侵入者
真弓から和の情報を一通り聞き出した梓馬は、まだ何枚か残る皿の上のクッキーに未練たっぷりの眼差しを向ける棗をポケットに詰めて、玄関へと向かった。
「……帰るの?」
「――当たり前だろう」
梓馬は半ば呆れたように、しかし少し怖い顔で言って出て行く――その後ろ姿を見た真弓は、何故かどうしようもない心細さを感じて、彼をこの場に引き止めたい衝動にかられた――が、何か言おうと口を開く前に、がちゃりと玄関扉が閉まる音がして。
何だか落ち着かない気分のまま、真弓は自室のベッドに横たわった。
……そのまま、いつの間にか寝入っていた真弓は、夜も更け日付が変わる頃、呼び鈴の音に起こされた。
――こんな時間に呼び鈴を鳴らす、非常識な人間は一体何者だろう?
宅配便も回覧板も、集金もセールスも、こんな時間にやって来る事はない。
「……お父さん?」
滅多に帰らない父は、もちろん自分で鍵を持っている筈だから、深夜に帰って来ても、自分で鍵を開けて入ってこられるはず。
だが、もしかしたらその鍵を忘れて出たのかもしれない。
――後から思えば、真夜中に突然叩き起こされ、半分以上頭が眠っていたのに違いない。
しかしその時の真弓は、何の疑いもなく鍵を開け、扉を開けてしまった。
「――よう」
そして、そこに立っていた人物を見て息を呑んだ。
氷水を頭から浴びせかけられたように急激に頭が冷え、ようやく眠っていた頭が覚醒し、動き出す。
しかし目覚めた脳が、その指示を出す前に、体は反射的に動き、急いで扉を閉める――が、間に合わない。
ガツン、と彼の足が開かれた空間に割り込み、扉が閉じるのを妨げる。
そのまま腕力に任せて扉をこじ開け、和は真弓を突き飛ばして家の中へと押し入り、しっかりと扉に鍵をかけた。
「あ……、あ……」
じりじり後ずさるも、上がり框の段差につまづき、背中から床に倒れこむ。
――いつだったか、前にもこんな風な事があった。
……そう、あれは小学校の卒業式が終わった後。
あの時も、真弓はこうして和に追い詰められ、無理矢理キスをされそうになったのだ。
後から聞いた話では、彼は同級生の男友達と、“真弓とキスできるかどうか”を賭けていたらしい。
無礼千万、最低以外何物でもない話であるが、その時の真弓は、和の頬を思いっきり引っぱたいて逃げ、事なきを得た。
……が、しかし。当時は真弓の味方をしてくれた男女の成長の差というのが、今回は和の方に味方している。
汗でべとつく肌と肌が触れるのが、気持ち悪い。
「い……っ、やっ、んんー!」
叫ぼうとする真弓の口を、顔ごとすっぽりと覆ってしまえそうな程大きく骨ばった、“男”の手が塞ぐ。
「何だよ、そんなに喜ぶなよ。全く、とっとと素直になりゃぁ良いものを、お前ってばマジ可愛くねえからさ、ちょっとお仕置きしてやんねえとな」
家の中は暗いのに、何故か彼の狂気に歪んだ笑顔ばかりが、玄関扉の曇りガラスの向こうから差し込む月明かりの中に浮かぶ。
無我夢中で暴れながら、何かがごつりと床板に当たって立てた音を聞き、ハッと思い出す。
階下へ降りるのに、さすがに寝巻きのままではいかがなものかと、咄嗟に羽織ってきた上着のポケットの中身、さっき着替えた時に出すのを忘れて入れっぱなしになっていた小瓶の中身を手探りで掴み、口へ放り込んだ。
途端、これまで口にした飴玉とはまた味の違う、酸味のより強い甘味が口内に広がった。
――ゆっくり味わう暇は、これまでにも増して無い……が、これはおそらくアセロラの味。
真弓は、改めて腕に力を込め、和の胸を思い切り押し返し、突き飛ばした。




