潜む不穏
『――おや、これはこれは……。なかなか美味しそうなお嬢さんだ』
そう言って微笑むのは、きっちりセットしたオールバックの黒髪に赤い瞳を持ち、黒いインバネスを纏った、貴公子然とした青年だ。
『願わくば……私の牙を受け入れ、永久の契約を結んでいただきたい』
不敵な笑みを浮かべる彼の顔の上に、選択肢が表示される。
◆ 断る
◆ 頷く
真弓はコントローラーを握り締めたまま、カーソルをうろうろと彷徨わせる。
どちらを選ぶのが正解か、真弓はもう知っている。――既に一度攻略済みのキャラクターだ。
「……何か、飽きた」
コントローラーを放り出し、ブツリと本体の主電源を落としてしまう。
――良くない事だと分かっているが、どうにもイライラする。
「……昨日の飴玉の副作用のせい?」
昨日、模型軍団に襲われた時に口にしたイチゴ味の飴玉は、一粒でピーチ味2つ分の効果を一度で発揮した。
その分後に残った副作用も前より重く、あの異空間から連れ出された後、真弓は全身の筋肉痛と37°の微熱に丸一日苦しめられた。
気を紛らわそうと、普段ならまずやらない、クリア済みのゲームを再び始めてみたものの、結果はこの通りだ。
生徒会長もダンス部の女子生徒も無事戻り、取り敢えず事件は収束を迎えた。
どうやら彼女たちの記憶は何らかの操作がなされたらしく、揃って何も覚えていないと警察に話し、マスコミは“現代の神隠し事件”だと頻りに騒いでいるけれど……。
「――聞いたかい?」
真弓にとっては学校帰りに魚屋の店主から聞かされた話の方が気になっていた。
「寿司屋の大将、どうもあれから一向に具合が良くならねぇらしいんだ」
時折、仕入れた魚の一部を店に納品している彼の話によると、息子に大将の座を譲ってからこっち、随分と塞ぎ込んでしまっているらしい。
「うぅん、梅高の七不思議事件じゃないが、何か神様のご機嫌を損ねちまうような事でもあったんかなぁ?」
首を傾げた彼に真弓は、ドクン、と心臓が嫌な音を奏でるのを耳の奥で聞いた。
『この子がいくら掃除したところで無駄なのにね。掃除してる本人がまず、一番の粗大ゴミだってのに』
(……あんなのは、あの子たちのくだらない嫉妬。単なる罵り言葉でしかない)
そう自分に言い聞かせるけれど、どうしても否定しきれない事実が、真弓の心を絡め取る。
皆が皆、柏神社へ参拝に来たその後でおかしくなっている。
農家を営んでいる岡崎さんの旦那さんも、定食屋の息子の慎二も、寿司屋の先代大将も――
『だってさ、お前、自分の母親を殺して生まれてきたんだろ?』




