表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宣教師トビアスの日記  作者: 長谷川
宣教師トビアスの日記Ⅱ
5/19

アマゾーヌ女帝国――華都ペラヒーム1

≪通暦一四五七年 理神りしんの月・義神ぎしんの日


 北東大陸にエレツエル神領国が興り、≪人世期≫の始まりが宣言される以前からエマニュエルに栄えていた数少ない国の一つ。

 それがアマゾーヌ女帝国である。


 女帝国は≪大穿界だいせんかい≫によって地上が魔物と瘴気に支配された≪暗黒期≫のさなか、美神ヤッフェの神子によって建国された。

 歴代の女帝(女帝国では華帝かていと呼ぶそうだ)には代々≪美神刻ヤッフェ・エンブレム≫が継承され、美しき神子が長いときには数百年もの間国を治めると聞く。


 ロクサーナの話では、今の華帝は名をサンドリアーヌというらしい。

 彼女の治世は既に百年以上続いているが、その姿は若く麗しい少女のままだという。


 叶うことなら一度そのご尊顔を拝したいものだが、そう話したら私には無理だとロクサーナに一蹴された。ペラヒーム宮殿に入れるのは華族とそれに仕える女官、あとはよほどの美男子だけだからと。

 一言も反論できなかったことが悔しかった。とても悔しかった。


 しかしロクサーナは本当に華都かとへ行くつもりなのだろうか。それには問題が多すぎる。

 ロクサーナは何度も行ったことがあるから勝手は分かる、心配ないと言っているが、果たして本当に大丈夫なのだろうか……。≫






 目の前から注がれる刺さるような視線に、トビアスは必死に耐えていた。


 刃にも似た眼差しは、鋭角的な形の眼鏡の奥からじろじろとトビアスを値踏みしている。


 上から下まで舐めるように観察され、それに沿って相手の視線が動く度、トビアスは肌を浅く切られているような気分になった。

 思わず〝早く楽にしてくれ〟と願わずにはいられないほど、辺りの空気は重い。やがて麗しの入洛審査官は最後の確認を終えるや、すぐさま手元の書類に何事か書き込みながら言う。


「入洛を拒否します」

「ええええええ!」


 予想はしていたがつい頓狂な声が出た。


 そこはアマゾーヌ女帝国の華都ペラヒーム――その入り口に設けられた関門〝審美館しんびかん〟だ。


 ペラヒームはアマゾーヌ女帝国の中心で青々と水を湛える巨大な湖の上に築かれた街だった。ゆえに岸から街へ入る道は湖の南から伸びた一本の橋しかなく、審美館はその橋の入り口に設けられている。


 その名が示すとおり、審美館は入洛希望者の〝美しさ〟を審査する場所であった。美神ヤッフェの神子が治めるこの国では〝美しくないことは罪〟なのだ。

 現に目下トビアスを入洛に値しない存在――つまり〝醜い〟と判断した妙齢の入洛審査官は実に美しい。女帝国の都に出入りすることができるのは、国が設けた美の審査基準に達した者だけだからだ。


「い、いや、あのですね、私は」

「結果は以上です。お引き取り下さい」


 取りつく島もなく、美貌の入洛審査官は眼鏡の端を持ち上げながらそう言った。

 その口調に抑揚はない。が、トビアスを映した瞳がはっきりとこう言っている。〝汚らわしい〟と。


 だからここへ来るのは嫌だったのだと、トビアスは泣きながら走り去りたい衝動に駆られた。

 女が国民の七割を占めるアマゾーヌ女帝国では、男は存在自体が醜いとされる。ゆえに男は常に差別の対象であり、アマゾーヌの女たちは男と口を利くことさえ嫌うのだ。特に華都でその傾向が強いのは、歴代の女帝が醜いものを目にすると悪心を催す持病を患っているからだという。


 とは言え一方的に〝醜悪〟のレッテルを貼られたあげく、同じ空間で息をするのも苦痛だと言いたげな視線を投げかけられては、さすがのトビアスも両手で顔を覆いたくなった。

 しかも相手がまた非の打ちどころのない美人であるからもはや反論のしようもなく、生まれてきてごめんなさい、と謝りたい気分になる。


 ところがそのとき、


「いんや、そやつを入れてもらわねば困るき」


 と、俄然審査官の後ろから声がした。

 そこで腕を組んでこちらを見つめているのは、既に入洛の許可が下りトビアスの審査が終わるのを待っていたロクサーナだ。


「いえ、残念ですがそれはできかねます。こちらの御仁はすべての項目において審査基準を下回っております。たとえ身元が確かであっても入洛を許可することはできません」

「そやつはわーの下僕でおじゃる。下僕が傍におらんと困る」


 トビアスは激しく咳き込んだ。ちょうど飲み込みかけていた唾がロクサーナのとんでもない発言のせいで気管に入り、しばらく一人で苦しんだ。


 が、これには入洛審査官も面食らったようだ。彼女は微かな動揺を乗せた目でトビアスとロクサーナとを見比べると、今一度トビアスの身上調査書に視線を落としながら言う。


「し、しかし、この者は確か修道士では……」

「そうじゃけんじょ、修道士を下僕にしたら何ぞ悪いのきゃえ?」

「い、いえ……しかし、仮にも神に仕える身である者を……」

「そやつにとってはわーが神じゃき。そのように調教したもんでの」

「そ、そうですか……では奴隷入洛税を別途支払っていただければ入洛を許可しますが」

「うん。ではそのようにしてたもれ」


 言って、ロクサーナは腰帯に括りつけた財布から、先程両替したばかりのアマゾーヌ銀貨を三枚出して差し出した。


 審美館のすぐ外には下町と呼ばれる小さな町がある。入洛許可が下りずにあぶれた者が仲間を待つ間寝泊まりする宿や、悪臭がすることから都内に入ることを許されない皮鞣し職人や石鹸職人の工房、女帝国では賤職とされる肉屋や両替商などが集まってできた町だ。


 トビアスとロクサーナは、その町で既に必要な両替を済ませていた。たとえ入洛を許可された者であっても、華都へ入るためには通行料を取られるからだ。


 しかしすんなり許可が下りたロクサーナの通行料が銀貨一枚で、トビアスに課された奴隷入洛税とやらがその三倍というのはいくら何でも高すぎる気がした。

 銀貨三枚もあればトビアスなら一月は過ごせる。男が華都に入るのは、それだけ難しいということだろう。


「だとしてもいきなり〝下僕〟はないんじゃないですか? いくら何でもあんまりですよ」

「しょーがなかろうもん。昔から華都に入れる男子は、よほどの美男子か奴隷だけと決まっておるき。逆に言えば、奴隷と言って金を払えば誰でも入れるということでもあるがの」

「女帝国の奴隷に女性はいないんですか?」

「おらん。この国では古来から扱き使われるのは男子だけと決まっておる。女帝国の女子は我が子であっても、醜ければふぐりを落として奴隷にするき。男子は女子に絶対服従で、逆らえば即死刑。それがこの国の法でおじゃる」


 審美館から華都の門へと続く長い橋を渡りながら、話を聞いたトビアスは思わず身震いした。噂には聞いていたものの、やはりアマゾーヌ女帝国というのは恐ろしい国だ。


「あ、それはそうとロクサーナ。あなたがさっき入り口で払った銀貨なんですが……」

「うん?」

「ええと、そのですね。あれを私の通行料とすると、少々不都合が発生すると言いますか……お支払いしたいのは山々なんですが、生憎今手持ちが……」

「ああ、そんなこと。気にせんで良いでおじゃる。この分はあとできっちりそもじの教会に請求するからの。利子は一月につき銀貨一枚じゃき」

「あなたに喜捨の精神はないんですか!」

「何じゃ、不満なんきゃえ。しょーがにゃーの……ほいなら利子は取らんでおいてやるき。まあ、そもじが絶対にあっこを通れんと分かっていて連れてきたわーにも非はあるしの」

「え? 分かってたんですか?」

「当たり前でおじゃろうもん。そもじはどう贔屓目に見ても美男と呼ぶには痴がましい。ただそもじの審査結果に興味があっての。それで後ろから評価書を盗み見とったんじゃけんじょ、そもじの顔の評価は〝下〟でおじゃった」

「自覚はあってもそこまで酷評されると暗黒神ホシェクに心を預けたくなりますね」


 できるだけ感情を押し殺し、しかしトビアスは吊り上げた口の端を歪ませながら言った。自分が美男だなどとは端から思っていないものの、審美館でのあの扱いのあとにこの痛言とあってはさすがのトビアスも信仰心こころが折れる。


 ホシェクはオールの仇敵だ。今だけは絶望を司るその神を受け入れてもいいような気がする。


 が、


「――ならん!」


 突然橋の上に響き渡ったロクサーナの烈声に、トビアスは驚いて立ち止まった。


 それよりも数瞬早く、ロクサーナもまた足を止めている。しかし俯いた彼女の表情はトビアスの位置からは見えず、ただ握り締められた彼女の拳が震えていることだけが分かる。


「阿呆なことを申すな! ホシェクに心を明け渡すなぞ、決してあってはならんことじゃ! そもじも光神の僕なら、気安くホシェクの名など口にするでにゃー! 良いな!」


 今までにない剣幕で怒鳴られ、トビアスは答える前に唖然としてしまった。ロクサーナは依然顔を伏せているが、大声を上げたせいかわずかに息を上げている。


 が、トビアスがいつまでも呆けていると怒ったように顔を上げ、キッと睨みつけてきた。その視線の険しさにトビアスはまたたじろいでしまう。


「返事は!」

「は、はいっ! す、すみません、でした……」


 何が彼女の気に障ったのかは分からなかったが、トビアスはひとまず謝った。するとロクサーナは鼻を鳴らし、トビアスをもう一睨みしてから歩き出す。


 トビアスもまた少し遅れてそれを追った。ロクサーナは暗黒神がそんなに嫌いなのだろうか。

 確かに創世の二十二大神と対を成す二十二の悪神は、信仰すれば異教徒として火刑に処される。悪神とは魔物はびこる地の底の世界、〝魔界〟を司る神々だからだ。


 ――もしかしたら、ロクサーナは。

 そこで一つの仮説がトビアスの脳裏をよぎった。


 もしかしたらロクサーナは、魔物に故郷を滅ぼされた少女なのではないか。だから帰る家をなくして雲民となり、そのとき散り散りとなった同郷の仲間を探して旅をしている。


 そう考えればロクサーナが魔界の神であるホシェクを嫌っているのにも納得がいくし、すべての辻褄が合うような気がした。


 だとすれば自分は、たとえ冗談でも許されないことを言ってしまった。そう思い、トビアスは首を竦めてロクサーナの背中に言う。


「ロクサーナ。あの……本当にすみませんでした」

「もう良い。ただし、わーの前でその話は二度とするでにゃー」

「は、はいっ」

「それより、ほれ。見えてきたぞえ。あれが華都ペラヒームへ至る唯一の門、美神門じゃ」


 言って、ロクサーナがおもむろに指差したのは、橋の先に佇む巨大な石造りの門だった。淡黄色の砂岩を積み上げて造られた二本の柱はトビアスの背丈の四倍はあり、その上に地上を見下ろして微笑む女神ヤッフェの姿が彫られたアーチが載っている。


 そのあまりの迫力に、トビアスは度肝を抜かれて立ち尽くした。

 これほど巨大で壮麗な美神像はどれほど有名な美神系教会にもあるまい。そんなものが当たり前のように置かれているのはここが美の神ヤッフェの国、アマゾーヌ女帝国だからだ。


「す、すごい……」


 とトビアスが茫然自失したのは、その門を潜ってからも同じだった。この美しすぎる街並みをそんな平易な言葉でしか形容できない自分が嫌になってくる。


 悠大なペラヒーム湖の上に築かれた水上都市は、巨大な円の中心に小高い丘を持つ花の都だった。丘の頂には淡黄色に輝く煌びやかな王宮があり、そこから麓へと下る丘の斜面にもびっしりと建物が並んでいる。


 その麓には平地が広がり、そこにも建物がところ狭しと並んでいた。美神門を抜けた先はまっすぐに丘へと続く目抜き通りになっていて、左右には宿や各種商店が軒を連ねている。

 街のあちこちには色とりどりの花が咲き乱れ、春風に乗っていくつもの甘い香りが漂ってきた。しかし何よりも目を引くのは、街を行き交う華やかな女たちの姿である。


「本当に女性ばかりなんですね……ここから見た限りじゃ、男性が一人もいない」

「このような人通りの多い場所を、奴隷や男娼が歩き回るのは禁じられておるからの。唯一許されるのは主人の荷物持ちくらいでおじゃる」

「この街では、男は自由に出歩くこともできないんですか」

「その国にはその国の文化というものがある。民はそれを当たり前じゃと思うて暮らしておるき。たとえそれがどんなに理解し難いものであっても、受け入れねば土地の者と心を通わせることなぞできん。それが旅の基本でおじゃる」


 落ち着いた口調でロクサーナが告げた言葉に、トビアスは図らずもはっとした。

 確かに自分は今、男を差別するこの国の在り方に一抹の憤りを覚えていたが、思い当たることは他にもある。南のルエダ・デラ・ラソ列侯国で、レグンブレ村を訪ねたときのことだ。


 あのときもトビアスは自分が群立諸国で培った常識を当然のように無視する人々に戸惑い、わずかに腹を立てたりもした。しかしレグンブレ村の人々は、トビアスにとっての〝非常識〟を〝常識〟と捉えて生きてきたのだ。


 トビアスはそれを理解しようともせず、安易に野蛮だと思ってしまった己を恥じた。自分たちを野卑だと見下す相手の言葉に耳を傾ける者がどこにいよう。

 常識や文化など、国によって違って当然なのだ。そんな単純なことにさえ自力で気づけなかった自分が、今はただ恥ずかしい。


「とりあえず、まずは宿に行くとするかの。途中で買いたいものがあれば言うでおじゃる。一応そもじはわーの下僕ということになっとるき、この街では下僕に物は売らんからの」

「わ、分かりました……」


 やはり下僕と呼ばれるのにはいささか抵抗があるものの、トビアスはこの国のルールに従って、今だけはロクサーナの下僕らしく振る舞うことにした。主人役の彼女の隣に並ぶことは避け、そのやや後ろを少し遅れてついていく。


 道行くアマゾーヌの女たちは、やはり皆美しかった。

 衣服もやわらかな絹地のものを着ている者が多く、染め色も鮮やかで、女たちそのものが花のように見える。


 が、一方の女たちは、トビアスにあからさまな嫌悪の眼差しを投げかけてきた。

 何故こんなところに男がいるのかと、誰もが汚物でも見るような目でトビアスを眺めてくる。


 中にはひそひそと囁き合ったり、近づくと露骨に避けたりする女もいて、トビアスは未だかつてないほどの居心地の悪さを感じていた。それも皆が皆、目の覚めるような美人ばかりなだけに、トビアスの精神はごりごりと削られていく。


「ここでおじゃる」


 やがてロクサーナがトビアスを導いたのは、目抜き通りを半ば過ぎたところにある大きな宿だった。

 柱の間を白い漆喰で塗り固めた建物で、入り口や上階の窓にはやはり溢れんばかりの花が飾られている。


「あら、ロクサーナじゃないの!」


 と、そこへ入るなり声をかけてきたのは、帳場にいた一人の女だった。


 歳は三十二、三だろうか。

 肩に薄絹のストールをかけていて、ロクサーナを見るや身を乗り出してくる。


「久しぶりね! 元気にしてた?」

「まあの。宿は繁盛しとるのきゃえ?」

「おかげ様でね。こないだ商売敵だったあの宿をついに潰してやったのよ。そしたら急に景気が良くなっちゃって。――で、そちらは? また新しい下僕?」


 と、いきなり自分に目を向けられて、トビアスは色々な意味で固まった。


 まずは目の合った宿の主人が、例に違わず空恐ろしいほどの美人だったこと。その彼女が今、あまりにも平然と不穏なことを口走ったような気がしたこと。


 そしてこれまでもロクサーナには何人かの〝下僕〟がいたらしいこと。


 それらに対する衝撃が一気に押し寄せ、トビアスの頭の中を真っ白にしたのだ。


「うん、まあそんなとこじゃの。こやつはトビーでおじゃる。また数日世話になるぞえ」

「いいわよ。だけど彼、聖職者の格好をしてるじゃない。どこの神の僕だか知らないけど、勝手に横取りしちゃっていいの? 面食いのあなたが選んだにしては珍しく地味だし」

「たまにはこういう趣向も良いでおじゃろ。おかげで審美館を通るのには苦労したがの」

「でしょうね。だけどあなたが選んだってことは……」


 言いながら女はするりとストールを外し、おもむろに帳場を出てトビアスへ歩み寄ってきた。


 途端にトビアスは絶句する。

 それまで台に隠れていて分からなかったが、女は胸と尻だけを隠した、あまりにも布地の少ない格好をしていたのだ。


 おまけに肩にかけていたストールも外したせいで、女はその豊満な胸をほぼ半分曝け出していた。そんな裸同然の格好で近寄られては堪らないとトビアスは慌ててあとずさったが、それを許さないと言うように女が手を伸ばし、トビアスの顎を掴んでくる。


 そのまま唇と唇が触れそうな距離まで顔を近づけられ、トビアスはますます硬直した。おまけに女の体はトビアスに密着し、とりわけ胸のやわらかな感触が上体に押しつけられてくる。


 これはまずい。まずいまずいまずい。そう思いながらも固まって身動きが取れず、トビアスの頭にはみるみる血が上る。


「うふふ。やっぱり〝坊や〟ね」


 やがて愉快そうに笑った女がそう言って手を放したときには、トビアスは前屈みにならざるを得ない状態になっていた。


 それを見たロクサーナが、呆れたようにトビアスを眺めている。その痛いほどの視線は確かに感じるが、情けない姿勢になったトビアスは顔を上げることもできない。


「トビー。そもじ、去勢はしとらんのきゃえ?」

「こ……光神真教会は、そこまで徹底してませんので……」

「まったく、修道士というのはほんに困ったもんでおじゃるの。ほいならわーはこれからちぃと出かけてくる。その間に部屋を借りてさっさと始末しんしゃい」

「で、出かけるって、どちらへ?」

「女帝国正教会の大聖堂に詣でてくるでおじゃる。あっこは男子禁制じゃからの。あとついでに、馴染みの娼館にでも寄ってくるかのう」

「は!? いいいいけませんよこんな真っ昼間から! し、しかもまだそんなお若いのに!」


 思わせぶりな態度を見せたロクサーナに、トビアスは自分のことを棚に上げて叫んだ。

 するとロクサーナは驚いたように目を丸くして、トビアスをじっと見つめてくる。


「トビー。そもじ、わーを何歳じゃと思っとるのけ?」

「え? な、何歳って……十四歳か十五歳か、それくらいでは……?」

「ほう……そもじもまだまだじゃの」

「な、何がですか!?」


 意味深な答えを返されトビアスは思わず聞き返したが、ロクサーナはその問いに答えてくれなかった。

 あとは「じゃ」とだけ言って身を翻すと、宿の出口に手をかけて、一度だけこちらを振り返る。


「ほいなら行ってくるき。わーが戻るまで出歩くでにゃーぞ。さっきも言うたけんじょ、男子が一人で街をうろうろしておると、すぐに警士に捕まって投獄されてしまうからの」

「ちょ、ま、待って下さい、ロクサーナ!」


 ロクサーナは必要なことだけ言い置くや、さっさと宿をあとにした。

 それを引き止め損ねたトビアスは、片手が空しく宙を掴み、自分がますます情けない格好になっていることを自覚する。


「それで? お相手は必要かしら、坊や?」

「け……結構です……」


 にこにことした宿の主人に尋ねられ、トビアスは青ざめながら答えた。


 やはりこの国は恐ろしい。

 のちの世の宣教師のためにも、そのことはしっかりと記録しておかねばなるまい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ