柏
「……でも、本当に居るの? ここでアルバイトを始めたのは最近だけど、私は昔からここの家に色々お世話になっているの。でも、そんなの一度も視たことないよ?」
――翌日。
土曜日で、アルバイトの勤務日でもある真弓は、巫女服に着替えて、彼を神社の社に案内した。……まあ、案内、と言っても鳥居をくぐって一本道、それも社殿まで20メートルあるかないかといった距離だ。「あれ」と指し示せばそれで済む。
拝殿を中央に据え、右に社務所と兼ねたお守り等の授与所、参道を挟んだ左に祭祀道具などを納めた倉庫が向い合わせに建つ。
「それは、そうだろう。こういうのは棗みたいなの以上に普通の人間の目には映りにくいものだ。相当の霊力が無ければまず、視える事はない」
そう言って、梓馬はスペード柄の飴玉を真弓の掌に乗せた。
さすがに四度目ともなれば、そろそろ慣れてくる。真弓は先に眼鏡を外してから、飴玉を口に含んだ。
「――さて、では改めて聞かせてもらうか」
彼の視線を追っていくと、拝殿に置かれた小さな賽銭箱の上でだらしなく寝転がる、真っ白い動物が目に入った。
大きさは、柴犬より若干小さい。その容貌は犬に似ているけれど、犬のそれより尖った鼻面に、犬のものとは明らかに違う、もふもふの尻尾が、2本。
「稲荷神社やさかいな、これがこの社の御神体や」
「正直、御大層に“御”なんてつけてやる必要なんぞ無いように思うがな」
わっしと白狐の首根っこを掴んで自分の目の高さまで持ち上げ、乱暴に揺さぶる。
「おい、こら起きろ、このぐうたら狐め!」
「なっ……! くぉらっ、離さんか小僧! わしは伏見から派遣された由緒正しき神狐、柏様じゃぞ!」
狐は、四つ足をばたつかせ、必死に暴れるが、しっかと捕まれ残念ながら逃れることはかなわない。
「おう、離してやるとも。お前がこちらの質問にきちんと答えたらな」
「……神狐のありがたみ皆無やな。つうか尻尾、2本しかあらへんやん。まさか、狐火すら使えんのか?」
「何じゃ、チンチクリンめ! わしが狐火使えんからって、お前さんに何か迷惑かけたか、ああ?」
……まるでチンピラの如き悪態をつく神様を見ながら、真弓は情けない気分になってくる。
「さてな。――棗はともかく、お前が守護している土地の人間は困っているようだぞ」
梓馬は、ポケットから見覚えのある手帳を取り出し、表紙に描かれた紋様を柏の眼前に突きつけた。




