四角関係
面倒くさそうな顔で、梓馬は未だ意識を失ったままの和を見下ろす。
「今回の事件の主犯は夢魔だ。――が、同時に今回の事件にこいつの思念が多分に影響していた事も事実。……一度、組織の刑務に報告して、これの扱いも含め、事後処理をどうするのか判断を仰ぐ必要がある」
和の腰を片腕で支えて小脇に抱え、くの字に折れた彼を――ほぼ平均的な高校生男子の体躯を軽々持ち上げ、梓馬は言った。
「取り敢えず今夜ひと晩、こいつの身柄は組織で預かる。……大丈夫だとは思うが、一応夢魔に憑かれた後遺症の有無なんかも確認しておくべきだろうからな」
ふっと、梓馬の瞳に灯っていた赤い光が失せ、元の色を取り戻す。
「事件の経緯など、詳しい事情が判明し次第、また改めて報告に来る」
彼は、七不思議事件の時と同じように、あっさり真弓に背を向ける。
――パタン、と玄関が閉まり、真弓以外誰も居なくなった家の中は、再びしんと静まり返った。
次に彼がここを訪れた時、今度こそこの関係は終わってしまうのだろう。
「なぁ、主ぃ。ホンマに契約、解除してまうんか?」
「…………」
棗の問いを聞き流しながら、梓馬は口に咥えたストローを刺したパックを押し潰し、渋い顔をしながら中身を一気に吸い出し飲み込んだ。
コンビニの紙パック入り飲料のコーナーに普通に並んでいそうな、200ml入りのパックのパッケージに描かれた、真っ赤なハートマークのロゴ。
口腔内に残る血の香りが鼻を抜けていくのを感じながら、ストローの端を噛み潰す。
「何でそんな不味そうな顔してんねん。それ、安モンの輸血用保存血液やのうて、組織の協力者の人間から集めた、値の張る新鮮血液やろ? 彼らの好意に感謝して、せめてもう少し美味そうに飲んだらどうや?」
「……うるさい」
廊下の屑籠に空になった紙パックを投げ捨て、梓馬は『刑務課』のプレートが掲げられた扉を押し開けた。
「あらん、梓馬君じゃなぁい」
扉を開けてすぐ、受付のカウンターに居た女性が顔を上げ、ねっとり甘ったる声を出す。
「今日はどうしたの? もしかして、アタシに会いに来てくれたとか……?」
細身なくせにいやに肉感的な肢体の、豊かな胸元を見せつけるように腰をくねらせる。
そのくっきり刻まれた谷間に下がるネームプレートに書かれた所属は「庶務課内勤刑務課受付担当」、名前は「朝雛菊子」。
「――そんな訳がないだろう。……冗談はさておき、依頼されていたターゲットを確保して来た。報告書類の受付と、ターゲットの引き渡し手続きを早急に頼む」
梓馬は明らかに迷惑そうな顔で淡々と要件を伝える。
「相変わらずつれないわねぇ。ま、そういうところが素敵なんだけど!」
あからさまに冷たい梓馬の返しにめげるどころか一層熱のこもった瞳を輝かせる彼女に、大量に群がったムクドリの群れでも眺めるような目を向ける梓馬の横で、棗が張り切って胸を張る。
「そういう訳でやな、わい、ひと仕事終えてきたトコやねん。良かったら今晩、わいと旨いもん食いに行かんか?」
若い娘を誘ういい年したオヤジのような台詞を吐いた棗を、ハエでも見るような目で睨んだのは、カウンターの上で慎ましくお座りしていたスマートな黒猫だ。
「行きませんわ。明日も、明後日も、明々後日も、あなたと一緒には行きません!」
ぴしゃりと冷たく断られた棗は目に涙を滲ませ嘆く。
「そんなぁ、牡丹ちゃぁん」
いつでもこうして冷たくあしらわれているのに、全くめげる様子のない棗にため息を吐きつつ、梓馬は再度彼女たちに命じた。
「菊子、――いや『木天蓼』、夢魔はともかく、この男の件は今夜中に結論を出す必要があるんだ。今すぐ奴を呼び出せ」




