真弓の日常
慣れた様子で暗い廊下を進み、右側の壁の二つ目の扉を開ける。
電灯のスイッチを入れて、通学鞄を食卓の椅子に放り、流しで手を洗って冷蔵庫を開けた。
「そう言えば、棗は何を食べるの?」
「わいは雑食やさかい、割と何でもいけるで。けど、普段はナッツやらドライフルーツが主やな。わい、干しぶどうが好物なんや」
「……あいにくどれもも買い置きが無いんだけど。……梨、食べる? あとは……桃缶、とか?」
「おお! 桃缶!」
途端、棗が目を輝かせた。
「……分かった。桃缶を開けてあげるから、少し待って」
床下収納から黄桃の缶詰を取り出し、プルトップを開けて中身を皿に盛り付ける。
「おおお、マジで桃缶や! 風邪ひいた時しか食わして貰えん贅沢品が今ここに!」
棗は大袈裟な程の感動を全身で表現しながら、皿に飛びついた。
「……って、嬢ちゃん、皿が一つしか出とらんのやけど」
今にも口元からよだれを垂らさんばかりの顔でこちらを窺う。
「いいよ、それ、全部食べて」
真弓は改めて台所に立ち、包丁片手に玉ねぎ、焼豚を刻み、卵を溶く。しらす干しをひとつかみ、干した小エビを少々、中華鍋で冷ご飯と共に強火で炒め、調味料を加えれば、程なくキッチンに食欲をそそる香りが漂い始める。
二人分の炒飯を二つの皿に均等に盛り付け、片方はラップをかけて冷蔵庫に入れてしまう。
「もしかしなくとも、いっつも一人で飯食うとるんか?」
「……まあ、大概は」
身の回りの大体の事が一人でこなせる様になってからは、これが真弓の当たり前の日常だ。
さっさと食事とその後片付けを済ませ、朝から一日部屋干ししていた洗濯物を畳んで然るべき場所へとしまい、風呂の支度まで整えてから2階へ上がる。
8畳ほどのフローリングの洋室に、小学校に入学した年に買ってもらった学習机とベッド、本棚とタンスが一つずつ。そして薄型テレビを乗せたテレビ台にはいくつものゲーム機が並び、机の上には最新型のノートパソコンが置かれている。
南側に一つ、東側に一つあるここの窓も、きっちり雨戸が閉められ、部屋にはひんやりした空気が漂っている。
「ゲーム、好きなんか?」
この部屋の有様を見れば、当然誰もがそう思うだろう。
「……別に、好きじゃないよ」
これだけの種類のハードと、数多のソフトを持ちながら、「好きではない」など、普通なら誰も信じない。
「なら、嬢ちゃんが好きなんは何や?」
しかし棗は、随分あっさり次の質問を投げかけた。
「……無いよ」
けれどその問いにも、真弓は素っ気なく答えた。
無造作に制服を脱ぎ捨て、楽な部屋着に着替えてベッドに転がる。
「……好きなものなんて、何も無い」




