運命
「おおっ、美味そうなあんみつ!」
偵察から戻った棗が、まず開口一番にそう言って目を輝かせ、皿へ突進する勢いで着地体勢に入る。
梓馬はそれを、飛んでくるボールを捕らえるように鷲掴みにして止めた。
「ひ、ひでぇ……」
男の、大きな掌にすっぽり収まるサイズの彼は、握られたまま呻く。
「――それで? どうだったんだ」
「……むぅ、まだ、確信はできん。七不思議事件の黒幕かどうかはまだ分からん。……けど、嬢ちゃんの言うてた“噂”に、人外のものが絡んどるのは間違いない」
棗は、梓馬の手の中でもがきながらも、頷いてみせた。
「お前が巫女のアルバイトをしていたあの神社、その参拝客が次々に心身に異常をきたしている、そういう噂だったな?」
「……うん。今、出前を頼まれた寿司屋の先代も、今年の春、息子さんに大将を譲る時、神社の祈願祭に出席したの。でも、その後すっかりうつがちになっちゃって」
それは、若い頃に比べれば体力も落ちて衰えが目立つようにはなったけれど、まだまだ元気な人だったのに。
「大将としては引退しても、寿司職人としてまで引退するつもりはなかったはずで、まだまだ店に立つ気満々でいたのに」
「――七不思議事件の黒幕は、妖を操っとった。精神系の能力に長けた奴の可能性が高い。……ちゅう事は、や」
「出前の話は渡りに船だな。例え今回の事件とは関係なかったとしても、実際に被害が出ている以上は、遅かれ早かれいずれは組織の目に留まり、狩人が派遣されただろう。と、すれば下調べくらいはしておくべきだな」
「いやいや、下調べで終わらせんと、わいらで捕まえてまえば、また主の評価が一気に上がるっちゅう寸法で……なぁ?」
クリームの上の真っ赤なチェリーをつまみ、棗は嬉しそうに齧り付いた。
「――評価?」
「そうそう、狩人にも位っちゅうのがあってな。任務の達成率やら仕事の早さや確実さなんかを総合して、そのパフォーマンスで下はCランクから上はSSランクまで格付けされるんよ。んで、その位によって貰える報酬や、組織での待遇なんかに差が出てくるんや」
……人外のものの集まりだという組織というのも、なかなかシビアな世界らしい。
「ちなみに主はSSランクの中でも常に上位の成績を誇っとる」
まるで自分の手柄であるかのように胸を張って、自慢げに喋りながらぱくぱくと梓馬のあんみつを平らげる棗。
「甘いもの、本当に好きなのね」
「……菓子屋やケーキ屋の前を通る度によだれを垂らしてショーウィンドーに張り付くんだ。全く、みっともない」
梓馬が眉を吊り上げ、棗を睨む。
「ええやん、人には視えんのやから」
「――例え普通の人間には視えなくとも、俺たちの同類や、少し霊感の強い人間には視えるんだぞ」
「そういや、嬢ちゃんには初めからわいの姿が視えてたんやったな。嬢ちゃん、普段から霊感あるんか?」
「……さあ、どうだろう。特に幽霊とか見たことないし――。でも、うちの学校の理事の一族に流れる皇族の血と同じか、それ以上に薄い繋がりだけどウチの先祖を遡って辿ると、あの安倍清明に繋がってるって、聞いたことが――」
「ほう、つまり葛の葉一族の末裔か! そらまた偶然の縁やなぁ」
棗が感心したように目を丸くした。
「主がこの仕事に就いてすぐ、まだ見習いだった頃に師事しとったんも、葛の葉一族の妖狐やったんやで」
「……でも、それこそ他人以外何者でもないような、そんなレベルの繋がりだよ?」
しかし、棗は大仰に首を振り、腕を組んで胸を張る。
「いんや、嬢ちゃん。運命、っちゅうモンを甘く見たらあかんで」
意味深な笑みを浮かべながら言い切って、棗はそうっとあんみつの寒天に手を伸ばす。
――梓馬の皿のあんみつは、既に半分以上が棗の腹の中へと消えていた。




