大ピンチ
白、蘇芳、紅梅の色を濃淡で重ねた衣装からは、より強い梅の芳香が香る。
「これは……木霊やな。古い梅の木に宿った九十九神――精霊の一種や。あの小鬼が“梅宮”だの“姫様”だの言うとったんは、間違いなくこいつの事やな。……けど、これは――」
女の童姿の梅の精が、ゆっくりと真弓に人差し指を突きつけ指差した。
すると、真っ黒い闇色のスモークを炊いたようにはっきりしない地面から、にょきにょきと半透明の埴輪のような顔をした細長い生き物(?)が生えてくる。
「いやぁぁぁ、何これ! この間の腕も大概気持ち悪かったけど、何考えてるのか分からない間抜け面が大量に並ぶ様って、こんなに気持ち悪いものだったの!?」
「――気持ち悪いっちゅうか、思わず背中がゾクッとしてまいそうな不気味さやな」
「冷静に突っ込んでないでよ!」
まだ、幸いにも先ほど口にした飴玉の効果は続いている。真弓は慌てて彼らに背を向け、逃げ出そうとした――の、だが。
「うそ、何? どうなってるの、これ!?」
何度駆け出しても逃げられない。
確かに、彼女たちに背を向けて走り出したはずが、10メートルも進まないうちに、一瞬ぐにゃりと視界と感覚がブレ、次の瞬間には彼女たち目掛けて突進している。
慌てて急ブレーキをかけ、再び踵を返して走り出しても、やはり結果は変わらない。
「あかん、この空間、そう広くないんや! この感じやと、せいぜい直径15メートル、あるかないか……そんくらいで、空間の端まで行くと、空間が捻じ曲がる仕組みになっとる」
地面と同様、左右前後、上空も、周囲は正体の知れない闇に覆われ、所々に橙色をしたぼんやりとした灯りが点在しているだけの空間。
――それはどこまでも続いているように見えるのだけど……。
「そ、そんな……! ――っ! って! や、嫌、ひぃぃぃぃ!」
棗の見解に思わず足を止めてしまったその瞬間、ひたりと足に冷たい感触が触れた。
見下ろせば、半透明の埴輪顔たちのぷにっとした短く丸い腕が、真弓の足に触れている。
「やっ、嫌、嫌ァ!」
足を滅茶苦茶に振り回して振り落とそうとしても、蹴飛ばそうとしてみても、ちっとも離れない。――どころか、今度は軸足として地面に残していた方の足にも別の個体がすがりついてくる。
気味の悪い冷たさに耐えられず、反射的にそちらの足も振り回そうとして重心を見失い、体のバランスを崩した真弓は、背中から地面に転倒した。
正体のない煙のように見える地面なのだが、実際には確かな硬さがあり、こうして打ち付けるとかなり痛い。
「あ、あ……」
転倒した体の至る所へ、瞬く間にぴとぴとと冷たい、指のない手がまとわりついてくる。
「こらぁ、嬢ちゃんに触るんやない!」
小さな爪を武器に、必死にそれらを追い払おうと、棗が奮闘してくれるけれど、あまりに多勢に無勢で全く追い付かない。
「……の、命……。捕……まえ……る、じゃ……」
とても美しく、可愛い顔立ちをしているのに、その目は埴輪同様虚ろで、深淵の闇に閉ざされたような瞳で冷たい眼差しを真弓に向ける。
「お、おぉわぁ!」
必死に応戦を続けていた棗が、一度に数体の埴輪に襲いかかられ、無理矢理取り押さえられた。
童女は、白く細い腕を伸ばし、その小さな紅葉のような手で、真弓の額に触れた。




