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 平和な村を襲ったのは、炎だった。

 いくつもの叫び声。風にとどろく焔の音。

得体の知れない黒い影達が村人を追いかけ、一人ずつ光の剣で惨殺していく。

 影達の正体は、隣国からやってきた機械化装甲に身を包む軍兵たちだ。

 黒い装甲強化服を身にまとい、軍兵が乗る二足型の歩行式砲座が村の中心を闊歩する。

別の歩行砲座が藁葺き屋根を一軒一軒しらみつぶしに当たっていき、怯える村人たちに銃座から何かを問いかけては、別の軍兵が次々に家に火を着けていく。

 村を燃やす軍兵達の動きを見ていた一人の指揮官の無線が電子音を鳴らした。

『こちら中央指揮所(タイガー)。アルファ小隊、目標の剣は見つかったか?』

『こちらアルファ、目標はまだ見つかりません』

 青い縦線の入った兵士は無線機越しに、ため息をつきながら無線に答える。

『西区はこれで百村目です。おそらく剣はこの地区にはありません。どうしますか?』

『アルファ、口を慎め。これより次の村の座標を送る。古代のアーティファクト、伝説の剣を見つけるまでは本国に帰れないと思え』

 そう言って無線先の管制官は乱暴に無線を切る。

『……了解。魔女に呪われちまえタイガー』

 指揮官は無線越しに舌打ちをすると、周囲にいる軍兵に新たに移動の手信号を出して、再び村の外に向かって歩き出した。

 黒い重装甲に、縦二重の白い線。全身をくるむ強化服に目元まで覆うマスク。

盾に刻まれた竜の紋様と、光状型のセイバーソード。

彼らは長距離移動に適した歩兵用機械化アーマー『ソードマスター』を着る、隣国N.O.G.I.ノジックよりこの地に侵略してきた兵士達。

 空には、ノジックの巨大な飛行空母がゆったりと漂っていた。

 兵士の立ち去った後、燃え尽きた村の片隅で未だ煙を吐き続ける元人間たちの山の下で、何かがゴソゴソと蠢いた。

 顔を現したのは、まだ幼さの残る一人の少年だ。

 バラバラの青髪に、疲労からか、目元にはうっすらとクマが走っている。

 涙で真っ赤に充血した目。血と泥で真っ黒に汚れた顔。

 少年は、まず様子が一変した村を見て泣き、人肉の山から這い出て変わり果てた育ての両親を見て嗚咽し、四つ足のまま大地を睨んではしきりに土を握りしめて悔しがる。

 少年が空を見上げると、地平線の向こうに飛ぶ巨大な飛行艇の影を見つけた。

「あれが……ノジック」

 空を飛ぶ飛行空母には、風にたなびく巨大なノジックの軍旗が掲げられていた。

双頭のドラゴン。金と赤の刺繍の入った紋。

「……チクショウ! チクショウー!!」

 少年は空に向かって、大地に向かって、燃える家々に、二度と動かない村人に、死体に、両親に向かって誓った。

 かならず、かならずいつかノジックに復讐してみせると。

 少年の名はカークスと言った。

 ブライアン・カークス。

 少年は力なく、ふらふらと立ち上がって空を見上げた。

 今朝は不吉な夢を見て目が覚めた。どこまでも燃え広がるどこかの荒野で、少年はいつまでも太陽のない世界と、薄い、黒いモヤの中でじっと地平線を見続けていた。

 目が覚めたら、少年はいつもの川辺に立った小さなあばら屋に寝ていた。

 顔を洗い、おなかがすいたので少し森に野いちごを食べに行って、帰ってきたらこのざまだ。

 カークスは、自身の非力と、何もできないまま黒く燃えていく仲の良かった死体を見て鳴き叫ぶ。

 どこまでも、黒い煙が空に広がっていった。

「カークス、カークス……」

 どこかから、少年の名を呼ぶか弱い声が聞こえてきた。

 少年が振り向くとそこには、がれきの山に胸を刺されて血を流す一人の老人がいた。

 名前は分からない。ただ、よく一人でいたカークスを何かと世話してくれた、村人には『少し頭のおかしい人』と言われていた、自称、王室付き魔法使いのへそ曲がり爺さんだった。

「カークス、カークス…………カークス……」

「お、おい! じーちゃんしっかりしろ!!」

 この世界では魔法はごく普通に使える物だった。だが使える魔法は普通は大した物ではなく、例えばカークスは傷治しの魔法くらいは使えた。

 自称「王室付きの魔法使い」は、胸から大きな突起物を尽きだしていた。

 一流の魔法使いなら、これくらいはきっと苦もなく抜けられるだろう。

……ここまで深い傷は、未熟な魔法しか使えないカークスにはもう治せない。血を流す爺さんは、すでに虫の息だった。

 カークスは爺さんの胸を貫く突起物をなんとかしようと藻掻いたが、見れば爺さんの胸を貫くそれは、元は家だったがれきの大黒柱だった。

 カークスは、爺さんから突起物を取り去るのを諦めた。

「カークス……カークス、カークス……」

「じ、じーちゃんしっかりしろ! もうすぐ楽になるから、だっ、だからこれ以上しゃべるな!!」

「カ、カークス……ワシはもう、ダメじゃ。お、お前に頼みがあ、ある……」

 爺さんはそう言うと、まるで木の棒のように細りきった腕を横に伸ばし、村の外れにある爺さんの家を指さした。

「か、カークス。ワシのい、家……地下室にある、燃え残った物を……ぜんぶ、城にいる王様に、に……届けて欲しい」

「じ、じーさん! でも爺さんの家、もう……いや、分かった。爺さんの地下室にある物を、王様の所に持ってくんだな!? 持って行けばいいんだな? 全部か!?」

「そう、全部……あれは、きっとこれからの王国に、かならず必要になってくる物、じゃ」

「安心しろじーちゃん! きっと、きっと王様の所に届けてやるから! だからもうしゃべるな爺さん!」

「そうか。届けて、くれ、るか……これでワシも、少しは……安心できる」

 そう言うと爺さんは虫の息になった息を、静かに、そっと、大きく吐き出す。

「これは、ワシの業じゃ。ワシが今まで……ずっと黙ってきたワシ自身の……業じゃ。許しておくれ。許しておくれカークス。ゆ、許して、おく、れ……み」

 がれきに寄りかかる爺さんの顔にみるみる涙が溢れてきたが、そのうち爺さんは死んだように動かなくなりその空虚な瞳は、二度と光を受けて輝くことはなくなる。

 爺さんは死んでいた。

 カークスはしばらく動かなくなった爺さんの腕を手に取っていたが、その内ゆっくりと立ち上がり、爺さんの指さした方へフラフラと歩いていった。


 爺さんの家は、村からほんの少し離れたところにある。

 村への入り口はまず爺さんの家の近くを通るので、侵略者達はまず最初にこの小さなあばら屋に火をかけたらしい。

 カークスは、燃え残った黒いあばら屋の残骸をかき分けて爺さんの言った地下室の入り口を探すことにした。

 まだ熱を持つ燃えかすをいくつかどかし、その内現れた大きな鉄製の開き戸を見つけることにした。

がれきの下に、大きく燃え残った鉄製の引き戸が隠されていた。

焼けて熱くなっているが、カークスは肌が燃える音をあげるのも無視して取っ手を握りしめ、大きく引き戸を引き上げる。

 扉の中も、外側と同じようにひどく燃えていた。

どうも貴重そうには見えないガラクタ。

燃えた地図。様々な器の欠片と残骸。だがよく見ると、それら燃え残ったゴミや残骸に囲まれるようにして、地下室には一人の、白い少女が膝を抱えてうずくまっていた。

「……」

 裸の少女だ。いや、服を着ていない少女が、燃えるゴミに囲まれて一人静かに座っている、あまりにも衝撃的な構図だ。

少女は、自分の閉じこもる地下室の扉を開けたカークスを見て、その燃えるように赤い瞳でにっこり微笑んだ。

整った顔。真っ白な肌。年は十代だろうか。美しいとさえ思えるような美少女。

少女の胸元には、輝くなにかの魔術の紋様があった。

……蒸し焼きになった地下室の中で? 少女が? 生きてこちらを微笑んでいる?

 カークスは自らの目を疑った。

 

 これが、この世に眠る伝説のアーティファクト、魔剣と、カークスが、初めて出会った瞬間だった。


 世界を巡るこの話は、もう何人か重要な人物を紹介することになる。

 ここは空を飛ぶ滞空型移動空母『アークエンジェル』上にある、飛行甲板庫外駐機場。

 手をかざせば、寒い、風が手に当たって砕け散る。

 薄い空気。頭上を覗けば太陽。

軍旗にはいつも通り、双頭の竜が風を掴んで揺れていた。

「……醜い、な」

 クリスチーナは旗を見上げてから、地上を見下ろし、フンと鼻を鳴らす。

アークエンジェルのダンスホールでは今、企業国家ノジックを統べる代表幹部がホール内に入って幹部や令嬢たちが熱く拍手を打ち鳴らしていた。

 飛行空母側面にある脱出ハッチの隙間から、うるさいファンファーレの音と拍手と取り巻き達の雇った褒め屋の歓声も聞こえる。

「上流階級の社交場が? こんな所に必要なのか?」

 クリスチーナは戦場を見下ろしながら自問した。

 それが、巨大飛行空母アークエンジェル。

クリスチーナ中将は端麗な顔を歪ませて、甲板に停泊するデルタ級飛行哨戒艇に静かに歩いていった。

近づくと、デルタ哨戒艇の砲座から一人の兵が顔を覗かせてくる。

「あ、お帰りなさい中将」

 仏頂面の兵士の声に、仏頂面をしていたクリスチーナの細い顔にほんの少しだが笑顔が戻る。

 哨戒艇の昇降パネルが開くと、中にはむっと不機嫌そうな顔をした兵たちが、それぞれにこの空中要塞での余暇を楽しもうとそれぞれ細かい暇つぶしをして遊んでいた。

「ん。待機任務ご苦労」

「隊長ー、はやくこんなつまんねェとこ、ちゃっちゃと出て空飛びましょうよぉー。いつまでオレ達、こんな狭いとこにいなくっちゃダメなんですかー?」

 兵の一人が銃を組み立てながら、礼服の中将に敬礼もせず愚痴を言った。

「そう言うな。今回の任務は補給物資の受け取りだ。それにそんなにクサクサしてるんだったら、一度アークエンジェルにでも下りて羽を伸ばしてくればいいではないか」

「へっへー、隊長それ本気で言ってるんスか?」

 クリスチーナが礼服の襟元を緩めため息をつくと、兵たちはそれぞれゲヘヘヘヘと笑いながらそれぞれ顔を見合った。

「隊長、意地悪言うのはナシですぜー」

「フン。出した休暇をお前達がどこでどう楽しむのかは、お前達の自由だろうに」

「へへ、楽しめない下船許可なんてもらってもねぇー」

「そう言う隊長こそ、アークエンジェルってどこか楽しめる場所なんてあるんですかー?」

 柵の上から身を乗り出すようにして、別の若い海兵がクリスチーナに話しかけてきた。

 海兵の識別帽をだらしなくかぶる、ひげ面の若い下級士官だ。

 クリスチーナはこのノジックにある、由緒正しきある企業経営者の令嬢だった。

高貴な血筋に生まれながらもある日、クリスチーナは社長を囲う取り巻き達と社長、社長の妻である母に絶望的な真実を告げられる。

『女は社長の跡を継げないし、新しい会社も立ち上げられない。用無しは他大企業とのM&Aの土産にしか使えない』

親族同士の権力抗争にも巻き込まれず、あるいは女は、ある意味では生まれた瞬間から幸せに養われる事を約束された、人間ではない「物」だった。

 多くの令嬢たちはそんな企業社長たちの、未来の保証された所有物になることを望んだが、だがクリスチーナは違った。

 自身が女であることを悔い、あるいは男との決定的な性差を憎み、自力で軍に志願して独力で今の地位まで上り詰めた。

 あるいは一時期軍の中枢に入ることを許されるエリート将校にもなったが、これが父の意向とある陰謀の結果だったと知ると彼女はすぐに上官に要職辞退を申し入れて、一度は軍から出て行ったこともある。

 彼女は孤独だった。

軍を出てからも召使いたちが待つ家には帰らず、町の酒場で暴れたり退廃的な生活に明け暮れていたが、だが今では自ら再び軍に再入隊して戦場一の嫌われ者、小さな飛行哨戒艇に乗る海兵隊の隊長に収まっている。

 海兵の部隊章を入れた、クリスチーナの白いマントが揺れる。

彼女には、ある野望があった。

 彼女をここまで追い詰めた、自分の父、兄たちに復讐を遂げる。

 その手段としてクリスチーナは、昔酒場で暴れていた時に聞いたことのあるある伝説を使おうと思っていた。

 ドイタミナ北方の地に眠る、とある強大なアーティファクト。

 現存する伝説の魔剣を遙かにしのぐその強大さは、あるいは伝説すぎて誰もその存在すら調べようとしなかった超巨大兵器。

 海兵達は皆、下士官か、あるいは上の位でも少佐あたりまでしかいなかった。

 皆が皆、クリスチーナとは違うが同じ立場、貴族特権階級たち光の立場に埋もれる、影の人間なのだ。

 クリスチーナは金色の三つ編みをかき下ろし、若くて、汚くて、純粋な瞳をした海兵たちを見てフッと笑った。

「あるぞー? 上流階級様たちの踊るダンスホールがあるな。あとはビヤホールだ。さっきはどこかタコみたいな頭の高級参謀閣下が、酒の瓶を持ったままどこかのご令嬢に頬を叩かれて顔を真っ赤にしてたわ」

 どっと機内に男達の笑い声が沸く。

 海兵達にこの話を聞かせると、最初は死んだような目をしていた兵士たちもすぐにその目を輝かせた。

 兵士たちは、例えこの戦争で勝とうが、負けようが、彼らは未来に何も希望を持っていなかった。

 あるのは絶望的な毎日を繰り返すだけの明日と、明日に対する絶望だけ。

 勝つとか負けるとか、そんなのはお高い誰かが得するだけなのだ。

血筋なんぞを振り回しても、あるいは無い階級章を振りかざして未来の兵役年金をあてにするのも限界がある。

あるいは自分だって、死ぬまで誰かに媚びを売っても、高級家具と宝石に囲まれながら酒におぼれて死ぬくらいしか人生の選択肢はないのだ。

 ノジックは今、親兄弟たちが互いに権力抗争を激化させ、国全体が疲弊しきっていた。

 そこでこの戦争である。

戦争は、ノジック首脳部の考えた戦争景気での無理矢理の経済回復の特効薬だった。

 と同時にこの広大なドイタミナをノジックが手中に入れて、奴隷貿易をして更なる富を手に入れる。

 首脳部とは、クリスチーナの父と、その子供たちだった。

 兵は父たちが考えた甘い未来を実現するための、ただの物言わぬ駒なのだ。

 こんな惨めな兵たちにも、いつか自分が力を手に入れられたらその時は、少しくらいは楽をさせてやりたいものだ。

クリスチーナはふと、兵士達の顔を見てその数を数えはじめた。

「そうだ。お前ら、今日ここで受け取ることになってる補充兵は来なかったか?」

「はあ? なんですそれ、新兵ですか?」

 クリスチーナの発言に、今度は機内銃の兵士達が彼女の顔を見た。

銃を組み立てていた者。パワードスーツと搭乗者のシンクロ率を調整していた者。

「うむ。先鋭ノジックの大軍勢を率いる、偉大なる我が父上がこの海兵隊に部隊付参謀を送って寄越してくれたらしくてな」

「ついにオレ達海兵も、いっぱしの参謀持ちになったか」

「ばっか、前に空から突き落とされた参謀閣下がいたじゃねーかよ」

「あのデブか! 重かったなアイツ!」

「今まで空なんか飛んだことないって言うからよ、ちょっくら尻叩いて空を飛ばしてやったんだって」

「あんな間抜けが殿下の尻を本気で追いかけようとしてたんだから、我が軍の秘密警務隊はよっぽど人がいないんだろうな。笑えるぜ!!」

 ガハハハハハと、船内に男達の笑い声が響く。

 クリスチーナは、男達の笑い声を聞いて再び小さく笑った。

 そこへ、今度は上部砲座から外を覗いていた海兵が、逆さまになって中将達のいる機内を覗いてくる。

「中将」

「ん? どうした?」

「誰か変な男が甲板を歩いています」

 変な男?

 クリスチーナは一瞬変な顔をしたが、思い起こせば、今このアークエンジェルの甲板に係留している艦船は海兵の艇しかいない。

 クリスチーナは銃座に座る兵を下がらせると、代わりに砲座に入って男の姿を双眼鏡で観察してみた。

 細身でややすれたような顔つき。荷物は手に結わえた小さなショルダーバッグのみ。

白いホルスターに、白い腕章。

男は、いくつか甲板に係留している海兵の哨戒艇を一隻ずつ廻っているようだった。

「フン。今度来る参謀は、前のに比べたら少しは使えそうな顔をしてるな」

 見てる内に男は、自分が双眼鏡で見られているのに気が付き逆に手を振ってくる。

 ニヤッと不敵な、底の見えない、非常に嫌な笑顔だった。

「……フフン」

 クリスチーナが双眼鏡越しに男を見ていると、心配した海兵の一人が梯子を登って様子を見に来る。

「どうされましたか」

「最後の補給物資のご到着だ」

「なるほど。じゃあ、いつも通り歓迎会の準備を?」

「うん……そうだな、盛大に祝ってやろう。これがヤツの、最後のフライトになるかもしれないからな」

 そう言ってクリスチーナはニヤリと笑う。

 海兵も慣れたような顔でハハハと笑った。

 そして銃座から下を覗き「お前らァ! 誇り高き我がクソ海兵隊に、ピカピカの軍参謀殿がお出ましだ!! 盛大に祝ってやれ!!」

 オー! と、下にいる海兵達が声を上げた。

 階下の兵たちの様子を見て笑い、再び甲板を歩く参謀の男を双眼鏡で見る。

 おそらくあの男も、父上、あるいは兄上に直接特命を受けた密偵の一人だろう。

 身内の抗争を抜けてまで、私が戦地に見る野望を知るために。

 クリスチーナの探す超巨大アーティファクトの存在は、軍の中でも、あるいは世間の間でも極秘とされていた。

 あるいは。その存在を知っているのはクリスチーナとここにいる部下しかしらない事なのかも知れない。

『だが、妙だ……』

 確かに今まで何度か調査隊を隊内で派遣してきたが、それでも実際に、その巨大アーティファクトが本当に確認できたのはつい最近。

 隊内の情報が筒抜けになっている?

 今まで海兵に送られてきた『罪なき密偵』は、その度に何度も地上に放り出してきたが。

「フフ、バカな兄たちだ」

 未だ見ぬ世界から目を逸らし、権力抗争と内にこもる兄と父たち。

この世を制する、力とは常に自分たちの意識の外側にあるもの。

 クリスチーナは双眼鏡を見ながら、今度来る新参の顔をよく見てみた。

 男は甲板を歩きながら、何か口笛を吹いていた。

空を飛ぶ、巨大なアークエンジェルが深い森林地帯に影を落とす。

 吹きすさぶ風。ざわつく森の木々たち。

 森に棲む獣たちが同時に空を見上げて騒ぎ出し、それにつられて人間も、鍾乳洞の入り口で顔を上げた。

「な、なんだいありゃあー?」

 森を突っ切る形で通る街道からほんの少し森側に入った先にある、ここは大きな岩陰にある鍾乳洞に拠点を構えた、ある盗賊たちのアジト。

 男はスキンヘッドに太陽の光を反射させながら、その空に浮かぶ見たこともない、巨大な機械の塊を見上げて大きく口を開けた。

「なんだなんだ? おいおい、なんだアレ……」

 機械が空を飛んでるぜ。こりゃまたどこかの魔女が、何かやらかしてるのか?

 ゆっくりまぶたをまばたかせて、男は空を飛ぶ巨大なアークエンジェルの船底を見つめる。

 見つめても何も分かるわけではなかったのだが、男は機械が空を飛ぶのを今まで見たことがなかった。

 ……どこかから、馬のいななきが聞こえてきた。

 ハッとして男は手元に置いてあった斧を持ち出したが、次いで街道側の茂みから出てきたのは馬に乗った、三人の盗賊仲間たちだった。


「たーだいまっ」

「ああ、おかえりなさい頭。どうも、今日も荷物は多いようで」

 黒毛の馬にまたがる一人の少女、それと一緒に盗賊の部下も二人ほどついてくる。

 馬の背には大きな麻袋に入った戦利品、近くの村を襲ってがめてきた盗品の山が積まれている。

 少女は背に巨大な剣を背負っていたが、馬から下りてみると少女の身長は驚くほど小さい。

「まあねっ」

「今回の村は当たりでしたな」

「うん。それよりもハギー」

 後ろで盗賊の部下が馬から下りて、それぞれ馬に乗せた戦利品を鍾乳洞のアジトに運び始める。

盗賊少女の頭……マーヤは、盗賊として真面目(?)な二人の仕事を横目に見ながら、少女は空を見上げた。

 そこには先ほどの飛行空母がゆっくりと空を漂っていたが……ほんの少しだけ、飛行空母はどこかに向かって進んでいた。

「ありゃなんだろね?」

「さあー。お頭に分からないんだったら、オレにも分かりませんや」

「飛行空母だね」

「そうなんスかい?」

「アークエンジェルだ。たぶん隣の国にある……空中要塞だろうね」

 そう言ってマーヤは、巨大な飛行要塞の船底に描かれた隣国N.O.G.I.C、ノジックの紋を見てつぶやく。

 アークエンジェルはすでにだんだん雲の向こうに隠れつつあったが、その機上には同じように、大きな風に揺れるノジックの国旗と軍旗がかざされていた。

 盗賊の一人が、盗品の入った麻の袋を地面に落とし、チッと舌打ちをする。

 その盗賊の手下の不手際を横に見ながら、少女がつぶやく。

「もうすぐ、戦争が起こるんだね」

「はあ。戦争、ですかい? なんですかいそりゃ?」

「戦争だよ。もうすぐ国同士の戦いが始まるんだ」

「国と国が? そりゃーでっかいですな。で、国って、どんなやつなんですかい?」

 巨漢の癖に知識は格段に弱い男、ハギー。

 ハギーは髪の毛が一本も生えていない頭に汗を浮かべながら、傍らに立つ背の小さな少女を見た。

 少女は相変わらず背に身長以上の大きさの剣を担いで腕を組んでいたが、何を考えているのかおもむろに

「あたしたちが立ってるこの地面が、国」

「このでっかい地面が全部?」

「全部だよ。あそこの山までがドイタミナっていう……まあ、でっかい盗賊の縄張りみたいなもんさ。それを、あの山の向こうにいる同じくらいでっかい盗賊が盗ろうってんだよ。だから、これから戦いが始まるんだ」

「へえー。なんだかでっかいですなー、よく分からねェっす」

「だね。自分たちのやってるこの盗賊稼業がサ、ばかばかしく感じるくらいに、ホントでっかい話だよ」

「へえ。たしかに」

 手下が体中に汗を吹き出しながら、黙って馬の背に乗せた麻袋を鍾乳洞に入れていく。

 その脇に立つ巨漢ハギーと、腕を組んでまだ何かを考え続ける少女マーヤ。

 空の向こうから、たき火にしては大きい黒い大きな煙が立ちこめているのが見えた。

「……決めた。ハギー、今からここを移動するよ」

「え? アジトを変えますかい?」

 アジトを変えるというハギーとマーヤの声に、手下二人の顔がぎょっとして互いに互いの顔を見る。

「あっちで村が燃やされてる。ここら辺も、たぶんもうすぐあいつらの手下が来るんだろうね。燃やされる前に、今の内にアジトを動かしとくよ」

「じゃあこれから移る村を決めとかなきゃ……」

 そう言ってハギーが懐から使い古された盗賊用の地図を取り出すと

「いや。……移る先はもう決めてる。ってか、もうこんなみみっちい話はやめにしよう」

そう言って、マーヤがハギーの手を押さえた。

「えっ? やめたって、じゃこれから何を?」

「王都さ。王都オルデラン」

「オルデラン!?」

 オルデランという言葉を聞いた瞬間、厳つい顔をして斧を持つハギーの顔がさらに強ばりマーヤの顔を見た。

「王都って、カシラは頭がおかしくなったんじゃないですか!?」

「こんなみみっちい盗賊なんてやめて、もうちょっとさ、もっとでっかいのを狙おうよ。国と国が戦う戦争なんて言ったら、あたし達盗賊の一大チャンスじゃない?」

「でっ、でもアッシらお尋ね者ですぜ!? 王都なんか行ったらそれこそ、町にいる保安官に捕まっちまうじゃねーっすか! オレはだいぶ長い間お頭に着いてきましたが、さすがに首切り台までは、その……」

「なんだい、着いてこないって言うのかい?」

 突然モジモジしだすハギーを見て、マーヤの目がギロリとハギーを睨む。

「だ、だってさすがに……」

「あんた、あたしについてきて何年の盗賊だい? 盗賊魂はどうしたのさ、盗賊は度胸だろ?」

「でっ、でも」

「さっきから煮え切らない奴だねー」

「……オレだってまだ、やりたいことはあるし、その」

「あーもう、この軟弱者!! 根性なし! でかいのは体だけかい!? もういい、じゃあこれからは全部あたしが一人でやる!! その代わり、ここにある荷物は全部あたしが貰うからね、いいね!!」

 そう言ってマーヤは鍾乳洞脇の地面を剣で突き刺す。

 盗賊の手下二人は黙ってハギーとマーヤの言い合いを見ていたが、そのうちハギーがこっそりと、半ば申し訳なそうに目を泳がしていたがその内に

「いや……やっぱ、着いていきます! オレぁマーヤの度胸に惚れたんだ! 斬首台までだって、地獄までだって着いて行きまさぁ!! 頭!! ドンとオレに言ってやってください!! 次は何をするんですかい!?」

 ハギーのそう言う決意の元に、マーヤはフンと小さく鼻を鳴らして空を見上げる。

「そうだね。次にするのは……」

 ごくり、とハギーと手下二人の喉が鳴る。

「……国だ。そう、次はこの国を盗む。盗もう。盗むって、決めた! そのために必要なのは……」

 堂々と、自信ありげにマーヤが言う。

 剣を持つ少女と、呆気にとられる三人の盗賊達に、一つの強い風が吹いていった。

 白い少女は、静かにカークスの顔を見上げじっとしていた。

 ブスブスと地下室の中で煙を噴いている、いくつかの燃えかけの所蔵品たち。

そのうち煙を吐き出していたいくつかが、カークスの開けた戸口からの空気に触れて赤い炎を上げだし一気に地下室を赤く埋め尽くしていく。

 少女は、じっと地下室に座ってカークスを見ていた。

 と言うより、少女は髪の毛一本も炎に燃やしてはいない。

『なにかの魔法か!?』

カークスは一瞬目の前にたたずむ裸の少女に目を逸らしたが、だがすぐに、燃える地下室でも動じない裸の少女がいるこの状況に異様を感じて、もう一度ゆっくり振り返った。

少女は、赤い瞳をゆっくりとまばたかせていた。

「き、君は……」

「……」

「君は……あの、おじいさんの家ぞ……いや。君は、人間か?」

 少女は答えなかった。

 ただ燃える地下室の中で、じっと膝を抱えてカークスの顔を見上げているだけ。

「君は……」

「わたしは、さや」

 少女は、まるでつぶやくようにカークスの問いに答えた。

 さや? 魔法の、なにかなのか?

 だが意思疎通はできるらしい。

 少女のひどく普通そうな名前……名前を名乗ったような答えに、カークスは不思議な違和感を覚えた。そんな魔法がこの世にあるなんて、そんな噂も聞いたことがないからだ。

 炎の中で裸の少女がそっと立ち上がり、踏み出して一歩ずつ、静かに階上にたたずむカークスに近づいてきた。

 小さな乳房。細く引き締まった肢体に、整った顔つき。カークスは、炎の中を歩く少女を見て、まるで人形のような少女だと思った。

 カークスは息をのんで少女に見とれていたが、そのうち近づいてくる少女がカークスの手を取り、そっと自身の胸に押しつけた。

 カークスはされるがままに彼女の胸に手を押しつけたが、それからしばらくたって

「!!」

「……」

 少女は、まるで当然のように自身の乳房にカークスの手を押しつけている。

カークスは驚いたが、だがどうすることもできなかった。

少女の、胸の紋が燃えるように輝く。

 白い肌。黒い髪。赤いのは、瞳の色。とても、人間らしいふくよかな肌触りだ。

 だが、とても冷たい。

「あ、あわわわわ……」

 しばらくカークスは少女にされるがままに手を胸に押しつけていたがそのうち、少女がそっとカークスの手を離したのでカークスは慌てて自身の手を少女の胸から離した。

「や、やっぱり君は人間じゃないな!?」

「私は、剣」

「剣?」

 後ろを振り向きながらカークスは少女に問う。

「剣を守る者。だから私は、鞘」

 そう言って彼女は、すっとカークスの脇を通り越して地下室の出口に立った。

 外には、燃えた村の残骸たちが黒い煙をあげて風に吹かれていた。

「私は鞘。内に隠す剣を納めるための、鞘」

「えっ」

少女はしばらく外の世界を見てじっとしていたが、その内カークスを振り返ってふうとため息をつく。

「きれいな空気ね」

「……きれい?」

「ずっと地下室の中にいたから」

 少女はそう言って、本当に辛そうにカークスの顔を見た。

「それにあのおじいさん以外の人に会うのは、これが初めてかも」

「君は……」

 何のための、ここにいるの?

 それを聞こうと思った。でも声が出てこない。

「ごめんね。貴方が私の剣を、握れるかどうかを確かめてみただけなの。おどろかせちゃったかな?」

「ぜ、ぜぜぜぜぜぜんぜんぜんぜん!!」

「そう、良かった」

 カークスは驚きながら少女の立つ方と反対側へと後ずさりしたが、その足が進めるのは燃える地下室しかないので後ずさりはすぐにやめた。

魔法でできた人間ではない何かのはずなのに、カークスはまるで年頃の女の子を前にしている気恥ずかしさを覚える。

しかも、少女は裸だ!

代わりにこの少女が、いったい何をするためにここにいるのかを少し体を離して様子を見ることにした。

「私はね、あのおじいさんの家に隠されていた魔剣を守るための、そのためだけに作られた魔昌体の鞘なの」

「ま、ましょう……たい? 鞘? どういうこと?」

「魔昌体。人の触れられない、ある魔剣を納め保存するためだけにここに存在する、魔法の鞘」

 言われてからカークスはハッと気が付く。

 手は、少女の柔らかい肌触りを覚えていた。

 だが少女の肌の見た目の温かみは、人にしてはどうも違う。異様に冷たかった。

 凹凸の柔らかみ、肌触りだけ人間らしい、とてもなめらかな少女の体だ。

「あの、さっきのはいったい……」

「おじいさんから、何か話は聞いてる?」

「お、俺はただ、その……じーちゃんの言ってた地下室にある物を、し、城に持ってってくれって言われただけだから、そ、その……」

 カークスはまだ手の内に残るふっくらした少女の体の感触を思い出しながら、顔を赤くして自分の正当性を主張しようとした。

 自分はただ、じーちゃんの言うとおり地下室を探し出して、その中身を城に持って行くだけのつもりだったのだ。

 そう。別に女の子の胸を触るためにここに来たのではない。

 ……自分でも、いったい何の言い訳をしているのか分からない。

 カークスはもう一度後ろを振り返り、今度はじっと少女の目だけを見つめてみた。

 ……油断すると、なんだか下の方も見てしまいそうになった。

「君は、剣を納める鞘だって言うの? 魔法の鞘? 名前は?」

「私はさや。生きた剣を納める、魔法の鞘。名前は無いわ」

「じゃあ君はこの地下室に納められてる、じーちゃんの物だと言うんだね?」

「さっきは驚かせてしまってごめんなさいね。……おじいさんは、もしかして死んでしまった?」

「……うん。いや、いいんだ。いやちがう、えっと……」

「貴方がね、私の剣を持てるかどうかを試してみたの。私がこうやって剣を守ってるのは、私の剣を持てない人が、剣を悪いように使えなくするため。それに……外に出るのって久しぶりだったし」

 そう言って少女は、ゆっくりと、未だ炎の消えない地下室から周りの風景を見てため息をついた。

燃える田畑。煙を噴く水源地の林。潰され、炎を上げて燃える村々。

「その……じーちゃんは、何か君に言ってなかった? 俺はそういう魔法とか、何か、そう言う物は、あんまり分からないんだけど」

 そもそもこの少女は、いったい何者なのか?

剣を納めていると言っているが、それは本当なのか。少年は魔法のことなど一切分からない。

 むしろ魔法が、こんなに確かな存在でこの世にあるなんて思いも寄らなかった。

 魔法なんて、そもそも大した事ができる物はもうほとんど残っていない。

 カークスは黙って、鞘の少女が答えるのを辛抱強く待った。

と、ふとある考えが浮かぶ。この瞬間、このチャンスを、もしかしたらあれにも使えそうな気がして。

少女はため息をつきつつ、まるで息をのむようにして周囲の風景を見回していた。

「綺麗な世界……」

「……」

 少女の見る、あるいはカークス達が立つ世界は、炎に包まれた地獄絵図しかなかった。

「綺麗よね」

「あ、うん……」

「何も無い王室の地下室から、ここまで出てきたのも、外に出るのも初めてだから」

「王室?」

「……私がね、あなたに伝えられそうなことは、私はあんまりもってないわ。たぶん、あなたが彼から聞いたのと同じ言葉だけ」

 そう言いながら、少女はしばらく静かに村の様子、周りの景色、山々を見続ける。

 そうしてふとカークスを見て

「私を、お城に連れてって。そうしたら、きっと貴方の知りたいことは全部教えてもらえると思う」

 ……カークスは確信した。

 少女……剣を体内に帯びるこの少女は今、自分を必要としている。

 その身に一枚の布もまとわない少女が、静かにカークスの目を見て微笑んだ。

 その目は赤く、まるで炎のように燃えていた。

 胸の紋も。おそらくそうだろう。彼女の持つ剣は、何か恐ろしい力を持っているのだろう。

 あのじーちゃんは……本当に、白の倉庫から彼女を持ってきてたんだ。

まだずっと昔、傷だらけの姿でこの村に訪れ名前も告げずに村に隠れ続けてきた、寂しい男がずっと地下室に入れて隠していた物とは、おそらく彼女と剣。

「じーちゃんが言っていたのは、君のことだね?」

「……」

 カークスの問いに、少女は小さくうなずく。

「私はまだ、完全な存在ではない。不完全な紋のまま私がここに居ては、抜かれた剣でこの国はおろか、たぶん世界中が破壊されてしまう。私の使命は、私の内にあるこの剣を永遠に私の中に留めておくことだから」

「どうしてじーちゃんはお城から、君を……」

「それは分からないわ」

 少女は微笑んだ。

「お城には、死んだ彼が長年一緒に私を研究してきた時の、その時の仲間がいるはずなの。私の紋はまだ書き終わっていない。だから……きっと彼も同じ事を考えているはず」

 そう言うと少女は、燃えるように輝く自身の胸の紋に手を置いた。

「私の封印の紋は、まだ完成されていない。早くこの紋の続きを書かないと、私はまた、心ない者に剣を使われてしまう。それは何としても防がないといけないから」

 少女は言い、強い眼差しをカークスに向けた。

 そうだ。

 この村を襲った兵士達も、たしかなにかの剣を探していたと言うことに。

 村を襲った彼らは、きっとこの彼女を捜していたのだろう。

 カークスはこれから起こるであろう事を瞬時に頭の中で思い描き、その上で、これから自分がすべきことを考えてすこし体が震えた。

恐怖だろうか。あるいは……武者震い? できるか?

 カークスは少し考えてから、うなずく。

「分かった」

 その魔剣とやらが、あいつらの探す物ならばそれを自分が持てば、少しは奴らに復讐に役立つだろう。

 魔法の存在を自分の力にできれば、おそらくこの先自分にも、きっとなにかできる日が来る。

 城までの道には、おそらくさっき村を襲ったような奴らがたくさんいるだろう。

カークスは答えた。

「俺が、きっと君を城まで連れて行ってみせる」

カークスは少女を見て、ニヤリと笑って見せた。

少女も、カークスの顔を見てにっこりと微笑む。

 争いの予感がする。

 だがカークスは、少女を、純粋に綺麗だと思った。

「おたくがクリスチーナ中将ですな? クリスチーナ・レム・マーチン空軍中将閣下。元々はマーチン社の社長令嬢としてお生まれになって、高貴な血筋に生まれながらもなぜか家を飛び出して軍に志願、社長閣下の後光も借りずにほぼ実力だけで、今の上級将校職まで上り詰めた。女にしておくのはもったいないほどの伝説のやり手、だそうで。話は聞いております」

「……」

「一時は相当荒れてたんだとか。いろいろあった時には、それこそ毎日、器物破損、傷害、窃盗、詐欺、賭博行為で町中を荒らして、果ては殺人にまで一度手を出しておられる。もちろんこれらの記録は全て軍の記録、あるいは警察、裁判所にも記録されてはいない」

「なにが言いたい?」

 機上から海兵たちが見守る中、クリスチーナは指揮台の椅子から腕を組んで、新しい仲間のナカジマ中佐を睨んだ。

 無精ひげの生えた、白いホルスターを腰にかける中背の男性参謀。

その右手にはかなり綺麗に磨かれた、ハンマーを引いたリボルバー式の拳銃が持たれている。

 兵たちの視線は新人参謀と、この右手のリボルバーの間を行ったり来たりしていた。

「いやなに、挨拶のつもりで」

「その割にはずいぶんな物を持っているな、中佐」

「お互い様でしょう中将」

 参謀はそう言って、ゆっくり機内に立つ海兵達を見回す。

 機関銃を持つ者。あるいは、セイバーソードを持って今にも参謀に飛びかかりそうな体勢の者もいる。

 海兵に廻されてくる参謀はだいたいが、クリスチーナを監視するためにクリスチーナの兄が寄越してきたスパイか、あるいは兄が掌握する秘密警務隊の人間のどれかだった。

 つまり生粋の海兵以外は、廻されてくる兵は全員、敵。

 風来坊の海兵たちはクリスチーナ中将を慕ってはいたが、同時に権力抗争に明け暮れる兄や父君以下本軍の兵士達と士官、特に秘密警務隊の人間は毛嫌いしていた。

 だから新しい参謀が着任した時は尋問も兼ねて、着任する高級参謀たちの出鼻をくじく『歓迎会』を常の行事として取り入れていたのだが。

「私を逮捕しに来たのか? これも兄上の命令か」

 クリスチーナは指揮台の椅子に座って、ゆっくりと新入り参謀の顔を見上げた。

 この参謀だけは、どうも今までの坊ちゃん気質の参謀ではない。

「とんでもない。オレぁ女手一つで海兵の荒くれ共をひっさげる伝説のクリスチーナ中将閣下が、いったいどんな人間なのか、個人的にちょっと興味があっただけなんでさ」

「フン、ずいぶんと持ち上げられたものだ」

「それは警務隊の方でもよく言われてることです。中将、どうも中将閣下は、軍内部でもどれだけ閣下のファンが多いかを、何もご存じないらしい」

「そのすごい私が、なぜ味方であるアークエンジェルの参謀君に、銃を向けられて困っているのかな?」

「単刀直入に、アーティファクトの件についてお聞きしたくてですな」

「なに?」

「あ、失礼この銃は護身用のものなので。私は閣下を撃つつもりはありません」

「はったり銃か」

「へへ、こいつらに殺されたくないだけでさ」

「買いかぶりだ。いくら私が社長閣下の血縁の者とは言え、その中でも特に端に位置する末娘、何か企んだって得られる物は何も無いただの小者だ。褒めても尋問しても、出てくるホコリは何も無いぞ」

「謙遜ですな」

「……気が変わった。本当なら次の戦闘で戦闘ついでにお前を空に放り出してやるつもりだったが、お前だけは特別に、今ここで殺してやろうと思う。褒め殺しの報酬だ。悪くないだろう?」

「ご冗談を」

 ナカジマ参謀はそう言って、手に持つ銃を軽く上下させる。

「……と、追われる前に銃を構えていた、か。面白い奴だな。いや、まるで道化みたいな奴だ」

 頬杖をつき鼻を鳴らすクリスチーナに対し、ナカジマ参謀は斜めに顔を傾けながらヘラッと笑ってみせる。

「先読みは参謀の心得ってね。道化と言えば、では少し今から中将に面白い物をお見せしましょう。あーそうそう、このリボルバーは、まずオレの誠意ってことで受け取ってください」

 今度はナカジマ参謀がゴトリと、右手に握りしめたピカピカの拳銃を指揮台の上に載せた。

 クリスチーナ中将は一瞬ナカジマ参謀のこの動きに驚いたが、表情は少しも動かさず、数名の海兵がナカジマ参謀に飛びかかろうとするのを右手を挙げて「いい」と言って抑えた。

 海兵たちはすぐに引っ込んだ。

「何をする気だ?」

「まあまあ。おい、そこのヒラ。今日補給隊から仕入れた物品は何だ?」

 そう言うとナカジマ参謀は、近くにいる海兵の一人に話しかける。

 話しかけられた海兵は露骨に嫌な顔をしたが

「……食糧と水と、弾薬と、いくつかの電装品だよ」

「電装品、ね。その中に通信機はあったか?」

 そう言うとナカジマ軍曹は脇に立つ海兵たちに見守らて、近くにあったダンボールの山を覗き込む。

タグを見て、裏返し、それからおもむろにダンボールの封を開けて中を取りだす。

 出てきたのは袋詰めされた新しい品物、マーチン社製の最新鋭の通信機と、説明書だった。

 クリスチーナは黙ってナカジマ参謀の動きを見ていたが、そのうちナカジマ参謀は何か得意げな顔をしてその通信機を指揮台の上に置いてきた。

「今からこれを、壊す」

「うええちょっと待てッ!!」

 すぐ脇にいた通信兵が、慌てて参謀の拳を引き留める。

 だが、参謀の拳は止まらない。鈍い音といくつかの精密部品が袋の中で無残にも飛び散る。

 クリスチーナは参謀の一挙手一投足を見ていたが、その内通信兵の泣き声と共に、海兵たちに驚きの声があがっていくのを見てクリスチーナは驚いた。

 袋詰めにされた新品の通信機に、電源が入っていないのに電気が流れ始めたのだ。

 微弱電流が画面上に流れ出し、次いで小さく煙を噴いて通信機はふたたび沈黙する。

 どこかから工具を持ってきた参謀が通信機の基盤を開けると、中から出てきたのは黒こげになった、バッテリー付きの小さなマイク付き盗聴器だった。

「閣下、知ってましたか?」

「いいや。何だこれは?」

「盗聴器ですよ。言ったでしょう、閣下は軍でも人気者なんだって。特に我ら秘密警務隊の中では、特に閣下は超S級の要監視対象ですよ」

「誰が仕掛けたんだ? フン、まあいい。だがここまでしておいて……」

 そう言うとクリスチーナ中将は床に固定された指揮官用の椅子を立ち上がり、指揮台に置かれたナカジマ参謀の警務隊専用の拳銃を手に取り握り直す。

「……分からんな。秘密警務隊から来たお前が、警務隊を裏切る道理が分からん。それともこれも兄上の命令なのか? ここまで演技をしておいて、私を懐柔してから監視しろと?」

「そこまで疑われると答えに窮しますな。ただ単に、オレも閣下のファンだったー、とかじゃ許してもらえませんかな」

「どういう事だ?」

「アーティファクトですよ。閣下は宝探しをしていると聞いて、あっしもそれを知りたくて飛んできたんでさ」

 ガチリと撃鉄を引き、拳銃をナカジマ参謀の眉間に向ける。

 ナカジマ参謀は、銃を向けられるとビクッと体を震わせた。だがその顔は、まだまだ余裕の構えだ。

「つまり、どういう事だ?」

「へっへっへへへ……さすが、クリスチーナ中将閣下。銃を渡さなきゃ良かったかな」

「物品破損、将校の脅迫は、お前の名誉の戦死で許してやろう。それとも……」

「まあ待ってくださいよ中将。オレは別に、中将閣下を脅したくて来たんじゃねェんだ」

「フン。本意を聞いてやろう」

「へへ、へ……閣下。今ノジックの軍は、ドイタミナにあるあるアーティファクトを探している。アーティファクトはドイタミナを掌握するために必要な、一種の儀式に使われるあのお飾りの品々だ。だが閣下はそれとは別の、本当に使えるアーティファクトを探して躍起になっているらしい」

「妄想だ。それはお前も、あるいはお前のいた警務隊の奴らが勝手に考えている妄想だろう」

「へっへっへへへへ……だが閣下、おそらくそれは嘘だ。いや嘘じゃないはずだ」

 銃を向けられながらもなお、ナカジマ参謀は額に汗を浮かべながら笑った。

「アーティファクトには、本当にどうも何か隠された力があるらしい。閣下はそれを使って、本当に何かなさるつもりなんだ」

「フン。妄想にとりつかれているな。ここで処分するか」

「今軍が把握してるアーティファクトは例のあの魔剣だけだ。閣下の兄上たちも、父君も、権力抗争ついでに、お飾りとしての魔剣探しで躍起になってる。だが閣下は、どうも魔剣以外の何かを見つけて、北に何度も兵を送っているそうじゃないですか」

「誤情報だ。私は軍を私物化した覚えはない」

 クリスチーナは眼を細めてこの参謀の腹の底を読み取ろうとした。だが、答えは出なかった。

「それで?」

「へへへ……」

「フン。権力抗争に一番先に音を上げた、根性なしの末娘だからな。そんな王国掌握用の、お高い装飾品を見る目が無いだけだろう。あるいは単に、私の部隊が空で勝手に迷子になっただけなのかもしれん」

「そりゃ本当の謙遜です。閣下は別に見る目が無いわけじゃないし、それに権力抗争も、まだ何も諦めちゃいない」

「……」

「答えはたぶん、こうだ。閣下は魔剣と同じか、新しく見つけた別のアーティファクトのそれを使って、このノジックの血みどろの権力抗争に参戦する。そのために軍でもあまり派手でなくて地味な部隊、暴れてもあまり目立たない海兵を連れている」

「殺すしかないようだが」

「へ、へへ。だがオレだってそんな夢物語を聞いて、何も思わないわけじゃない。警務隊の方でも閣下を超S級の監視対象にしているが、オレだってそのまま上の連中の命令に従うつもりはない。こんな下っ端兵士なんか続けて、忠実に命令を遂げたってどうせ最後は死ぬだけだ。違いますか?」

「フフ、兵にしてはどうもお前は、だいぶ頭がおかしいようだな。面白い。それで?」

「閣下。オレを雇ってください。オレだってなんか、閣下の力になりてェんだ」

「あるいはな。……どこでそんな話を聞いたのか、それを言え」

 クリスチーナは銃を持った手をナカジマ参謀に向けながら、静かに指揮台の椅子から立ち上がった。

「その話は、警務隊では周知の事実なのか?」

「それを確認するために、警務隊はオレをここに送ってよこしたんですよ」

「フン。人選ミスだったな。殺して置いた方が後々こちらにも被害はないようだが」

 ナカジマ参謀はややおどけたように驚いた仕草をしたが、だがクリスチーナ中将の方は違う。

 引きがねに指をかけ、周りの海兵達の目も気にせず銃口を参謀の眉間に近づけていく。

 クリスチーナはある程度まで銃口を参謀に近づけてから、突然銃口を上に向けて撃鉄を下ろした。

「フウ。お前にそこまでの思い入れがあるのは分かった。分かってなお、お前は盗聴器を壊した。この盗聴器が仕掛けられたのはおそらくお前では無い人間の仕業だろうが……」

「……」

「この部隊がどんな部隊か、知っているのか? お前が望む希望も、未来も、おそらく海兵はお前に対して用意できない。それも知ってのお前の考えがそれか?」

「へへ、へ。だから言ったじゃないスか。オレは閣下のファンなんだって」

「……なに?」

 怪訝な顔で、クリスチーナはナカジマ参謀のいやらしい顔を見る。

 海兵達も参謀を見る。

 参謀は、額に汗を拭きながらヘラヘラッと笑った。

「あるいは軍内部でも、ここまで兵士に近い上層階級の人間は皆無だ。兵の多くは閣下に好意を抱いている。その点も警務隊は、あるいは閣下の兄上も父君も、そこら辺をとても気にしておられる」

「……」

「もし閣下が反乱を起こした時は、たぶん兵たちは閣下に着いて行くと思いますよ。その中にはもちろん、このオレもいるわけで」

「それは、お前の秘密警務隊は把握していることなのか?」

「まさか!」

 胡散臭い参謀の笑顔を、クリスチーナ中将の整った白い顔と、目が、ぎらりと睨む。

「兵の好意云々は、あるいはオレが今までしゃべったことは、これはオレが一人で全部考えた妄想です。だから警務隊は、オレの妄想は一切把握してません」

 ナカジマ参謀はそう言って、口元を歪ませニヤリと笑った。

 クリスチーナは銃を持ったまま、この狸参謀の腹をどうやって割ろうか考えて顔をしかめた。

 笑ってごまかす胡散臭い参謀と、睨むようにして参謀の腹の底を見る女将校。

 彼ら二人の音もない衝突を、帽子を目深に被った一人の海兵隊員が機内の隅から、注意深く覗いていた。

 海兵は頬に、特徴的なバンドエイドを貼っている。

二人は、この名も無き海兵の監視の目に気が付かなかった。

 東に通じるドイタミナの街道を歩いていると、突然道の上に大きな影が躍り出て辺り一面を暗くしだす。

 マーヤはすぐ後ろを振り返って脇の茂みに身を隠すよう手振りでハギーたちに指示を出し、自身も急いで馬を下りて藪の中に飛び込んだ。

 空の上では、あの巨大な飛行要塞アークエンジェルが悠々とその巨体をさらし空を飛んでいた。

「まったく、嫌な光景だね。隣国の空母が真っ昼間から、こんな所の空を飛べるなんてさ」

 そう言ってマーヤは、空のアークエンジェルを憎々しげに見上げる。

 地に伏せる馬はマーヤに撫でられ満足そうに目を潤ませたが、後ろではハギーとその部下二人の盗賊が怪訝そうな目でマーヤの顔を見ていた。

「ねえお(かしら)。なんであっしらがこんな藪の中に隠れなきゃなんねーんです?」

「盗賊が昼間っから、堂々と街道なんか歩けるわけないだろう?」

「そりゃそうですが、でもお頭、さっき自分で『あたしは盗賊なんかやめる』て言ったじゃないですか」

「言ったね」

「じゃあなんで……」

「しっ、しずかに!!」

 そう言ってマーヤはハギーの口元を塞ぐ。

 次の瞬間、遙か上空を飛ぶアークエンジェルから数隻の船が飛び出しマーヤ達のいる街道付近の森に向かって急降下してきた。

 うるさい轟音、エンジン音に続き激しいつむじ風がマーヤ達の街道と藪を揺らしていく。

 灰色の哨戒艇、ノジック軍海兵隊の部隊旗をかざした海兵隊の哨戒輸送艇だ。

 腹を膨らませた歩兵輸送タイプが二隻、あともう一隻は腹に大きな地底掘削機を下げていた。

 マーヤはそれら三隻の哨戒艇達が飛んでゆく空の彼方を見つめていたが、その内海兵達の哨戒艇も遠くに飛び去ってしまい頭上のアークエンジェルも少しずつ空を離れていったので、マーヤはフウとため息をつくとポンポンと馬の首筋を叩きいななく馬を立たせ背に飛び乗った。

「ハギー。確かにあたしたちは盗賊をやめた。なのになんで、こんなにコソコソしなくちゃいけないのか。……だよね?」

「へえ。でもお頭はクニ、でしたっけ。そのクニってのぉ盗むんだとか」

「そうそう」

「あっしはそこがよくわかんねェんすよ。その、クニってのは、盗るとなんかいいもんでももらえるもんなんですかい?」

「夢はでっかくって言うじゃない」

 マーヤは馬の背中をポンポンポンと軽く蹴りながら答えた。

 隣を歩く、ハギーと盗賊たちは何か言いたげな顔をしている。

「だったらその……なんて言うか、村とか、少し大きい町とか狙ったほうが手っ取り早くねぇっすかい? それじゃ盗賊とあんまし変わんねェんじゃないかって……」

 徒歩のハギーが斧を肩に担ぎ、その後ろから盗賊の二人がうんうんとうなずきながら着いてくる。

 マーヤはウーンと唸ると、顎に手を添えて遠くの何かを見つめた。

「そうだねえ。……人間ってのはネ、何でもいいから霞の向こうには遠くても見える目標がないと、何も動こうとしない動物なんだよね」

「難しい話ですかい?」

「うんにゃ。ねえハギー、国って何か、前に少し教えてあげたよね?」

「へえ。あっしらが立ってるこの地面が、全部『クニ』ってやつなんでしょ?」

「そうさ。で、その地面に立ってる物にはね、家にも、家畜にも、それこそ人間が食べる飯にも全部、所場代ってやつが必要なんだ。税金って奴だわ」

「やっぱり難しい話ですなァ」

「でっかい話さ。それでね、その税金ってのは全部王様がこれこれいくらって決めると、そのまま指し値で全部決められちまうものなのさ。しかも、税金を取ってオマワリに追いかけられることもない」

「ほう」

「地面ってのは果てしなく山の向こうまで続いてる。そうさ、この地面を全部手に入れればさ、例えばその地面の上にある村や、町や、人間がそっくりそのまま王様の物になるんだ。苦労することなく。これがどういう事か分かる?」

「難しいッスな」

「頭が悪いねーこの子は。いいかい、あたしたちが昨日あれだけ苦労して集めてきた、この貧乏袋の中身がね、地面を手に入れたらその分だけ、そこにある村や町が一夜にして全部自分たちだけの物になるのさ。いちいち村なんか襲わなくてもいい、保安官共に追いかけられて泥だらけになる事もない。今度は村の人間が、自分たちであたしたちに金を持ってくるようになるんだ。こんなに良い事はないよ」

「ほーおう?」

 ハギーの細い疑いの目が、徐々に大きくなって馬上のマーヤを見るようになる。

 マーヤは馬の背で器用にあぐらを組みながら、遠い街道の向こうを見つめた。

「人間は欲で動くんだよ。それってすごい美しい事じゃないか」

「そりゃあ、確かにすごいですな。じゃ、王様ってのは、盗賊の親分みたいなもんなんですかい?」

「親分も親分、大親分の大悪党だよ。王様なんてのは、みんなそんな感じなのさ」

「それにお頭がなろうと?」

「そう! 夢はでっかく!! ドイタミナもでっかいさ。でもでっかいからこそ、この土地は盗み甲斐がある。そのドイタミナを盗もうとしてるのが、一つはあの空を飛ぶ奴らなのさ。あたしたちは、まずあいつらに先を越される前にこの国を盗んじまうんだ!」

「そりゃーでっかいですな! いや、さすがマーヤさん、お頭はいつも賢い! キレてらっしゃる!! このオレ様も、やっぱりマーヤ様に着いて行ってよかったですわ!!」

「ふふふー。まーねっ」

「お(かしら)はドイタミナ一の大悪党だ!」

「おだてても何もでないよー?」

「いや世界一っ!! 大悪党!!」

「いやーハハハハハっ」

「となると、オレら盗賊団もそれなりの名前とか何か、そういうのが必要ですな!」

「うーん、そうだね」

「そうですよ! ……でっでも頭、少し気になったんですけど、そう言えばあいつらは、空を飛んでるじゃないですか」

「うん?」

「あっしらにゃそんな空なんか飛べないですぜ。仲間だって四人しかいねェ、そんなので、じゃどうやってあの空のやつらと戦うんです?」

「できるさ。でも用心しなきゃダメだね。あとそれなりの準備も」

 そう言ってマーヤが大きく息を吐き出すと、ふたたび森の向こう側から新しい輸送艇のホバリング音が聞こえてくる。

 マーヤが急いで馬から下りて藪に隠れハギー達にも隠れるよう指示を出していると、そのうちマーヤ達のすぐ上を一隻の輸送艇が飛んでいった。

 街道沿いに低空飛行を繰り返すローター式の飛行輸送艇。ハッチからは地上を見下ろす形で、ノジックの装甲歩兵たちが顔を覗かせ街道を見張っている。

 吊下げラックには歩行タイプの砲台が。

 輸送艇はしばらくマーヤ達のいる空をぐるぐる飛んでいたが、その内街道の向こうに何かを見つけたのか、兵士達の指さす方へと飛んでいき兵士数名と、砲台を降下させてふたたび空の向こうに飛んで行ってしまった。

 ガサリとマーヤが藪から顔を出してみると、ノジックの輸送艇たちはすでに空のどこにもいなくなっている。

「そう。まずあたしたちに必要なのは、この空を飛びまわる忌々しい軍人達を、ドイタミナから追い出して王様に恩を売れるだけの力と、その準備が必要だ」

「げほっ、げほっげほっ……でももう一つ気になる事が」

 藪からマーヤが出て、次いで埃と泥だらけのハギーと手下達も顔をしかめて藪から出てくる。

 マーヤは彼方を見ながら言った。

「お頭、なんでったって急に、国なんて盗もうなんて思いついたんです?」

「うん。いち盗賊が国盗りを夢見て馬を駆る……素敵な話じゃない?」

「素敵すぎますよ! でっ、でもなんでそんなことなんかを……」

 ハギーがそう言って斧を構えると、その後ろに続く盗賊の手下も揃って首を縦に振った。

「はは、まあ任せてよ。それだけでっかい事だからね。大丈夫! きっとできる!!」

 馬を立たせて、マーヤは身軽にヒョイと背に飛び乗る。

 背負われた大剣が大きく揺れて、バンダナから流れた金髪が風になびいた。

マーヤは断言した。

「それがあたしの、業なのさ」

「業ってなんです?」

「あんたらには分からないことさーっ。まあ見てなって、伊達に長年盗賊稼業やってないよあたしも」

 そこまで言って、マーヤはふいに街道の向こうを見て何かに気が付き立ち止まる。

 鞍の上で半立ちになり彼方を覗き、見るとそこには先ほど輸送艇から降りた兵士たちと、旅人が何人か見えた。

「そう、話をしてればなんとやらだ。まずはいっちょう、この先の関所を通る通行料でも稼いどきますかね」

 そう言ってマーヤは背に持つ大剣を右手に構え直すと、馬の腹を蹴って兵士と旅人たちに向かって颯爽と突撃を開始した。

 カークスは必死になって街道を走り続けた。

 着の身着のまま、あの燃えた村から脱出してはや数時間。たった数時間の後に、空を飛ぶ哨戒艇に見つかって敵軍に追いかけられる。

機械の鎧を身にまとった兵士たちは、顔を覆うマスク越しにただ無言でカークスたち追いかけ続けた。

時折機械の発する金属音がつんざくようにしてカークスの鼓膜を響かせる。

 懸命に走り続けるカークスの右手。そこには、さやの冷たい掌が握られていた。

「はあっ、はあっ……う、ぐっ!?」

 駆けている途中、街道の窪みに足を取られカークスは地面に倒れた。

 一瞬だけ、手にした少女が逆にカークスを引っ張る形になったがカークスはすぐに立ち上がり……足下に、誰が落としたのか分からない古い剣が落ちている。

 反射的に剣を手に取る。誰の剣だろう。握って、敵を振り返ると、そこにはノジックの機械化歩兵達が息も切らさないで立っていた。

 兵士たちは、すぐにカークスたちを包囲した。

「へっ、生身の人間でオレ達の足から逃げられるかよ」

 顔の見えない兵士が、マスク越しにエコーを響かせながらしゃべった。

「隊長、コイツですか?」

「……おそらくな」

 指揮官と思われる兵士が兵士の肩越しにカークスとさやを覗いた。無線越しにどこかと通信しているのだろうか。

「えっらく手間とらせやがって。ガキだからって逃げられると思うなよ」

 次々と兵士たちがカークスに言葉をはきかけていると、その内指揮官が何かの無線を受信した後、エコーの響く独特の声で兵士たちに指示を出した。

「こいつだ、間違いない。女の方を確保しろ」

「男の方はどうします?」

「何か暴れるかもしれんからな、この場で処分だ」

 指揮官の声に、兵士たちはそれぞれだるそうに体を動かす。

 砲座に座った砲兵と思われる兵士がカークスの頭に砲台の照準を合わせ、残りの歩兵たちはセイバーソードのブレードを唸らせじりじりとカークスににじみ寄った。

 カークスは拾った剣を両手で握り直し、いつでも兵士の誰かに飛びかかれるよう足と腰を構え直した。

 誰から、どうやって斬ればいいのかも分からなかった。

「ち、チクショウ……」

 こんな事があるなら、もうすこし難しい魔法でも覚えておけば良かったかも知れない。

 だが、魔法を教えてくれる近所のおばさんは、すでに燃えた村の下で黒こげだ。

 カークスが一歩引き下がると、その背中に剣の少女の胸が触れた。

 これ以上、下がる場所も逃げる場所もない。

 カークスは流れる汗を鼻頭に落とすと、そこから一歩右足を引いてがむしゃらに一人の兵に向かって剣を振り上げた。

「ハッ!!」

 ガギン! とカークスの錆びた剣が、ノジックの兵の構えるセイバーソードにぶつかりスパークを散らす。

 兵士は手練れだった。そこから流れるようにしてカークスのボロ剣を受け流し、ソードをたてながら左腕を突き出してカークスの胴を狙う。

 だが突き出してから、兵は何か違和感を覚えて固まってしまう。

左腕が、肩から先が無かったのだ。

代わりにカークスの剣が一方的に兵士の剣を押し出して、兵士は無様にその場で転んでしまう。

 足下に、誰かの腕が落ちていた。

 兵士自身の腕だった。

 兵士はマスク越しに悲鳴を上げて、カークスはがむしゃらに剣を突き刺して、兵士は苦しそうに藻掻いてすぐに静かになった。

死んでいた。

「き、貴様何者だ!!」

 指揮官が恐怖の声を上げて、小隊の後ろ側を振り返る。

 そこには馬に乗る見たこともない盗賊女が、自分の体よりも大きな剣を担いで砲兵の体を突き刺していた。

 剣の切っ先が、カークスと対峙する兵の腕を落としていたのだろうか。

 女……いや、少女は馬の上で笑った。

「あたし? そうだねーぇ……ま、名乗るほどの人間でもないか、な?」

「敵か!」

「うん、敵だね。そうだねー、あたしはマーヤちゃんです。盗賊団筆頭、以後お見知りおきをっ」

「殺せ! 生きて帰すな!!」

 会話にならない会話をして馬に乗る大剣を担ぐ少女は、そのままふわっと馬の鞍から歩行砲座のシートの上に乗り替える。

大剣を振り回して砲兵の体を地面に払うと、勢いで兵士の一人に砲兵の死体が勢いよくぶつかった。

 兵士はひるむが、それでも他の兵士たちはひるもうとしない。

それぞれ光るセイバーソードを展開させるとマーヤのいる高さまで地面から跳躍、小柄なマーヤに向かって同時に、それぞれのセイバーソードを唸らせた。

 マーヤは大剣で、セイバーソードを一気に受け止めた。あるいは受け損じたセイバーソードも小さな身を翻して受け流す。

 カークスはそれら一連の兵士と少女の戦いを、すぐ近くから恐怖の思いで見ていた。

そのうち後ろから剣の少女が裾を引くのに気が付いて、はっとして剣を握り直す。

戦を装甲服に通した指揮官が、カークスに向かって銃を構えていた。

「クソッ!! 作戦失敗か、小僧! その女を渡せ!」

 指揮官が拳銃をカークスに向け、引き金を引こうとしたその瞬間。

 後ろから、勢いよく斧が飛んできて指揮官の頭をはじき飛ばす。

 カークスのすぐ近くをその顔が飛んでいき、カークスの頬に、生ぬるい血が走ってカークスは戦慄した。

「いよぅボーズ! 命拾いしたな!! この怪力ハギー様がお前を助けてやったぜ! 感謝しなよ!? そのぶん、あとでたっぷりもらってやるからよ!!」

 ガハハハハと豪快な笑い声を発して一人のスキンヘッドの男が、カークスたちに向かってのっしのっしと歩いてくる。

 その男は、明らかに盗賊風の身なりをしていた。

 あるいはそのスキンヘッドの男が率いる手下二名も、あるいは、ノジックの歩兵小隊を全滅させたバンダナの少女も、荷物を大量に持ち馬に乗せて歩いているその姿はまさに盗賊だった。

「さっ、終わり終わりーっ」

「お頭、お疲れ様です」

「どうだい坊や、異国の兵士に襲われていたところを盗賊団に助けられたご感想はっ?」

 そう言って少女は血塗れの大剣を地面に突き刺し、血に汚れた頬をゴシゴシと腕で拭き取った。

 ニッコリと、少女はカークスに笑いかけた。

「あっ、貴女たちはっ……」

「んー、なんだいお礼もしないのかい? 最近のガキは礼儀も知らないんだね。それに……なんだ文無しかい?」

 地面に突き刺した大剣を担ぎ直し、斧を持った大男と一緒に盗賊たちが名も知らぬ兵士たちの死体をつま先で蹴って踏みつぶす。

「あたしたちはね、盗賊様。弱きを倒し、強きをくじく、善も悪もない追いはぎだよ。さ、出すもの出してもらおうか」

「な、無いですよそんなもの」

「ふふん。あんた、向こうの村からやってきたクチだね? こいつらに村を燃やされた?」

「盗賊に教える事なんてありません」

 カークスは気丈に答えると、少女を背にする形で剣を構えた。

 実際、カークスは今着ている服以外は何も持っていなかった。

 あるいは今手にしている拾い物の剣も手放せば、足下に転がる兵士たちのように自分たちもなるだろう。

 カークスは慎重に、盗賊と名乗る少女たちの出方をうかがい剣を構え直す。

「……うん。ま、それも正論だね。ああそうだ、そういや名前を名乗ってなかったわ。あたしの名前は、マーヤ」

「オレ様の名前はハギーだ」

 盗賊たちはニヤッと笑ってうなずき合った。

 突然盗賊に名前を名乗られて、正直言うと、カークスは戸惑った。

 カークスたちは、ノジックの兵士たちに村を燃やされた時のまま、着の身着のままでここにいた。

 剣の少女さやは、ボロ切れをまとったその身をギュッと握り直し、カークスは再び拾った短剣の柄を握る拳に力を入れる。

自分の名前は名乗らない。名乗って盗賊にどうかされるかも知れないから。

「フフフーン、まあいいや。いやなに、取って食おうってワケじゃないのさ。ただね、少しアンタらに協力してもらいたいことがあってね」

 だがマーヤが見る二人に対する目は違う。

 後ろで棒立ちをする残りの盗賊たちを置いて、マーヤは余裕の構えでまずカークスの剣を横に払い、鋭い目つきでカークスと、ボロ切れだけをまとう少女の体をなめ回すように見ていった。

 さやの、特に顔周りとはだけた肢体、特に胸元をいやらしく見て回った。

「へへえ、なかなかいいタマじゃないか。まるで人形みたいに綺麗な顔で、それに体つきも……」

「そ、それ以上近づくな! お、俺たちに何を求めるって言うんです!」

「フフ、いやなにそう急ぐ話でもないサ。ただこの先にある関所で、あんたらの体に一役買ってもらいたい……ん、おや?」

 と、突然マーヤの目つきが変わり何かを見つけて驚く。

 カークスはマーヤの驚く声に反応してその視線を追ってみたが、そこにあるのはさやの、ボロ布より少しはだけた少女の胸元、大きく膨らんだ、女性の胸だった。

 そこでは魔術の紋様が、剣の封印の紋が、生きた炎のように青く踊っている。

「これは……」

「……」

 マーヤの目が、しばらく少女の紋に釘付けになりカークスと少女を見た。

 少女は恥ずかしそうにマーヤの視線を受けながら横を向いたが、だが胸元の青い剣の紋様はマーヤの視線を受けて激しく燃えさかる。

 紋は村でもそうだったように、今でも少女の胸元で青く踊る様にして円を描いていた。

「……むっ」

 マーヤが紋にさわろうとすると、まず最初に少女が激しく触れることを嫌がり、それでも無理に紋にさわろうとすると、今度は紋の方がマーヤの手を炎で拒否した。

 マーヤの手がある程度まで近づくと、マーヤはそのまま力を入れて紋に手を触れようとして、そのまま固まってしまった。

「なんだいこれ」

「い、いやっ」

 少女が苦しそうにうめき声を上げる。

 紋は、少女の胸の上で踊り続けていた。

「なん、と。いや……なんだいこれは?」

 少し息を荒くしてマーヤがため息をつき、今度は後ろから盗賊仲間たちが少女の剣の紋を覗こうと立ち上がる。

マーヤはしばらく考えるような素振りをしていたが、次いで何かを思いついたのか今度は盗賊仲間たちを手で追い払い「ふむ」と小さく声を出す。

「いやーこれは……いやなんと、まさか生きてる間にこんな物を見られるなんて。いやなんというか、キミ、面白い物持ってるね」

 マーヤは、顎に手を添えて何かを考え出した。

「物?」

「物だよ。あんた……いや、キミはじつに面白い物を連れている。これは……うん」

「彼女は物じゃない、彼女はさやって言うんだ」

「はあ? さや? ははは。さや、ね。その名前は誰がつけたんだい? 彼女には名前なんてないんじゃないのかい?」

 そう言ってマーヤは何か物知り顔で、剣を持って軽快を続けるカークスに顔を近づけた。

「まあそう力むなよ坊や。そうだね。……そうだ、ねえ坊や。これから少し、あたしたちと一緒に旅をしてみないかい?」

 突然、マーヤが何かいたずらっ子のような笑顔でカークスにほほえみかける。

 驚いたのはカークスと、後ろに控えていたマーヤ率いる三人の盗賊たちだった。

 マーヤの方は、まるで自分が言っていることがさも当然のようにしているが。

「は? え、いや、えっ?」

「いやなに、少し気が変わっただけだよ。とくにこの女の子を見てね、気に入った」

「……」

「本当はねー、アンタらを少し剥いで関所を通る通行料でも稼ごうと思ってたんだけど」

 カークスは突然の旅の仲間の申し出に驚いたが、と同時にカークスは、マーヤの最後の言葉にぞっとした。

 救ってくれたこの盗賊たちは、もしこの後ろにいるさやがいなければ、自分もあの兵士たちと同じように殺されていたかもしれないのだ。

「剣でやりあうのもめんどうじゃない? これを……ああ、いやごめんね。この子を巡って君と斬り合うのも後味悪いしさ。だったらさ、二人まとめて、あたしと一緒に旅でもしようよ。どうせねぐらも金も何も持って無いんだろう?」

 マーヤはにっこり微笑んだ。それも盗賊少女特有の、ずる賢そうなとびっきりの笑顔だ。

 後ろでは巨漢のハギーや盗賊たちが、何か気に入らないような顔でカークスたちを見ている。

 盗賊たちは、いったいさやに何を見つけたというんだ?

 カークスは、謎の多いこの気まぐれそうな少女と、盗賊たちが、信用できなかった。


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