秋祭り
そうして文字通り、背中を押された真弓は、数年ぶりにその光景を目にしていた。
焼きそば、たこやき、わたあめ、チョコバナナ、りんご飴――。
お祭りらしいメニューの並ぶ屋台からは食欲をそそる香りが、煙や湯気と共に漂ってくる。
その一方で、金魚すくい、射的、輪投げ等の遊興系の屋台も負けじと人を集めていた。
「焼きそばを作っているのが、例の定食屋の息子の慎二さん。たこ焼き屋さんをやっているのは魚屋さんのご主人で、わたあめは駄菓子屋のおばさん、クレープは洋菓子屋さんの従業員で……」
通り沿い、歩道に沿って道の左右にずらりと並んだいくつもの屋台には、見覚えのある顔ばかりが並ぶ。
「金魚すくいは自転車屋さん、射的は雑貨屋さん、輪投げは文房具屋さん……」
祭りの三日間は、商店街の営業時間を短縮し、それぞれの店主や従業員、関係者たちがそれぞれの屋台を取り仕切る。
真弓は、梓馬の背に半分隠れるように縮こまりながら説明して歩く。その足元が覚束無い理由はもちろん、慣れない下駄で少しでも油断しようものなら、即、着慣れない浴衣の裾を踏みそうになるからだ。
しかし、真弓の目が微妙に泳いでいるのは、先ほどから鉄壁の無表情を貫く梓馬の眉間に浮かぶ僅かなシワが気になるせいだ。
「おおっ、浴衣、似合うとるやないか!」
と、褒めてくれたのは棗だけで。
迎えに来てくれた梓馬はといえば、浴衣姿の真弓を目にするなりこの通り――いつも以上にむっつり黙り込んだまま、今に至る。
「焼き鳥屋はお肉屋さんで……」
と指し示せば、一応「――ああ」と、そちらに視線をやり、短い返事を返しはするものの、本当に、それだけで……。
それどころか、稲葉家の玄関から通りへ出るほんの数歩の距離を歩くだけで、3度も転びかけた時点で、大きくため息まで吐かれた。
見かねたのか、腕を貸してくれたものの、それに縋る真弓の姿は、傍から見ても、恋人同士のそれというよりは、介助者と被介助者のそれに近いに違いない。
「え、嘘、まさかあんた安倍? やだ、あんたこんな所で何してんのよ」
相当に居た堪れない気分を味わっていた真弓の耳に、更なる追い打ちがかかる。
――分かっていた事ではあるのだけれど。
屋台の店主たちは皆、顔見知りである。
地元の祭りだ、知った顔は何も店主だけではない。
屋台を冷やかす人々の群れの中にも、ちらほら見覚えがある顔があった。
いつか、誰かは真弓に気付き、声をかけてくるだろうとは思っていた。
……それでも、せめてもの抵抗で、梓馬の背を盾にして隠れたつもりになっていたのだけれど。
(……けどまさか、初っ端から由紀に見つかるなんて)
毎年、和本人と同じくらいこれが面倒で、真弓は祭りに参加してこなかった。
かつて中学で、和の親衛隊長をしていた彼女は、特に会いたくなかった人物の一人だ。
「マジで? 安倍が男連れ? ありえねえし」
「っつーか、誰? こんなイイ男、うちの学校に居た?」
そしてもちろん彼女がこんな場所に一人で来るはずがない。馴染みの取り巻きが、息のピッタリ合ったタイミングで言葉を継ぎ、クスクスと忍び笑いを漏らす。
「あんた、まさか稲葉君だけじゃ飽き足らず、他の男にまで色目使ってんの?」
「こーんな冴えない奴が、どうやって男捕まえてんのか、一度じっくり教えて欲しいわぁ。ま、どうせ遊ばれてるだけなのに気づいてないってパターンなんだろうけど」
しかし、真弓はこの程度の陳腐な台詞はとっくに聞き飽きている。
面倒だ、とため息を吐きつつも、いつものように聞き流そうとしたところで、今日は別の声が割って入った。
「あ、居た居た、真弓ちゃん!」




