彼女の望み
「……まさか、あなたが」
その時は、またいつものように嫌味を言われるのだと思った。
……この格好ではいつも以上に逃げるに逃げられず、だからいつもの通り、じっと耐え忍ぶつもりだったのに。
「でも……なんで……?」
彼女に嫌われている理由は分かっていた。――分かっている、つもりだった。
楸の彼女は美鈴だが、彼は和と違って真弓にも本当に優しいお兄さんでいてくれたから、それが面白くなかったのだろう。
楸と真弓の関係は、幼馴染みというより兄弟のそれに近いものだったが、彼女という立場からすれば、真弓の存在が気に入らないのもまあ、分からないでもない……と。
「だって、あなたが邪魔なんだもの」
彼女はクスリと妖艶な笑みを浮かべ、コツリとヒールの音を響かせ、近づいてくる。
「あなたが悪いのよ、だって、私の術にかかってくれないんだもの」
真弓はそれに従って、じりじりと後ずさる。
「術……?」
それはきっと、和の親衛隊の子たちと大して変わらない理由なのだろうと、ずっとそう思っていたのだけれど――。
「美鈴さん、一体、何が目的でこんな事……」
「そんな事を聞いてどうするの? でも……まあいいわ。郷に入っては郷に従えって言うし、冥土の土産に教えてあげる。私ね、この社の祭神の座が欲しいの」
……どうやらその考えは随分と的外れなものだったらしい。
にたりと嫌な笑いを浮かべながら彼女が口にしたその理由に、真弓は眉をひそめた。
「だって、日がな一日お昼寝しているだけで、崇めてもらえて、お供えまで貰えるなんて、すっごく美味しい立場じゃない?」
だがしかし、彼女のそれは激しく間違った認識だろう。
確かに、この神社の現祭神は随分な怠け者であるようだが、あまり怠けると組織とやらからお咎めがあるらしいと、真弓はつい先日知ったばかりだ。
真面目に仕事をしようとしたら、土地の豊穣を守り、参拝客の願いを聞き届け、守護を与えたものをきちんと守り導き――……と、とても日がな一日お昼寝……などとは言っていられない忙しさのはずだ。
「だから、跡取り息子に近づいて、彼の両親や弟に術をかけて……・穏便に事を運ぼうと思っていたのに、何故かあなたにだけは私の術が効かないのよね」
そうと知らないらしい美鈴は、形ばかりの笑みを浮かべていた表情を一変させ、ヒールで地面を蹴散らした。
「仕方ないから、ゆっくりあなたを追い詰めて、潰してやろうと思ったのに、あなた、しぶとすぎるんだもの」
イライラと爪を噛み、鋭く睨むその目はもう、人のそれではなかった。
『こういうのは棗以上に普通の人間のめには映らないものだ。相当の霊視能力が無ければまず、視える事はない』
梓馬は柏についてそう言っていた。
普通の人間に祭神の姿を視る者は滅多に居らず、そして普通の人間が神社の“神職”の座を狙おうと思うことはあっても、“祭神”の座を狙おうなどと考えるものはまず居ないだろう。
元々スマートなくせにメリハリのあった美鈴の体が、同性の真弓でさえ目のやり場に困る程色気に満ち満ちた体つきになり、その顔は傾城級の美女に変わる。
「お、お前……さてはサキュバスやな!」




