夢路への誘い
「俺の、協力者になって欲しい」
敷地をぐるりと囲うように生い茂った樹木から落ちてくる、幾重にも重なった蝉時雨。
その煩いくらいの音の中でもはっきり聞き取れる、澄んだテノール。
「俺の名は、桐生梓馬。『夢路の導き』という名の組織に所属する狩人で――」
人気声優もかくやという綺麗な声が語るその言の葉は、確かに日本語である事は理解出来るのに、残念ながら何を言っているのかさっぱり理解できない。
唯一、真弓に理解できたのは、彼の氏名のみ。
「……………………」
黙り込んだまま、胡乱な目を向ける真弓に、その男は淡々と事務的な口調で告げた。
「俺は、現在、梅宮学園高等学校にて発生している事件の調査と、犯人の捕縛の任を受け、組織から派遣された――吸血鬼だ」
背丈は、そう高くはない……が、かと言って低くもない。春先の健康診断で測ったそれが155cmだった真弓より、ちょうど頭一つ分高い程度の身長に、さほど歳も離れていなさそうな風貌。
(――高校生……か、大学生くらい? それにしても……)
真弓は手にしている荷物の中身を気にしつつ、警戒心たっぷりの眼差しで彼の一挙手一投足を注視し続ける。
――と、防災無線のスピーカーが、七つの子のメロディーを奏で始める。
外で遊ぶ子ども達に「とっとと家に帰れ」と促すこのチャイム、今の時期はきっかり五時半に鳴り出すのだが、それぞれの音源の微妙な距離の差のせいで、下手な輪唱のように、少しずつ音がずれて聞こえる。
だが、その音色を耳にして慌てて帰り支度を始めるのは小学生だけだ。
彼らと入れ替わるようにこの児童公園へやって来るのは、下校途中の中学生――それも、どちらかと言えばあまり素行の良くない生徒たちがたむろする場所と化す。
居心地の悪さを感じながら、真弓は頭の中に浮かんだ三つの選択肢についての検討を開始した。
◆ 少々残念なお頭をしたお兄さんのようだし、無視して逃げる?
◆ 冗談……? 取り敢えずそろそろ突っ込んだ方が良いのだろうか?
◆ アブナイ人だったら困るし、ここは下手に刺激せず、もう少しだけ話を聞いてみるべき?
その間にも、ジリジリと右手方面から西日が照りつけ、肌を焦がす。
けれど、ビニールの手提げ袋を握る掌がじっとりと汗で湿るのは、決して暑さのせいばかりではないだろう。
……それにしてもこの男、九月もまだ半ばのこの季節にこんな格好で暑くないのだろうか?
真弓は改めて男の装いを上から下まで検分してみて思う。
青みがかった濃いねずみ色のシャツに、殆ど黒に近い灰色のパーカーはご丁寧にフード付きで、おまけにジーンズまで黒っぽい濃紺色と、ほぼ全身黒っぽい。
ただ、ネクタイだけが赤色で――鮮烈な赤ではない、落ち着いた赤色のはずなのに、やけにそれだけ目立って見えた。
手に提げた袋に入れた生鮮食品の傷みが気になる暑さの中、見ているこちらの方が暑く感じる装いの彼は、しかし、一人涼しい顔をして真弓の前に立っている。
「――君は、ここ最近、梅宮学園高等学校にて起こったいくつかの事件を、知っているか?」