刑務課
「――了解しました。少々、お待ちください」
請け負ったのは、未だ梓馬に媚びた眼差しを向ける菊子ではなく、棗に冷たい視線を向ける牡丹の方だった。
彼女は菊子の従者だ。
彼女がするりと部屋の奥に消えて間もなく、梓馬の背後で再び扉が開いた。
「よう、相変わらず仕事早ぇな」
現れたのは袈裟姿の若い男。その左肩には黒い烏が一羽、そして右肩には先ほど部屋の奥へ消えたはずの牡丹が乗っていた。
坊主の格好をしているくせに、肩甲骨の先まで伸びる長い髪を頭の後ろで一つにくくった優男が、ぴょいっと牡丹が彼の肩からカウンターへ飛び降りたのを見計らうように、手にした錫杖の柄でとんとん肩を叩きながらニヤリと笑った。
「翔、こいつが先日引き渡したあの梅の木の精霊を操っていた夢魔だ」
梓馬はまず、それを封じた鏡を彼の前に差し出し、表に向けて見せた。
「ほう、これはまた随分と若いな? 本当にこんなのがあの“姫様”を操ったって?」
そのもやもやと頼りない姿を一目見て、即座に怪訝な顔になった翔の前に、続けて未だ眠ったままの和の後ろ襟を捕まえてぶら下げ、突き出した。
「そいつは、この人間に憑いてこいつの欲を喰らっていた」
「ははぁ、実際に事を引き起こしたのは夢魔の仕業でも、その原因は、原動力となったこの彼、ってパターンか」
顎に手を当て、ふむふむとじっくり検分を始める翔に、梓馬は頷く。
「そうだ。だから、今回の件の処断をどうするのか、夢魔の方はともかく、この男の処遇はなるべく早急に、……できるなら朝までに決めて貰いたい」
「……まあ、事情は分かったが……また無茶を言ってくれるぜ、ウチのエース様はよぉ。ったく、仕方ねえ、取り敢えずはこいつらを取り調べて簡単にでも事情を聞き出して、それから処分を考える。てなワケで、明日の朝一番にもう一度来てくれ」
受け取った鏡を懐にしまい、梓馬から和の身柄を預かった翔は、しっしと手を振りながら、早速奥の部屋へと消えていった。
「なら、明日の朝までアタシと呑みに行きましょうよぅ」
「――行かない」
懲りずに身を乗り出す菊子を冷たくあしらい、梓馬は部屋を出た。
どこにでもあるようなごく一般的なオフィスビルの廊下の両壁に並ぶ扉には、それぞれ「法務課
」、「諜報課」、「業務課」、「情報課」、「国際課」、「教務課」、「庶務課」、「人事課」のプレートが掲げられている。
その廊下の突き当たりに設置されたエレベーターに乗り、1階に降りる。
6階建てと、郊外にあるビルとしては比較的高い建物の最上階が、この辺一帯を取り仕切る組織の支部になっている。
エレベーターを降り、建物を出れば、目の前にあるのはどこにでもあるハンバーガーチェーンだ。
その隣はパチンコ屋とカラオケボックス、同じ並びにあるのはやはりチェーンの居酒屋に牛丼屋と、今や日本の、少しでも賑わいのある駅前ならどこでも目にできるような街並みの中に、この組織は存在している。
そしてそれは、何もここの支部だけの話ではない。他の支部も、それどころか組織の本部ビルすらも、古都京の街のとある繁華街に居を構えている。
梓馬は支部から3分もかからない距離にある駅の自動改札を、IC乗車券で通り抜け、ホームにちょうど滑り込んできた列車に乗り込んだ。
夜の街を走る列車に揺られ、ひと駅。そこから歩いてさらに10分。
閑静な住宅街の一角に佇む4階建てアパート2階の一室の鍵を開けた梓馬は、部屋の明かりもつけずにそのままベッドに体を横たえた。




