表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

牛頭一家と遊び人











 夕方ごろ、森のあたりまで辿り付いた。徒歩としてはかなり早い到着である。

 数十キロ程度歩いたと思われるが、リノは全く疲労を感じていなかった。脇と胸あたりが僅かに汗で湿り、乾燥した空気のせいで少し鼻が痛い程度だ。

 森の側に住んでいるという牛頭族(ミノタウロス)、大柄な牛頭の男ノッダルに出迎えられた。彼ら一家がここに暮らしているらしい。


「ヴィク、大丈夫だったか?」

「ああ。行った時には解決していた」

「そりゃあ良かったな。腕利きの傭兵でも居たか」

「……いや……」


 ちらりとリノを見る。彼女は明後日の方向を見つつ、一瞬だけ睨んできた。

 言うなよ、という事らしい。


「まあ、そんなものだ」


 ヴィックルはそう誤魔化して、泊めてもらえるように頼んだ。

 彼は息子と娘と暮らしており、よく此処を通る旅人や冒険者に部屋を貸しているらしい。魔除けの柵があるため、小規模なキャンプも気兼ねなく出来る。

 森を通る商隊なども世話になっているようだ。


「また熊どもが降りて来たみたいだからな。行きに片付けてくれ」

「ああ、分かった。リノはいいか?」

「構わないよ」


 2人ともが頷く。リノもこの辺りで経験を積みたいところだし、悪い話ではない。

 何しろ意図的に生物を殺した経験が殆ど無いのだ。忌避や嫌悪がどうこうの問題ですらない。

 VRゲームはある程度嗜んでいるので戦闘自体は問題なくとも、血が出たりするリアルな戦闘に己がどう反応するのか、リノ自身予想が付かないのだ。


「じゃ、泊まって行け。ホイシュも待ってるぞ」

「……うっ」

「嬢ちゃんもどうだ、うちのアガの嫁にならんか」

「謹んでご遠慮するよ」


 息子はアガ、娘はホイシュというらしい。

 若干顔を青ざめさせたヴィックルの背中を押し、3人は小ぢんまりとした丈夫そうなログハウスに足を踏み入れた。

 ――そして2人を出迎えたのは苛烈な洗礼である。


「ヴィックうぅぅぅぅううっ!」


 飛び出してきたのは少女だった。といってもリノより背が高く胸も大きく全体的にむっちりしていて、まさに牛女だ。しかし顔は人間で、小さな角があり、牛のような耳がついている。

 ヴィックルは極めて冷静に体を横にずらした。そのまま勢い任せに少女は外に飛び出し、思い切り顔面から地面に突っ込む。


「あ」


 リノは小さく声を上げ、一瞬助けようか助けまいか迷った。しかし少女はばっと起き上がると、またヴィックルに突撃してくる。


「何で避けるのよ未来の旦那様ぁっ!」

「誰がだっ!!」

「あ・な・た!」


 避ける、突撃される、更に避ける、それを五回ほどループしたあたりでリノは観察を止めた。恐ろしく生産性のない行為だと思った。ひとまずなけなしの礼儀を駆使してノッダルに改めて挨拶し、乱雑に撫でられて照れるやら痛いやら微妙な顔をした。


「ホイシュ」


 そうこうしているうちにホイシュは兄によって首根っこを掴まれて漸く停止したらしい。外から戻って来た兄・アガは、ノッダルよりやや低い背で、なんとなく寡黙な雰囲気がする。


「よう、アガ」

「久しぶりだな」


 アガはゆったりと挨拶し、暴れるホイシュを隣室に放り込んでドアを閉めた。乱雑な扱いだが、何時もの事らしい。


「そっちは」


 リノはその声の対象が自分だと分かると、なるたけ丁寧に見えるように挨拶した。


「俺はアガだ」

「どうも」


 知ってるけど、とは言わない。軽く頭を下げ、いつもの通り笑みを浮かべる。優しげではなく、むしろ人をからかうような楽しげな笑みだ。

 アガは暫くじっとリノを見て、不意に手をぼすんと頭に載せた。


「ちまっこいな」

「……ちまっこい!?」


 女子としては低い方でも無い160センチメートルを小さいと言い切られ、リノは巨大な手を払い除けて睨んだ。アガの背は確かに大きい。2メートルをかなり超えているように見える。

 しかし昔は背の低さがコンプレックスだったリノにとって、そのあたりは譲れないポイントだった。


「おお」


 細腕が易々と手を払いのけた事に感動したらしい。アガはがしがしと更にリノの頭を乱暴に撫でてますます怒らせる事となった。

 こちらもまた非生産的なことを繰り返しているが、本人は気づかないようだ。



 夕食は猪肉を焼いたものや、キノコや野菜の入ったサラダ、それからスープにパン。これでも普段よりは頑張ってるんだぞ、と自慢げに言われた。

 リノもキッチンを借り、このあたりでは食べられなさそうな食材で料理を提供した。アサリのバター炒めは中々好評であった。


「うめえな、これ!」

「うちにお嫁に来ない?」


 ホイシュにかなり真剣な目で言われた。アガ本人までもこくこくと頷いており、リノは唸りながら必死に首を横に振った。流石に異世界に来てから数日で嫁入りは遠慮したい。ついでに言うと人間の顔をしている相手が望ましい。更に言うなら、本来の自分を知る者が良い。

 鏡を見たところ、前の自分より随分整った顔をしていたため、恋愛に精を出す気には到底なれないのだ。尤も、元々興味も経験も殆ど無いのだが。


 その日はホイシュの部屋に毛布を大量に重ねて敷き、古臭いベッドよりよっぽど柔らかな寝床で眠った。目が覚めると横にホイシュが転がり込んでいたのはご愛嬌である。




 翌朝、リノは紺の布を銀糸で彩ったブレザーに紺のスカート姿に着替えた。これはギルドに2種類ある制服のうち、物理特化版のものだ。

 魔力・知力・器用・魅力・幸運の80%ずつを足して4分し、体力・筋力・耐久・敏捷に均等に振り分ける。とことん固く強く、というコンセプトのある意味ネタ装備だ。もう1つの方は白で、そちらは逆バージョンである。コンセプトはそれぞれ、脳筋と紙防御。

 胸元には槍花車に山桜という和洋折衷なギルド紋章が輝いている。


「……何だそれ、貴族みたいだな」

「うちの制服」


 暑い、といって上着を脱ぎワイシャツだけの状態で朝食を作る。のんびりした牛一家はまだ起きてこなかった。

 今度は面倒なので調理スキルを使う。キッチンに置いた食材はふわりと浮かんで光を発し、エフェクトが出たかと思えばホットサンドになる。


 食べ物アイテムは様々な効果を持つ補助アイテムだ。料理の生産スキルによって作られるそれらは、高レベルになるにつれて必要性を増してくる。

 特に遊び人は戦闘に役立つ類のステータスは心許ない。なので、身内以外との狩りでは必須といってもいいようなものだった。

 生産スキルの中では比較的材料を揃えやすく使用頻度も高くなるため、上がりやすい。


 ちなみにこのホットサンドだが、攻撃ダメージ+5%。たかが5%、されど5%である。

 与えるダメージが高ければ高い程効果が高くなるため、人気は高い。


「ノッダルさん達が起きてきたらすぐ行く?」

「そうだな。俺達の脚なら、急げば2日程度で王都だ」


 味も申し分ない美味さのホットサンドをぱくつきながら、今後の予定を確かめる。王都まではヴィックルが徒歩で急いで3日、だそうだ。本来馬車、精々騎獣で4、5日はかける道のりらしいが、やはり高レベルプレイヤーは体力も速度も段違いなのである。

 更にこの時代、かつて使われたようなレベルの高い騎獣が捕獲できない。結果的に馬ばかりになってしまい、昔よりも移動速度は落ちた。しかもヴィックルほどになると馬が脅えるらしい。


「……思ったんだけど」

「何だ?」

「ランバード。乗ってく?」


 ランバード。その高レベルの騎獣の代表格で、見た目はダチョウに似ているが首が太めでやや前の方についている。足はかなりがっしりとして、人間1人なら楽々乗せて走る事が出来る。色はレベル帯事に別れて数色あり、まあようするにチョ●ボのような鳥だ。

 下からレベル50~程度の赤と青、200程度の緑と紫、400の橙と水色、500~1000は白と黒、稀に金銀。

 リノは全色コンプリートした。普通は1匹居れば問題ないので、完全に道楽である。


「居るのか。まあ、乗れば1日短縮できるな」

「うん。金銀居るし」


 金と銀はそれぞれ一般モンスターではなく中ボス的な存在で、常に1匹しか居ない。そのため現れる度に血眼で捜されてすぐに仕留められていた。

 リノが2匹を捕獲できたのは全くの幸運だった。

 ゲーム内では騎乗すると速度がプラスされる代わりに命中率が下がるが、今ならば訓練次第でどうにかなるだろう。


「そうか……ああ、熊退治だが、それは問題ないな?」

「久しぶりに戦うからフォローしてね」

「ああ」


 久しぶりというか本当は始めてに近い。楽器でも十分に戦えるだろうが、今回はちゃんと戦闘に慣れるために普通の武器を使おう、と決めていた。

 普通とは言っても持っている武器は遊び人(フール)専用品ばかりで、あまり武器という感じはしないのだが。

 しかし近接武器から遠隔武器まで一通り揃っているため、割と何でもこなせるのだ。それこそペンから剣まである。武器の種類数では盗賊(シーフ)探求者(シーカー)にも勝るとも劣らずだったりする。


「おはよおー……」


 ばたん、とドアが開く。入ってきたのはホイシュで、ヴィックルを見るなりぱっと目を輝かせるのが愛らしい。ホイシュはヴィックルが好きなようだが、好きな相手と仲良くしているからといって己に敵愾心を向けたりしないためそこそこ気に入っていた。昔そういう経験があったためだ。


「おはよう。朝ごはんあるよ」

「きゃあ! すっごぉい、おいしそー、リノちゃん天才!」


 ホイシュはヴィックルの隣に座り、ホットサンドを取って食べ始める。ヴィックルはガタンと音を立てて立ち上がり、「空気吸ってくる……」と呟いて出て行った。


「まあまあまあ、ヴィックル。空気はここでも吸えると思うんだけど」

「このまま隣に居ると食わせようとしてくるんだ」

「未来の夫婦だもの!」


 リノは他人事なので牛頭族(ミノタウロス)狼人族(ワーウルフ)の子供を見てみたいな、と暢気に考えていた。ヴィックルが逃げ出すと残念そうにホイシュがくねくねと体を揺らしている。


「んもぅ、恥ずかしがり屋さんっ」


 恋する乙女って強い。リノはまたひとつ学んだ。




 アガとノッダルが起きて来て、朝食を食べ終えると早速熊退治に出る事にした。リノはスキルをフル活用して熊の居るらしい場所を探し出し、ヴィックルと共に向かう。

 武器は剣である。少し驚かれたが、本来の使用法には全く従わないので問題無い。


「あそこに居るな」


 近づけばヴィックルも匂いで分かるようだ。一応慎重に、のしのしと歩く巨大な影に背後から近づいていく。


「じゃあ行くか。レベル差は大きいが、一応気をつけろよ」

「うい」


 今は核兵器でも死にそうにないHPであるとはいえ、痛みでショック死する可能性は無きにしも非ず。うっかり倒れこんできた木に潰されたりしたらどうなるか分からない。そもそも、HPがちゃんと機能するのかも分からない。ぐちゃぐちゃの状態で生きているような事態になったら恐ろしい。

 リノはしっかりと剣を握り、緊張感を感じながらスキルを発動した。


「――えいっ!」


 《増殖幻影(インクリース)》は手に持った物を質量ある幻影として増やし、操るスキルだ。手に持った剣は使わず、浮いた剣で熊を突き刺す。

 HPは一撃で尽き、熊は声も無く地面に倒れ付す。


「この調子なら大丈夫だな。まだ2、3匹居るらしいから2手に分かれよう」

「……うん。じゃあ、僕は右に行くから」


 ああ、と言ってヴィックルが去っていく。そしてリノは剣を地面に突き立てると、はあ、と溜息を吐いて木に凭れた。


「……嫌だなぁ、殺生は」


 千年前に生きていたという、突然与えられた後付の過去。

 それは案外重く圧し掛かる。何せ、自分は戦いに生きていた者だと信じられていて――そしてリノも、否定する気はない。迂闊だったとしか言い様が無いが、すっかりその“リノ”と同一人物である、と話していたのだ。弱味など、元々見せたがる性格でもない。


 主を失った彼らにとって、自分は唯一の希望だ。

 もしかすると自分の主も現れるのかもしれない、そう思わせる希望。


「全く、馬鹿らしい」


 ヴィックルの忠臣ぶりに絆されたか、とひとりごちる。元の世界では人に尽くす事など滅多に無いリノだが、現代社会にはとうに見られなくなったその“忠誠心”に柄にも無く感動してしまったのかもしれない。だから、精々英雄を演じてやろう、と思ったのだ。


 けれど、せめて――それを共有できる仲間くらいは、居て欲しかった。







普段余裕ぶってる子の弱った姿ほど燃えるものは無い!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ