訪問者
どんなに耳を塞いでも、しつこく何度も浴びせられた言葉は、心に刺さったまま、常に真弓を苦しめ続ける。
「――知ってるぜ、お前さえ生まれてこなければ、親父さんが家に寄り付かなくなる事もなかったんだって」
どんなに目を固く閉ざしても、あの日の光景は何度でも瞼の裏で再生される。
――と。ピンポーン、と、玄関のチャイムの音ががらんどうの家の中に響いた。
シャッターを閉め切った室内は暗く、いまいち時間が把握しにくいが、時計を見ればまだ午後六時を少し過ぎたところだ。
宅配便、だろうか? それとも回覧板か、何かの勧誘か。
――この家への来客など、それしかあり得ない。
だから、真弓は部屋着代わりのジャージ姿のまま、玄関を開けた。
「……はぁー……い……」
だが、その瞬間、その装いで応対に出たことを真弓は大いに後悔した。
「棗……に、梓馬さん」
思いがけない、――でも、よく考えてみれば報酬を渡しに来るとか確かに言っていたけれど、まさか昨日の今日で来るとは思っていなかった。
彼らを家の中へと招き入れながら、真弓は珍しく己の格好を呪った。
「――少し無用心が過ぎるのではないか?」
その後ろで、梓馬が不機嫌そうに呟いた。
しんと静まり返った、他に誰も居ない家の中に男――それも吸血鬼を招き入れる。
「……ニンニクや十字架は平気でも、やっぱり吸血鬼が“招かれなければ入れない”ってのは本当だって事? でも、ウチの場合はね、玄関先で話し込んでる方が色々と危ないのよ」
彼らを食堂へと案内し、真弓はコンロにヤカンをかけてお湯を沸かしながら尋ねる。
「……甘いもの、平気?」
戸棚からクッキーを取り出すと、棗が目を輝かせた。
「おおっ、わい、甘いもんは大好物や!」
しかし梓馬は渋い顔で棗を小突いた。
「構うな。用事を済ませたら、俺は帰る」
「何言うてんねん。今回の一件、嬢ちゃんにもうしばしのご協力をお願いすべきなんは明白やろ?」
「……どういう事?」
お茶とクッキーをテーブルに並べ、梓馬の向かいの席に腰掛けながら、真弓は棗に尋ねた。
「実はな、昨日捕まえたあの梅の木の精霊っちゅう姫を組織で問い詰めたらなぁ……」
「――あの学園に棲まう雑鬼たちを扇動していたあいつ自身もまた、誰かに操られていたらしい事が判明した」
「……ちょっと待って。つまりそれって、他にまだ黒幕が居るって事? 事件は、まだ解決してない?」
「そういうこっちゃ。せやから、わいらの任務は続行、黒幕見つけてしょっ引いて来いっちゅう、上からのお達しでな? ――ってなワケで、も少しだけ嬢ちゃんに協力を……」
お願いしたいんやけどなぁ、と続けようとしていた棗の台詞を遮って、梓馬が首を横へ振った。
「これ以上、お前を余計な危険に晒すわけにはいかない。黒幕が潜むのは、あの学園の外である可能性が高い。もう、わざわざお前に協力を要請しなければならない理由はない」
元々、真弓に協力を要請したのは、あの学園の特殊性を考慮したためで、その理由が失われた以上はもう、必要はない。
そう言って、彼は食卓の上に茶封筒を置き、真弓の方へと押しやった。




