真弓の幼馴染み
和を冷たい目で見下ろし、梓馬は言った。
「お前にとっては価値がなくとも、他全ての者がお前と同じ感想を抱くとは限らないだろう? 少なくとも俺は、お前の意見には賛同しかねるし、何よりお前のような者を心底軽蔑する」
鼓膜を震わせた彼の言葉が、静まり返っていた真弓の心に波紋を描く。
「全くやな。男女の腕力差を武器にして女の子を傷つけるような男は最低や」
その頭の上で、棗もうんうんと頷いてみせた。
「それとお前。ここ最近噂になっている事件について、何か知っていることがあるんじゃないのか?」
「え……?」
しかし、それに続いた梓馬の言葉に驚いた真弓は、思わず閉じかけていた目を見開き、改めて和の姿を眺める。
「何の話だ、言いがかりか?」
その和はといえば、怪訝そうな顔をし、不機嫌そうに梓馬を睨んだが、見上げる彼の身長と、細身のくせにしっかり筋肉質な体格、そして彼の綺麗な面に浮かぶ冷たい表情が醸し出す迫力に押し負け、うろうろと視線を彷徨わせた。
それでも、吐き捨てるように毒づくのは忘れなかった。
「……何だか知らねえが、後悔したって知らねえからな」
和のしつこさは良く知っている。――その、タチの悪さも。
いつもであれば、その恐怖に怯え、過剰な程に警戒していただろう。
――しかし……何しろ今回は、相手が相手だ。
だから、真弓は知らず知らずのうちに油断していた。
――例え和が、梓馬に何かしようと企んだとして、ただの人間でしかない彼が、吸血鬼を相手に何ができるというのだろう?
先日、実際に梓馬の力の一端を垣間見て、そして彼から与えられた飴玉で、実際に彼の能力の一部を己の身で体感した真弓は、当然のようにそう考えていたから。
第一、彼とは今回の事件が解決するまでの間の仮の協力関係、ただそれだけなのだから……と。
そう思った瞬間、何故か心に刺が刺さったような痛みを感じ、何故だろうと首を捻ってもみたけれど。
「それで、あの和というのは?」
食堂へ戻って行った彼と、もう一度同じ部屋の同じ食卓につくのは躊躇われ、真弓はキッチンで忙しくしていた郁子にだけ声をかけ、そのまま稲葉家を出た。
「稲葉和、名前の通り、稲葉家の――壱月おじさんと郁子おばさんの息子で、二人兄弟の弟。……見ての通り家が隣同士で、親も幼馴染み同士で、その上和の方とは学年まで同じでね、だから必然的に幼馴染みって事になってて」
つい先週まであんなに暑かったのに。彼岸を過ぎた途端、日が暮れると一気に涼しくなる。
外で立ち話をするつもりのない真弓は、改めて梓馬を自宅の食卓へ招き、お茶とお菓子を並べた。
早速ナッツ入りのクッキーに手を伸ばし、大喜びで齧り始める棗を横目で睨みながら、梓馬は真弓に続きを促す。
「……おじさんやおばさんは、すごく良い人なの。彼の、お兄さんも――」
――しかし。
「和は……和だけは、昔からああなの。学校でも家でもいつも意地悪で。……なのに何故か学校ではすごく人気があって」
確かに見た目が良いのは認める。それに、運動も勉強も何でも器用にこなす。
そんな彼は昔からとにかく女の子によくモテ、親衛隊なんてものまで作られるほどだった。
「……でも、それでも和は間違いなく人間のはず。ねえ、さっきのあれはどういう事なの?」
「あの和という男、妙な気配がした。本人に自覚は無くとも、何か知っている可能性が高い」
――確かにそう、梓馬から聞いていたのに。




