怪異の正体
「……ね?」
「――棗」
それを聞いた梓馬は、ひやりと鋭い刃物を突きつけるような、鋭く冷たい声で相棒の名を口にした。
「――了解」
棗がすいっと梓馬の肩を離れ、皮膜を広げて扉の裏側に回り込んだ。
「こぉら、いい加減、観念せぇ!」
どたん、ばたん、と扉と壁との僅かな隙間で、争う物音がして、しばらく。
やがて、棗がそれを引きずって戻ってきた。
首根っこを掴まれながら、まだ往生際悪くキーキー喚いて暴れているのは、棗と背丈のそう変わらない、小鬼だった。
「やっぱり餓鬼の仕業か」
しわくちゃの醜い顔をした、悪戯好きの小妖怪。
「おい、お前。今のはお前の仕業だな?」
声だけで空気を瞬間凍結させられそうな、切れ味鋭い問いを、梓馬は棗に取り押さえられた小鬼に向けた。
「ここ最近の事件は、お前の仕業か?」
その絶対零度の声音に、小鬼は騒ぐのをピタリと止め、そろそろとこちらを振り返った。
途端、元々青と緑と灰色を混ぜ合わせたような色をしていた肌が、一気に青ざめた。
キーキー喚きながら、慌てて首を千切れそうな程勢いよく左右に振り、顔の前で小さな手を大きく振って否定の意を示す。
キーキーと、何かを必死に訴えているようだが、残念ながら真弓には何を言っているのかさっぱり分からない。
黒板を爪で引っかいたような不快な高い声に、梓馬も顔をしかめて手の指を耳の穴に突っ込んでいる。
「ほうほう、多少の悪ふざけは餓鬼の嗜みだが、最近仲間の様子がおかしい?」
だが、棗は餓鬼語を理解できるようで、彼の必死の言い訳を通訳してくれる。
「幻覚や幻聴で人を驚かせはしても、人に危害を加えるような悪さはしないというのが梅宮の暗黙の規則で、破れば姫の仕置がある、と。せやのに、最近は仲間が酷い悪さをしても、姫様は黙りを決め込んだままやと?」
キーキーと、小鬼は必死に頷く。
「で、その姫とやらは一体何者だ? 一体何処に居る?」
が、梓馬にそう尋ねられた途端、小鬼はまるで日光の三猿の“言わざる”を真似るかのように両手を口に当て、ふるふると首を横へ振った。
「……どうやら喋れんよう呪いがかけられとるようやの」
渋い顔をする棗に、梓馬もまた、ぴくりとこめかみを引きつらせた。
「まあ、いい。……離してやれ、棗」
「……いいの?」
「ああ。“梅宮”に“姫様”とくれば何となく予想はつくからな。――だが、いいか、これ以上過ぎた悪さをしてみろ、次は容赦なくしょっ引く。……そう、お前の仲間たちにも伝えておけ。いいな?」
梓馬の脅しに、小鬼は目に涙を浮かべながらこくこく頷いて、慌てて駆け出し、すぅっと壁をすり抜けて消えた。
「さあ、次、行くぞ」
梓馬はそれを見届けると、先に立ってトイレを後にする。
――やはり女子トイレに長居するのは気まずいのだろう。
そう思いながら後に続いた真弓は、扉を開けたところで突然立ち止まった彼の背に思い切り顔をぶつけ、鼻を押さえた。
「な、何?」
抗議の声を上げても、彼は沈黙したままで、返答がない。
「お前……」
代わりに彼は呆然と呟いた。
「お久しぶりね、梓馬くん」




