一件落着
徹底的に追求する気満々の眼差しに圧され、真弓は改めて自分の体を見下ろした。
「……そう言われれば、最初にここに落とされた時に、肘を擦りむいたかも」
袖をまくってみると、やはり、ほんの少し皮がむけて僅かに血が滲んでいたけれど、それは絆創膏を貼る必要もなさそうな軽傷だ。
生来、運動神経皆無で鈍臭い真弓からすれば、この程度の怪我は日常茶飯事で、この騒ぎで痛みもとっくに忘れていた。
でも、そう言えば彼は吸血鬼だった。……こんな僅かな出血にも気付くからには、やはり彼の前で血の匂いをさせておくのはまずいという事だろうか?
「……すまなかった」
だが、彼は自分の方が大怪我でもしたかの様な顔で、深々と頭を下げた。
「お前の身の安全を保証する義務を果たせず、危険な目に合わせた」
「……え? でも、ちゃんと助けに来てくれたじゃない? 怪我って言ったって、ちょっと擦りむいただけなんだし、そこまでして謝らなくても――」
真弓は驚いて声を上ずらせた。
それは正直、姿を霧のように消してみたり、翼を広げて宙に浮いてみたりと、明らかに人間でないと分かる彼の姿を目にした時より、その衝撃は大きかった。
真弓より――人間より遥かに強大な力を有しているというのに、それが、こんなにも簡単に頭を下げ、許しを請おうとするなんて……。
「……それに、これで事件は解決――したんですよ、ね?」
犯人は、捕まえた。ならばもう、新たな事件は起こらない。
「ああ。……俺は、今からこいつの身柄を組織に引渡しに行かなくてはならない」
梓馬は、光の檻のなかで往生際悪く暴れる彼女を振り返る。
「……大人しくしてはくれなさそうだけど、どうするの?」
「おぉ、よう聞いてくれた! 実はな……」
真弓の問いに梓馬の肩に乗った棗が、ドヤ顔で説明しようと口を開いた。
しかし、梓馬はそれに構わずスタスタと彼女に歩み寄り、ポケットからするりと取り出した何かを、光の壁に押し当てた。
すると、光の檻ごとしゅるしゅると、みるみるうちに彼女の姿がその中へと吸い込まれ、消えていくではないか。
「こらっ、出しや!」
彼の手の中にあるそれからは、依然、彼女が盛んに毒づく声が聞こえてくる。
一体何かと近付いて見れば――
「……鏡?」
真弓の掌にもすっぽり収まるサイズの、丸い手鏡。
だが、その鏡面に映るのは、それを覗き込む真弓やそれを手に持つ梓馬の顔ではなく、たった今吸い込まれた梅の精の幼い姿だ。
懲りる事なく中で散々暴れ、悪態をついているようだが、鏡自体は静かなものだ。
「――組織からの支給品だ。こうして鏡に封じてしまえば、人目につくことも、逃げられる事もない」
梓馬はそれを再びするりとポケットにすべり込ませる。
「報酬は後日、改めて渡しに行く。報酬と引換に、今回の契約は満了となり、解消される」
「主……っ!」
棗が不満気な声を上げたが、彼は取り合わず、真弓の手を取った。
「――行くぞ」




