空の階(きざはし)
どうも、維月です。
学生時代に書いた物に手を加えて書いてみました。
拙いですが、こんな物でも宜しければ謁見の程を。
それでは、失礼致します。
鈍色に歪んだ空が、時折ごろろと機嫌を損ねている。
そんな今は、黄昏時。
「くそっ、なにも見えやしねぇっ!」
ワイパーの向こうで毒づいたのは、運転席に座っている少年だった。
けれど、誰も彼をなだめたりはしない。
なぜなら彼は、車の中に一人きりなのだから。
助手席にある携帯が、しきりに点滅している。
それは、彼が窮地に追い詰められていることを証明する、唯一の証人だ。
ぎし、と鈍い音がして、車はその動きを止めた。
「ったく……なんだよ、こんな時に!」
彼は、携帯の画面を見る。
溜まっているのは、不在着信10件と、伝言メモが2件だった。
(着信はいいとして、伝言メモ?なんだろう……)
指は、多少戸惑った後、おそるおそるメモの再生を押した。
『あっ、もしもし? 日の出ローンですけど、お宅、ご友人の山上○○さんの連帯保証人でしたよね?滞納したままドロンされて、こっちも困ってるんですよ、今週中に必ず50万払ってください!またかけ直します……』
青くなって、途中で伝言を切り替え、次の伝言を聞いた瞬間、彼は運転席に突っ伏してしまった。
『ちょっとお兄ちゃん!? 前に貸した30万、早く返して!』
(無情だ……!俺って、昔からツイてないんだよなぁ……今月の生活費すら危ういってーのに)
だから、野宿するつもりなのである。
携帯を助手席に放り投げて、彼はヨロヨロと車から出た。
俺、ていうか今更自己紹介しても仕方ないんだけど、青海俐生、24才。
自分で言っても悲しいけど、売れないミュージシャンだ。
4年前、親の反対を押し切って実家を出て、念願叶っての一人暮らしをしていた。
けど現実は、想像以上に冷たかった。世間の荒波ってヤツだよな。
「はぁ……頼りのばぁちゃんからも見放されて」
(どうすんだよ……あ〜、腹減ったなぁ。食いかけの菓子パン、まだ残ってたかなぁ?)
そんなことをぼんやりと考えつつも、コンビニの袋をあさってみる。
しかし出てきたのは、少しのゴミだけだった。
いづれ、この車もガソリンが尽きて止まるだろう。
「はっ……生きる資格なしってか……自業自得だよな、俺ってやっぱりツイてない。バカだよなぁ、今更気づいても遅いってーの」
先よりも小降りになった小糠雨の中で、俐生は引きつれた笑いを浮かべて、鈍色の空を見あげた。
(もういい、いっそ死んでしまおう……もう疲れた)
ヨロヨロと土手を下り、川岸に近づいていく俐生。
川は、囂々(ごうごう)と濁流が逆巻いている。
(案外、深いな……ここなら楽に逝けそう)
腰までが濁った水に浸り、俐生は濁流に倒れ込むように沈んだ。
(く……るしっ、泳げねぇンだった! 昔っから、そういえば、ここで溺れたことも、あったな)
流れに任せるようにして、俐生は、ゆっくりと目を閉じた。