稲葉和
――つまり、それは。
「なら、私もありがたくお言葉に甘えさせていただきます」
稲葉家の人間と、街の主要な人物が一堂に会する場面に同席できるという事。調査が目的なのだから、これは願ってもない機会である。
彼も、そう思ったのだろう。馬鹿丁寧な礼をしながら答えた。
「あらまあ、今時の子にしては随分と礼儀正しい子ね。そういえば品もあって育ちも良さそうな……」
郁子は感心したように梓馬を注視するが――
「……そういえば、貴方って本当は何歳なの?」
ふと気になって小声で尋ねてみれば、彼は不思議そうに首を傾げながらも、事も無げに答えた。
「俺か? 俺は今年で58になるが……。それが、どうかしたか?」
何百、何千という数字を予想していた真弓は、その微妙な数字につい顔をしかめた。
確か、この郁子や壱月、そして真弓の父である柾が、今年で46歳だったはずだ。
見た目はほんの少し年上であるくらいのくせに、父より一回り上、という事実は、真弓を少々複雑な気分にさせた。
――けれど。
そんな、どうでもいい事でも考えていなければ、この後の展開に、胃が耐え切れなくなる。
――果たして。
「……誰、そいつ」
案の定、和は不機嫌そうに呟いた。
「俺の名は、桐生梓馬。彼女の知人だ」
16畳と、一般家庭としてはかなり広い稲葉家の食堂は、畳敷きの和室で、座卓の前に座布団がずらりと並ぶ。
いくつも並んだ座布団も、今日はその大半な埋まっている。
「は? こいつに知人?」
梓馬の回答に納得のいっていない顔で眉を跳ね上げた彼は、自分の食事が一段落した後で、まだ食事中の真弓を呼びつけた。
「――ちょっと来い」
自分たちの息子が、真弓に行っている所業を知らない彼の両親は、集まった関係者との打ち合わせに忙しい。
その目を盗むように強引に真弓の腕を掴んだ和は、力任せに引っ張って、廊下へと連れ出した。
「おい、あいつは誰だ?」
ガン、と真弓の耳元の壁に力いっぱい拳を叩きつけ、脅すように尋ねる。
「お前の好みからは随分とかけ離れた男に見えるけど、最近、お前があいつと居るところを見たって奴が何人も居るんだ」
掴まれた腕がぎりぎりと締め上げられ、思わず痛みに顔をしかめても、彼は一向に力を弱めてくれないどころか、ますます力が込められていく。




