそのまま使えるようになる。ただし……』
初めてこの小瓶を貰った時に聞かされた事。
「……うん。でも、もういいの。だって彼は、ほんの一時でも私を必要としてくれたから。私の殻を破って、手を伸ばしてくれたから。……だから、今度は私が手を伸ばすの。もし、届かなくても、後悔はしない」
真弓は、以前彼が見せたそれを思い出しながら、体を霧に変えた。
空気に溶けるように、体が溶けていく。なのに、不思議な事に体の感覚は意外にしっかり残っている。
少し高い位置から美鈴を見下ろすという、普段ではあり得ないアングルの視界にも、彼女の言うとおり、他に人の姿は無い。
飴玉の効果で、聴覚も普段より格段に敏感になっているはずなのに、まるで山奥深い森の中にでも居るように、辺りはしんと静まり返っている。
(……どうすればいい? どうすれば、彼女を捕まえられる?)
ふわふわ漂いながら、考える。
「……棗、彼が持っていたあの鏡、あなたは持っていないの?」
「アレはその任務で必要な数だけ、主に渡される物でな。余分はないんや。そも、あれを扱うんは普通の人間には無理や」
「じゃあ、他に何か武器になるような物は?」
「……スマン!」
つまりは、今真弓が頼れるのは、飴玉の効果によって得た能力と、自らの拳だけ、という事らしい。
……自慢ではないが、和やその取り巻き連中に殴られた経験は数あれど、自分から暴力を振るったのは、後にも先にもあの一度きり――和をぶん殴ったあの一度だけ。
喧嘩の仕方など、全く分からない。
吸血鬼の力を一時的とはいえ手に入れた今、相手が人間だったならそれでも充分なんとかなっただろう。
しかし、彼女もまた魔物。付け焼刃の力だけでは心許ない。
……心許ない、のだけど。
「あんたの、そんなくだらない望みのために、色んな人にあれだけ迷惑かけて……」
彼女に対する憤りがおさまらず、彼女の真ん前で霧化を解き、大きく振りかぶった手を力一杯振り下ろし、思いっきり彼女の頬を張った。




