黒幕の正体
濃い黒煙に似た正体のしれない闇が、平均より若干高い背とそこそこ鍛えられた高校生の体の体積を、防具で固めたアメフト選手並みに見せかける。
正体の無いはずの闇が、和の腕を掴む梓馬の手をじりじりと押し返す。
「これは……夢魔や! こいつ、夢魔に憑かれとるんや!」
それを見た棗が、即座に叫んだ。
「――成る程、夢魔か。人の精神を喰らって力を得る魔物だが、人に取り憑くとは……まだ若い夢魔だな」
冷たい笑みを浮かべる梓馬の両の瞳が、闇の中で灯火のように赤く光った。
「ひ……っ、ば、化物!」
己の現状を棚に上げ、和がかすれた悲鳴を上げた。
「そう、俺は吸血鬼だ。……俺が、怖いか?」
「お、俺の血なんか吸っても美味くねえぞ! いや、そもそもそんなもんが現実に居るはずが……!」
「ふん、お前みたいな者の血など誰が吸うか。こっちから願い下げだ。が……」
と、現れた時とは逆に、突如梓馬の姿が闇に溶け、消えた――と思いきや、突如部屋の中に無数のコウモリが現れ、縦横無尽に飛び回り始めた。
燕くらいの大きさのそれが、狭い部屋の中を群れをなして和を取り巻くように飛び回り、彼の手足にまとわりついて彼を覆う闇を抑え込む。
「う……嘘……だろ……?」
映画の中でしかあり得ない画を目の当たりにした和が、彼らしくない弱々しい声で呟いた。
「――チェック・メイトだ」
やがて和の背後にざわざわと大量に集まったコウモリの黒い影が色を取り戻し、梓馬の上半身を象った。
梓馬が和の脳天に例の鏡を宛てがうと、黒い靄のようなものがぞわりと彼から抜け出し、見る間に鏡へと吸い込まれていく。
その間に、無数のコウモリ全てが彼の体に集まり、全てが鏡に吸い込まれる頃には、梓馬も五体満足の肢体を取り戻していた。
と、同時に和の瞳から光が失せ、瞼が落ちた。全身から力が抜けている。どうやら、気を失ったらしい。
それを確認した真弓の足腰からも、つられるように力が抜け、思わずぺたりと床の上に蹲った。
「じゃあ、和が今回の事件の黒幕――真犯人だったって事?」
「正確には、実際に事を起こしていたのはこいつに憑いていた夢魔だが」
夢魔を封じた鏡をポケットに滑り込ませながら、梓馬は床に転がる和を見下ろす。
「だが、夢魔というのは人の精神や欲望を喰らって力にする。……夢を叶える代わりに契約者の精神を蝕む、そういう魔物だ」
梓馬はその体を無造作に担ぎ、真弓の前に立った。
「……こいつの欲を夢魔が喰い、そうして得た力でこいつの歪んだ願望を現実のものにしようとした。その結果が今回の事件に発展した。とまあ、そんなところだろう」
梓馬は空いている方の手を真弓に差し伸べ、助け起こしてくれる。
「こいつが今夜、嬢ちゃんを襲おうとしたんは、夢魔に心を蝕まれて、善悪の判断力が鈍ってたせいもあるやろうけど、でも、もともとそういう思いを抱えてたんは確かや」
「……うん。……それは、知ってた。ずっと、怖かったから」
静かに涙を流す真弓の頭を、梓馬は躊躇いがちにそっと撫でてくれる。
大きくて骨ばった、男の人の手。なのに、真弓の口を力づくで塞ごうとした和のそれとは違う、その暖かさが今は心地よく感じる。
「でも、これで……今度こそ事件は解決した……んだよね?」
「……と、思いたいが――」




