棗の懺悔と梓馬の憤り
不意に声をかけられ、ただでさえドクバク暴れる心臓が口から飛び出そうになった。
見れば厄介な事に、生活指導も兼ねる学年主任だ。
「……あっ、はいっ! ……あの、実は先日、移動教室の際にペンを落としてしまって……。気に入っていた物だったので、もしかしてまだどこかに落ちていないかと探していました」
こういう事もあろうかと、予め用意していた言い訳を、真っ白になりかけていた頭から何とか引っ張り出す。……備えあれば患いなしとはよく言ったものだ。
「顔色が悪いようだけど、きちんと昼食は摂りましたか? きちんと食べないで貧血を起こす生徒が増えていると、朝礼でお話したでしょう?」
「……すみません」
取り敢えず謝って、この場を流そうとした真弓の意図に反し、彼女は制服のバッジに目をつけた。
「あなた、そのバッジの色は一年生ね? 明日、何か用事はあるかしら?」
「……?」
突然の問いに真意を掴み損ね、一瞬黙り込むと、彼女は続けて説明を加えた。
「明日、受験生への学校説明会があるのは知っているわね? それで、少しばかり人手が足りなくなってしまって……」
明日は9月23日、秋分の日で授業は休みだが、その祝日を利用して、中学生向けの学校説明会が行われる。
「難しい仕事じゃないの。校内見学をする中学生や親御さんの誘導係だから」
校内のそこここに立って、見学客が迷わないよう誘導する役だという。
「係りの子は決まっていたんだけど、急に人手が足りなくなっちゃって」
生徒会役員や各クラスの学級委員などが教師の手伝いをする手はずだったらしいが、確かに生徒会長が居なくなった上、今朝のあの騒ぎを思えば人手が足りなくなるのも当然だ。
明日は部活動等での一般生徒の出入りは禁じられている。
――普段の真弓であれば、面倒だと一蹴し、適当な理由をでっち上げて断っただろう場面だが、今回に限ってはいい機会だ。
「構いませんよ。それで、明日はいつどこへ集まれば?」
そう、この機会を利用すれば、保護者のふりをして見学者に混じり、彼も校内を探れる。
「――と、いう訳だから。案内は私がするから、って事で良いよね?」
今日もまた、公園の前で待っていた梓馬と、公園のベンチに腰掛けながらそう報告すると、彼は目尻を吊り上げた。
「それで、怪我は?」
「……無いよ。いつもなら絶対、走る途中でコケて、どこか打ち付けるか擦りむくかするのがお約束なのにね。……まあ、例の副作用とやらのせいで、今は逆にいつもより体が重いんだけど」
飴玉の効果で一時、体が嘘のように軽く感じた分、普段より余計に重たく感じる。まるで、鉛入りの重しを体のあちこちに仕込んでいるかのようだ。
「……この間は、飴玉の効果が切れる前に布団に入っちゃったから、殆ど気にならなかったんだけどな。まぁ、今回も寝て起きたら明日には治ってるでしょ」
「――馬鹿を言うな!」
しかし、それを聞いた梓馬は突然立ち上がって声を荒らげた。
「……すまない、突然大きな声を出して」
その剣幕に、びくりと身を竦ませた真弓に、一応の謝罪をして再びベンチに腰を落ち着けたものの、
「……棗。何の為にお前をつけたと思っている。俺は、あの時のような思いをするのはもう二度と御免だと、あれほど言ったはずだぞ?」
と、棗にも厳しい言葉を投げかける。
「……嬢ちゃんを危険に晒してもうた事については、確かにわいの落ち度や。ちょい油断が過ぎた。――けどな」
済まなそうに頭を下げた後で、棗は心底怪訝そうな顔で首を傾げた。
「あの場所には、強い妖の気配も、外来種の気配も、何も無かったんや」




