歩き出す遊び人
その後も喚くヴィックルを宥めて話を聞いたところ、原初魔法とは現代でほぼ再現出来なくなっているスキルの事を言うらしい。ごくごく稀に使い手が現れるため、便宜的にそう呼んでいるそうだ。また、記録にはあるものの使い手の居ないものは遺失魔法と言われる。
また、生まれ持ったクラスはギフトとも呼ばれ、判明すると国際寄宿学校に無料で通える。期間は基本8年間の飛び級有り、卒業後は各国の軍、騎士団、神殿、魔術研究施設などに進んだり、あるいは冒険者になったりするそうだ。
しかしクラスやジョブについての知識は殆ど忘れ去られ、そのせいで武器が特殊なクラスは殆どスキルが育たず、数少ない遊び人系は何もできず肩身が狭いらしい。
「腹立つから、そのうち行って僕がスキルを伝授してやろうと思う」
「悪戯スキルばっかり教えるなよ」
「やだなあそんな事……ところで進歩しない文明だよね。魔法発展の弊害か」
「話を逸らしたな」
レイステイルでは、魔法は誰でも使える魔力活用法、魔術は魔術師だけが研究してきた高度な魔法、とされていた。ちなみに神官のものは神聖術という。
MPをあまり消費しない生活系の魔法は共通技能に含まれ、暖炉の火種にできる《フラワー》、コップに水を満たす《ブローク》、暑い日に便利な《ファン》、小さな植木鉢に土を満たす《ポッド》、懐中電灯代わりの《ライト》等がある。
そして千年後の今は魔法も改良が重ねられ、攻撃力を増したものが使われるようになったらしい。スキルが使えないため、持て余したMPを魔法に回すようになったようだ。
話を終えると丁度昼時になっていたので、荷物を取りに戻って帰ってきたウハルを交えて食事を取る。朝食を終えて二時間半しか経っていないので、軽めのものを頼んだ。
「リノさんはこれからどうなさるんです?」
「どうって?」
「此処に滞在するか、それとも王都の方へ向かうんですか?」
「あー。王都の先に行きたい場所があるんだけど、王都にも寄るよ」
レイレストは現王都の北西にあり、その更に先のティア・ニール帝国との国境を跨ぐ巨大な森にリノの拠点はある。現在の様子は知らないが、とりあえず森は残っているらしい。
「1人で行けるか?」
「昔のアティナあたりでしょ? 行けない事は無いだろうけど。でも一人旅はきついかな」
「じゃあ、俺も明日帰るから一緒に行くか」
「ああ、王都から来たんだっけ。ならよろしく頼むよ」
若干堅いパンを引き千切りながら言う。
男との2人旅に全く抵抗が無い点に少し心配になりつつ、ウハルは旅の間の食糧を如何に売りつけようかと考えを巡らせるのであった。
◆
翌朝、リノは一応長旅に耐えそうな手足の隠れる装備を着て下に降りた。
いかにもゲーム味の強い白いジャケットには青いラインが入っていて、なんとなく清純そうな雰囲気がする。下は膝丈のハーフパンツに黒タイツだった。
……装備に長いズボンが1つも無い事には、リノも初めて気づいた。
「おはよ」
「おう」
ヴィックルは荷物を横に置いて既に朝食を取っている。夜までに荒野を抜けた先の村に着きたいから、と決めたのですぐに出立する予定だ。
暫く歩くためがっつりと朝食を食べているヴィックルの前に座り、既に用意されていた朝食を食べ始める。
「それにしても僕、慣れが早いよね」
「……? そうか」
「適応能力ありすぎ。あ、聞き流していいよ、僕独り言多いから」
しかし堅いパンだな、とぶつぶつ言いつつ食事を進める。どうやらあまり発展していない時代のようで、内装も外装も古めかしい。しかしその割にあまり不潔さは無く、今一よく分からない。ゲーム内とそう変わらない感じはするが。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
食べ終えて、ヴィックルが食事代を払う。リノは金貨しか持っていないので、ついでにヴィックルに余分に払ってもらった。タダで良いとは言われたものの、少し心苦しい。
時間は朝6時。季節は春、少し肌寒い空気だが顔以外は装備のお陰か適温だ。
「げっ」
入り口とは反対側、街の出口に子供が数人立っていた。心底わくわくした顔である。
というのも昨日、虎を見せろ見せろとうるさいので「なら僕が出るより早く起きて見送りに来れたら見せてやる」と売り言葉に買い言葉でつい言ってしまったのだ。
リノは溜息を吐き、アイテムボックスから鍵を取り出した。
「来たね、ガキども」
「来てやったぞ!」
「みせろーっ!!」
「見せるまで通さん!」
眠気を感じさせないハイテンションさに、読みが甘かった、と諦める。
子供は苦手だ。それはもうかなり苦手だが、嫌いという程でもない。リノはハンシンを召喚して見せてやり、恐れるでもなくはしゃぐ子供を見て少し笑った。
レベル差が激しいのでうっかり殺害してしまう可能性があり、若干ひやひやしたが。
「ではいずれまた会いましょう」
「ば、ばいばい」
いつの間にかやって来たウハルが相変わらずの笑顔で言い、レータがおどおどしながら手を振っている。その後ろからも聞きつけたらしい人々が出てきて、当初の予定が丸ごと崩れた。正直な所リノもヴィックルも、見送りとか恥ずかしいがいらん、が共通意見だ。
結局レータに飛びつかれウハルには生温かい目で見られた。その後ちゃっかり「是非とも次回もご贔屓に。本家の店が王都にありますのでね、あ、レンダール雑貨店といいましてそこそこ大きいんですよ。父の兄が経営しておりましてね、ええ、どうぞよろしくお願いします」とビジネススマイルで言われて逃げるように飛び出したのは余談である。
あのままだと言葉に流されて投資とかする羽目になったと思う、とリノは後に語った。
◆
旅とは言っても、特筆すべき事は無く歩いているだけだ。街から見て西側には森、南北と東には荒野が広がっている。
早々に荷物も全てアイテムボックスに入れて、お互い手ぶらですたすたと歩いている。歩幅は違うが速度にはあまり差が無い。
「まあ、暫くは森に沿ってひたすら歩くだけだ。疲れたら言え」
「うん。モンスター避けとかした方がいい?」
「しなくていい。精々、レベルで言えば50くらいまでの奴しか居ないからな。MPの無駄だ」
「ま、そっか」
ちなみに今の時代、一般市民はゲーム上の非戦闘NPCと同じくらいで1から20レベル程度の力量らしい。戦う職業の者は長年戦い抜いてやっと100レベルに到達し、一部の素質ある者やクラス持ちなどはやっと200に届く。
ペット達は遥かに上だが、基本的には時代に合わせて力を抑えて戦っていたらしい。
「……モンスターってどうやって対処してるの?」
「基本的には集団で掛かるが、今の人類に荷が重い場合はペット連中も力を貸している」
「ふーん……レベル上がんない訳だ。集団でタコ殴りとか、入るもんも入らないよね」
経験値はパーティを組んでもソロでもあまり変わらないが、パーティを組まずに共闘すると、トドメを刺した者にしか入らない。また、HPの少なくなった敵を倒しても本来の経験値は得られず、かなり減ってしまう。
なので基本的に集団で狩る際はパーティを組むのだ。ただしレベル差が激しい場合取得経験値に差が出てしまったりするので、そこはまた別の話だが。
「そういえば、どれくらい騎士団にいるの? ……何歳って事になってるの?」
「15年居る。最初の時は18歳と言ったから、33歳という事になっている」
「1000いくつのくせにね」
「お前もだろうが」
「……いや、ほんとは寝てた訳じゃなくて気づいたら荒野に居たんだよね。直前までは仲間と街に居て、千年前に居たんだよ」
「……そうなのか? タイムスリップ、とかいう奴か」
「そうかもね」
ほんとは異世界トリップだけど、という言葉は口にしない。
流石に、この世界で生きている生き物に向かって、お前らはゲームのデータでしかないとは言えない。それに、トリップと言うと説明がつかないのだ。何しろ、千年前にプレイヤー達は確かに存在していたというのだから。
所詮造られた世界だと否定するのは簡単だが、生憎のことリノは楽天家の快楽主義である。人間関係の面倒ごとは嫌だが、適度な楽しみとスリルは望む所だ。――ただ、幼馴染が居ない今、全て自分で片付けなければいけないのが面倒なところだが。
「それより、もう少し歴史を教えてよ。いつ頃人間の手助けなんて始めたの?」
「ああ、それは結構最近だ。300年くらい前、いよいよのっぴきならない事態になりかけて――人類が滅びたら、戻って来た主が困るのではないか、という意見があってな」
「どんだけ……」
マスターコンプレックスと名付けてもいいかもしれない域である。
ヴィックルは真剣な顔で続けた。
「それまでは主君以外に従ったり、手助けしたり、という発想が無かった。しかし商売に携わっていた奴らから段々輪が広まって、今では大陸全体で協力し合う同盟として活動している」
「ほー……話がでっかいね。同盟の名前は?」
「いつまでも主人を待つ者たちの同盟」
「せつなすぎるんだけど」
「略して、ISMだ」
「……ペットってもう少しこう、……いや、真面目、なのかな」
「真剣だぞ、俺たちは」
「真剣にネタに走ってるよね」
ちなみにこの世界の言語は日本語、外来語もしっかり混じり、更に文字はひらがなカタカナ漢字にアルファベットである。
ゲーム内特有の文字もあり、それらは情報の記録などに使われるという設定で、古代アルテイル文字と言われていた。言語化は出来ないが、見ると意味が分かるという物だ。
アルテイルとはレイステイルでいう古代文明で、今ではレイステイルが古代扱いなので言うなれば超古代文明。アルテイルの時代には神が地上に居たとされ、何らかの理由で神が去って魔物が現れ、それから数千年後の時代がレイステイルの舞台だ。
一応レイステイルのメインシナリオはアルテイル時代の謎に関するもので、この先のアップデートで事実が判明していくのだろう、と思っていた矢先の出来事だったが。
「しかし設立300年の同盟か。盟主は?」
「リーゼ・ディヴァイン様だ。知っているか?」
「……ああ、至高人認定と特殊技能の……って、あの人がペット!?」
「あの方に主は居ないぞ。単に死んでいない中で一番強いからだ」
「うわあ……」
リーゼ・ディヴァインは至高人認定クエストと特殊技能習得クエストを出してくれるNPCだ。全てのジョブとクラスを極めているという設定で、それぞれのクエストは彼が至高人の境地に辿り付いた時にやった修行、らしい。当然全NPC・モンスター中最高峰のステータスを持つが、現世にはあまり関与できないらしい。ちなみに種族・ジョブ共に彼限定のものとなっていて、半神族の仙人である。
現世とは言うものの彼は空に浮かぶ島で霞ならぬ雲を食べて生きていて、基本的には世界のどこかで下を見下ろして楽しんでいるらしい。
「よく行けたね」
「……あのな。ペットにはモンスターも居るんだ」
「あ、そっか。飛べるね」
ぽん、と納得して手を叩いたときには、遠くに森が小さく見え始めていた。




