疑念
彼の背を追うように訪れたテントは、人で溢れていた。
折りたたみの長机と、パイプ椅子の並んだそこで、祭りの責任者たちが、それぞれ指示を飛ばし、その周辺では和やかに挨拶し合う人々も居る。
「おう、稲葉ンとこの坊主も、でかくなったもんだな。今年で幾つだ、お前?」
「21です。あともう一年、大学生をしたら、また戻って来ますよ」
「お、じゃあもう酒を飲める歳だな、ビール飲むか?」
ビール缶片手に赤ら顔で、水を張った青いプラスチックケースに浮かんだそれを勧められた楸は、「いえ、仕事中ですから」と穏やかに断る。
「相変わらず真面目だねぇ。しっかり未来の嫁さんも捕まえてるみたいだし。こりゃぁ将来安泰だな、壱月!」
げらげらと下品な笑い声を上げる親爺連中相手に、壱月も、やはりにこにこ微笑みながら答える。
「そうですね、ありがたい事です」
「けど壱月、実際のトコどうなんだい? 可愛い娘に彼氏が出来た心境は?」
「嫌ですねえ、真弓ちゃんは私ではなく柾の娘ですよ。でも……そうですねえ、今更出てきて父親面で頭ごなしに反対だなどと言うようでしたら、少しお説教が必要でしょうねえ」
顔はにこにこ笑っているのに、一瞬、声が凄まじい冷気を帯びた。
「ふふふ、そうねえ。素敵な奥さんを亡くして寂しいのは分かるけど、だからって娘を放りっぱなしにして良い理由にはならないもの。今更文句を言う資格なんか無いわよって、叱ってあげなきゃね」
その向こうで、郁子もお茶やお茶菓子、酒の肴を配って歩きながら、うふふおほほと笑いながら夫に同意した。
「けど、それはそれとして、本当に真弓ちゃんに相応しい相手なのかどうかはまた別の話だと思いますけど」
にこっと笑って楸が梓馬に視線を振った。
「それと皆さん、年頃の女の子をそうやってからかうのは良くないですよ? そもそも、そこの彼、別に彼氏でも何でもないそうですから」
だが、全く笑っていない瞳で、楸は言った。
テントの端で、椅子に腰掛けこちらに背を向けていた真弓がびくりと肩を震わせる。
「僕としては、今すぐにでも契約を解消して、彼女の前から居なくなって欲しいんだけど……?」
「――棗ッ」
「……何や、この唐変木が」
楸の発言に、ますます表情を険しくした梓馬に、棗が冷たく刺々しい声で答えた。
「お前、しばらくあの楸とかいう男を見張れ」
「は?」
「あいつからは、濃く人外の者の匂いを感じる。あいつはあの和の兄だ。それに、俺の事情を知っている風なあの言動……。怪し過ぎる」
だが、棗は呆れた眼差しで梓馬を睨んだ。
「あんなぁ、主。あの兄さんは間違いなく人間やで。ただの人間が夢魔を使い魔にするんはどうやっても無理や。今回の黒幕は間違いなく人外のものなんやで。もっと、他に目ぇ向けるべきやとわいは思うで」
確かに、棗の言う事にも一理ある。ある、のだが……。
「しかし、今日一日で一番怪しかったのは、奴だ。他に、人外の気配をさせた奴は居なかった。今回も、奴本人ではなくその近くに居る可能性がある」
どうしても、彼に対する疑念が拭いきれない。
「……悪いが、今回ばかりはお断りさせていただきますわ」
だが、棗はそっぽを向いた。
「わいは、嬢ちゃんの護衛につく。……あの坊では人外相手に嬢ちゃんを守りきれん、そこだけは主に同意するでな。せやから、主は気兼ねなく、好きなだけあの兄さんを追っとればええ」
そう言い捨てて皮膜を広げ、棗はふいっと梓馬から離れ、真弓の方へ飛んで行った。
突然棗がやって来て、一瞬びっくりした顔を見せた真弓だったが、すぐに笑顔を見せ、何か楽しそうに会話を交わしている。
それを見て、何故かむしゃくしゃした気分になる。
「……まあ、いい。犯人さえ捕まえてしまえば、彼女に危険が及ぶ事も無い」
梓馬は、じっと楸の行動を注視しながら、それでも真弓の方をちらちら気にせずにはいられなかった。




