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鍵師  作者: 蓮 流人
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3.騒ぎ


 ユセムは宿を出て伸びをする。また鍵がジャラリ、と音をたてた。

 天気は快晴、時はちょうど昼。昼飯にはちょうどいい時間だ。


「さて、まずは腹ごしらえだな。」


 ぐぅ、と空腹を訴えるお腹を押さえると、商業地区に向かおうとした。

 しかし、


「カヴァンがやられた!」


 背後から聞こえてきた叫び声に足を止める。

 外へ繋がる門の辺りが騒がしい。数十人の人混みが出来ている。いったい何事だろう。

 ユセムは門の方へと向きを変えた。



 門の周りにはたくさんの人々が集まっていたが、騒ぎの中心は地元の人々のようだった。その周りに野次馬が集まっている。


「何があったんですか?」


 騒ぎの一番外側にいた野次馬をしている女性に尋ねてみる。

 ブラウンの長い髪と瞳の女性は驚いたように振り返ったが、ユセムに目をとめるとまた前を向いた。


「街の外で誰か襲われたみたいです。」


 それだけではよく分からない。しかし女性もそれ以上は知らないようだった。

 女性にお礼を言うと、人混みを掻き分けて前へと向かう。少しもみくちゃにされたが、何とか脱け出した。


 人垣は唐突に途切れていた。真ん中に丸く空いた空間には血塗れで倒れている若い男とそれを取り囲む数人。短い金髪や動きやすそうな服に血を飛び散らせた男の傷を止血している。

 傷を負った男は地面に寝転がり呻いている。


 一番酷いのは脇腹の傷。止血しようとあてられた包帯に、今もじわじわと赤い染みが広がっている。その他にも肩や太ももに血のついた包帯が巻かれていた。

 しかし、包帯が巻かれていない肌にも細かい傷がある。ユセムは眉をひそめた。


 いったい誰に襲われたのか。

 魔物にしては怪我の負い方がおかしい。魔物に襲われた場合、腕や足などの噛みやすい部分や大抵の生き物にとって急所である頭に傷を負うことが多い。

 魔物ではないとすると盗賊の類いか。

 いや、それも違うだろう。身体中に細かい切り傷をつける一番簡単な方法は魔術だ。魔術師の盗賊などほとんどいない。魔術師は依頼で十分に生計がたてられるからだ。


 では、何故魔術師に襲われたのか。



 その場にいる人達には話を聞けそうにないと判断し、ユセムは人垣から離れると街の外に向かった。



 ジゼリナから一歩外へ出ると瞬く間に喧騒が遠のいた。辺りに落ちる静寂はのどかというより不気味だ。


 街を囲む城壁の周りには踝ほどの草丈をした草原が広がり、さらに少し城壁から離れるとちらほらと木々が生え始め、幾らもいかないうちに鬱蒼と茂る森になる。人通りの少ない細い道が、木々に埋もれて闇に消えている。

 昼間だというのにひどく薄暗い。


 もしこの辺りで襲われたのなら近くに魔術の跡があるはずだ。

 そう思い、ユセムは周辺を見回った。



 30分ほど探した所で木々がなぎ倒されて出来た空間を見つけた。

 数本の木々が根元近くをすっぱり切られて地面に転がっている。倒された幹にも数えきれない小さな傷。

 周囲の草にもその跡ははっきりと残っていた。

 そして赤く染まった草。


 間違いない、ここだ。


「やっぱり魔術か……。風、だな。」


 ユセムは残った切り株に近づき、断面を覗き込んだ。きれいに切断されている。風の魔術だと予測がついた。


 これで、犯人は魔術師だと確定した。しかし個人を特定するための証拠が一切残っていない。

 辺りには魔術の跡しか残されていなかった。


 もう少し粘ってみるか、とユセムは辺りを捜索し始めた。



 倒れた木々の陰を一つずつ覗き込んでいくが何もあるはずはなく。

 最後に血溜まりに一番近い木の陰を覗く。

 案の定、そこにも手がかりはなかったが、視界の端に不自然に倒れた草が入る。

 魔術で切られたのとは違い、何かが上を転がったような跡だ。

 跡を辿った先にあったのはユセムが見慣れた物。


「……鍵。」


 ユセムが拾い上げると、今手に持っている鍵と同じく、ジャラリと音がする。

 魔術師で鍵師という者は知っている限り一人しかいない。その人物はあり得ない。

 転がっていた位置からしても、この鍵の持ち主は、


「あいつ、鍵師だったのか。」


 血だらけで地面に横たわっていた男を思い浮かべた。

 そして両手に持った鍵を見比べた時、


ぐぅ…


「昼飯、忘れてたな…。」


 お腹が切ない音をたてた。


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