一筋の光
「なぁ、お前、まだ分かってないのか? お前みたいな地味女、まともに相手するような男なんか居やしねえんだってよ」
……分かっている。
そんな事、わざわざ改めて言われるまでもない。
まともに相手をしてくれる男が居ない?
――それがどうした、むしろ望むところだ。
真弓は奥歯を噛み締め、心の中だけでそう言い返す。
「……彼は、そういうんじゃない」
「じゃあ、どういう関係なんだよ? ……なあ、お前さ、いい加減素直になれよ」
(ほら、来た。……ああ、やっぱりね)
内心呆れながら、和の常套句を右の耳から左の耳へ聞き流す。
(……素直になれ? ――何を馬鹿な事を)
全く、何を言っているのだろう。今まさにその“素直な反応”とやらをしているというのに、彼はそれに気付かない。……気づこうともしない。
「さあ、ほら……」
じっとりと熱く汗ばんだ手が、頬に触れる。
気持ちが悪くて仕方がないのに、男女の力の差が、抵抗を阻む。――こうなると分かっているから、真弓が郁子の誘いに乗る事は最近滅多に無くなった。
今、この稲葉家に、こういう場面で真弓に救いの手を差し伸べてくれる者は居ない。
真弓は現実から目を背けようと目を瞑る。できれば耳も塞いで完全に己の中へ逃げ込んでしまいたかったが、残念ながら両手を拘束された今、それはかなわない。
――けれど。
「そこまでにしておいたらどうだ?」
遮る事の出来なかった聴覚が拾ったのは、あるはずがないと諦めていた、救いの主の声。
それは、常の者の声とは違う、けれど確かに聞き覚えのある声。
真弓を押さえつける和の腕を掴み、割って入った彼は、たった今和がしていたのと同じように、今度は彼が和を壁に押し付け問い詰める。
「こんな所で力に任せて女を壁に張り付けて、一体何をしている?」
「おっ、お前……何を……」
和は抵抗しようともがくが、ビクともしない梓馬の腕力に、和の顔が歪んだ。
「今は俺が、お前に尋ねている。――ここで、彼女に何をしていた?」
梓馬は場慣れた様子で和をあしらい、厳しい眼差しで再び尋ねる。
「な、何でもねえよ。お前が何者なのか問い質してた。ただ、それだけさ。だってこいつに知人なんて居るワケねぇんだ。マジでお前、何者だよ」
「……居る訳がない、だと? 何故お前にそんな事が分かる。幼馴染みだとは聞いたが、しかし四六時中共に居る訳でもなし、彼女の全てを知っている訳でもないだろう?」
「し、知ってるさ! 昔からよぉっく知ってるぜ。こいつの母親が居ない理由も、そのせいでこいつが親父に恨まれてるって事も、救いようのねえオタク女だって事も全部!」
和は梓馬の迫力に口元を引きつらせながらも、嘲るような笑みを浮かべていった。
「コイツは見た目も中身も残念な、何の取り柄もねえ、つまんねえ女なんだよ。こんな女、相手にするだけ無駄だぜ?」
何度も、何度も幼い頃からずっと繰り返し言われ続けた言葉に、真弓の心はしんと静まり返る。
冷たく虚ろな心に、また、新たな傷が刻まれる。――ただ、それだけの事。
そう割り切って、いつものように目を閉じ耳を塞ぎ、心を閉ざそうとした真弓の耳にまた、梓馬の声がするりと割り込んでくる。
「――だから、どうした?」




