厄日
「和君も今帰り? 今日は随分早いのね」
乗らないのかと目で尋ねるバスの運転手に、身振りで乗らない旨を伝えつつ、美鈴は和に声をかけた。
「ああ、顧問が出張だとかでバスケ部の午後練が無くなったんだ。美鈴さんは?」
バス停を離れていくエンジンの音を恨めしげに聞きながら、真弓は息を詰める。
「うふふ、お陰様でまた新しい契約が取れたから、お礼参りにね」
「兄貴も居ないのに熱心だよなぁ、美鈴さん。仕事も順調みたいだし。……俺、美鈴さんに本気で契約迫られたら断る自信ねえよ」
「あら、将来の身内に営業なんかしないわよ! 大体、高校生相手に保険の話なんかしてどうするのよ」
そんな真弓をスルーしたまま、冗談めかして言う和の言葉に、わざとらしく怒ってみせる美鈴。
「だよなぁ。高校生の小遣いなんて、食い物買って、参考書買って、ついでに漫画買ったら殆ど消えて無くなるのに、保険代なんか払う余裕ねえって」
苦笑交じりに肩を竦めながら、そこでようやく和が真弓の方へ向き直った。
「とは言え、お前はもう少し金の使い道を考え直すべきじゃね?」
「あのねぇ、和君。そもそも未成年相手じゃ保護者の同意無しにはどんな契約も成立しないでしょ? でも……そうね、真弓ちゃんはもうちょっとおしゃれに気を遣うべきね」
和に倣うように、美鈴の視線もまたこちらへ戻ってくる。
「いやいや、そう言う美鈴さんだって、こないだ二十歳になったばっかじゃん? 晴れ着姿でウチに報告に来てからまだ一年経ってねえし? そもそも美鈴さんの誕生日は三月の末だろ?」
「それでも、もう半年経つわよ。それに未成年だって、社会に出て働いて、税金を納めていたら立派に社会人! 学生と一緒にしないでちょうだい」
「確かに美鈴さんの振袖姿は堂に入っていて凄かったけど。……とてもお前じゃああはいかねぇよな、真弓?」
上から下まで遠慮なくジロジロ眺め回し、にやりと笑う。
「また、相変わらずダサい格好してるよな、お前」
「私、左右ツインの三つ編みおさげに黒縁丸メガネなんて、一昔前のドラマや映画か、漫画の中にしか存在しないと思っていたんだけど……。まさか、今の世の中に実際に居るとはね」
美鈴がクスクス笑いながら和に同調する。
◆ 逃げる。
◆ 黙って耐える。
◆ 反論する。
――分かっている。どれを選ぶべきなのか。
それにしても、今日は厄日なのだろうか?
どんどん暗くなる空と同調するように、真弓の心も闇に呑まれた。