苦い過去
「あれを動かしているのも、さっきの小鬼?」
「お、おお、奴やないけど、奴が言ってたお仲間の雑鬼たちやな。けど……、あいつの言うてた通り、なんや様子がおかしいで」
言っているそばから、石膏像が拳を振り上げ襲いかかってくる。
「と、とにかく主の元へ!」
棗が叫んだ。
あんなもので頭でも殴られた日には、三途の川を渡るハメになる。
しかし、真弓の身体能力で逃げ切れるとは思えない。
真弓はポケットから小瓶を取り出し、迷わず星型マークの飴玉を口に放り込んだ。
縁日の、かき氷。そのイチゴシロップのような味が舌に広がるのと同時に、初めて口にしたスペードマークのそれの時のように視界が揺らぎ、先日口にしたハートマークのそれの時と同様、足にかかる自分の体重が消える、あの感覚がいっしょくたにやってくる。
外した眼鏡を小瓶と一緒にポケットに押し込み、真弓は前の扉に飛びつくように教室を脱出し、一目散に廊下を駆け出した。
「――あの娘が、今回の貴方の協力者なのね?」
「……俺は、できればそんなもの、雇わずに済ませたかったんだが……な。だが、どうにも場所が学校というのは厄介だ。しかも、ここの校則は相変わらず面倒だし」
パイプ椅子に腰を下ろし、足を組んだままパーカーのポケットに手を突っ込み、梓馬は窓の外の空を見上げるフリをして、彼女の顔から視線を逸らす。
「ねえ、梓馬君。あの事故は、貴方のせいばかりじゃないわ。油断していた私も悪かったのよ。……怪我のことも、――婚約の件だって、今ではいい思い出だわ。だから……」
「――だから、気にするなとでも言いたいのか? それとも、忘れろと?」
彼女に与えられているというカウンセリングルームに招かれた梓馬は、ほかほかと湯気の立つ緑茶が注がれた湯呑が置かれた折り畳み式の長机を乱暴に叩き、声を荒らげた。
「誰もがそう言うんだ。――誰にも失敗はある、同じことを繰り返さなければいいんだから、もう忘れろと」
でも、あの時の光景はそう簡単に忘れられるものではない。
人一人の人生を狂わせてしまったという、その責任の重さを気にするなと言われても、到底不可能だ。
梓馬はイライラと椅子から立ち上がり、窓から下を見下ろした。
「あの、梅の木は――」
先ほど第二体育館から見えた景色とほぼ同じ、若干角度が変わった風景の中、梓馬の目は、中庭に植えられた一本の梅の古木に引き寄せられた。
「ああ、あれ? あれはねえ、随分と古い木なのよ。この学校がここに出来た時からあるんですって。昔から、色々伝説があってね……」
楽しそうに、学校に代々伝わる伝説について語る彼女の説明を聞きながら、ふと視界の端にそれを見つけて慌てて視線を向ける。
「――! あ、主!」
真っ先にこちらに気づいた棗が助けを求めて、叫んだ。




