稲葉家の人々
先祖代々、この社の神職を継いできた稲葉家の現世帯主、稲葉壱月の顔の広さは相当だ。
人当たりもよく、人のいい彼は、街の人間からもよく好かれ、信頼されている。
それなのに、その彼の次男は一体どうしてああなのか。真弓にとっては今回の事件の謎以上に疑問に思えてしまう。
その次男が部活動を終えて帰宅する前にと、一通りの仕事を済ませた真弓は、一度家に戻り、わざとたくさん作った煮物を持って、稲葉家の勝手口の戸を叩いた。
「……あの、ちょっと煮物を作り過ぎちゃったんで、良ければおじさんと食べちゃってもらえませんか?」
「あら、真弓ちゃん。まあ、美味しそうに出来てるじゃない。そうねぇ、今夜は商工会の人もお見えになるから、丁度いいわ」
すぐに扉の鍵を開け、中から顔を覗かせた彼女は、大袈裟な程料理の出来に驚き、喜んでそれを受け取った。
「……ああ、そう言えばもう、再来週でしたっけ」
「来週の週末には楸も戻ってくるわよ。まあ、一泊限りの里帰りだけど」
「何の話だ?」
それまで真弓の後ろで黙って会話を聞いていた梓馬が突然口を挟んだ。
「あら、イケメン! 何、もしかして真弓ちゃんの彼氏?」
――全く。どうして誰も彼もがそういう話に結びつけたがるのだろう?
「……違います」
「大丈夫、柾君には黙っといてあげるから!」
と、うきうき目を輝かせる郁子に呆れながらもそれをきっちり否定してから、
「――あのね、再来週の連休に、この神社でお祭りがあるの。毎年恒例の、秋祭りが」
と、改めて梓馬の質問に答える。
「さっきも言ったけど、この神社は豊穣の神様を祀っている神社だから、今年一年の実りに感謝して、来年の豊穣を祈るって名目でね。春や夏にお祭りをやらない分、毎年結構賑わうんだけど……」
語尾を濁した真弓に、郁子も苦い笑みを浮かべながら肩を竦めた。
「壱月くんはああいう人だから、『人の噂も七十五日』なんて言って笑ってるけどね、あれで結構気にしてるのよ、今回ばかりはね」
何しろ、実際に被害者が身近に居るのだ。安易に単なる“噂”では片付けられない。
「ねえ、今晩、久しぶりにうちでご飯食べて行かない?」
郁子に誘われ、真弓は一瞬言葉を詰まらせた。
――郁子に、悪気は無い。……が、これは普段なら即座に断るべき局面だ。
「良かったら、そちらの彼も一緒にどうかしら?」
しかしその一言に、真弓はぐっと思い止まり、引き攣りそうな表情筋を叱咤しながら笑みを浮かべた。
「……そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて」
梓馬はといえば、さすがに初対面の人間からの誘いにどう対応すべきか迷う素振りを見せていたが、郁子は気安い笑みを彼に向ける。
「遠慮はいらないわよ? どうせ今日はおじさん達で席の大半が埋まっちゃう予定だから、一人くらい増えたところで大して変わらないもの」




