狼人間と遊び人 つづき
【アルテマ】は伝説のギルドだ。
No1からNo8まで、全員が至高人。しかも全員違うジョブで揃えている。“至高のギルド”とまで呼ばれ――ようするに全員廃人なのだが、物は言い様だ。
初心者向けから玄人向けまで数多くのダンジョンを(夜中のテンションで)作成し、有力ギルドの拠点に攻め込んでは何も獲らずに帰ったり、かと思えば1人ずつイロハ・ニホヘトに闇討ちされて復讐を誓っていたり、何故か王都でライブをしたり、高価な装備やアイテムを1テール(貨幣単位)で大量に流して相場をガタ落ちさせ、以下略――とまあ傍迷惑な廃人たちだ。
良い意味でも悪い意味でも有名なギルドである。
「……リノって……あのリノか……?」
「どのリノか知らないけど。僕しかいないだろうね、リノは」
同じ名前は登録できないので、リノのようなありがちな名前は大抵が古参である。
「モンスター襲撃のイベントで、毎回何もせずに踊ってたりする……」
「そのリノだよ」
リノは格闘家のサカサマ(ただしネカマ)と並ぶアイドル要員である。
基本的に自分がやらなくていい時は大抵踊るか遊んでいた。踊りは一応効果のある吟遊詩人のスキルだが、楽器の方が遥かに効率的である。
ちなみに種類はベリーダンスに剣舞、社交ダンス(2人以上いなければ不可能)などだ。
トリップする前も街中に集まり、知り合いの遊び人をありったけ集めて演奏やダンス、更にその周りでひたすらギルドメンバーが花火やらを打ち上げたり、格安セールの露店を開いたりと騒いでいた。名目はギルドメンバーの誕生会である。
「で、クラス持ちとかの事を説明よろしくね」
「ああ。……クラス持ちは結構数が多い。やはり下位のクラスが多く、最上位なんかは片手の指で足りる程度だ」
「へー……」
「ある程度、遺伝もするらしい」
滅茶苦茶な話だ、とヴィックルは力なく笑った。彼自身、ゲーム内で描かれてはいないとはいえクラスを得るために努力した過去は確かにある。
「レベルを計る方法ってどうなってる?」
「ステータスは……まあ、俺たちには見える。自分だけだが」
「アイテムボックスはあるの?」
「アイテムボックス……ああ、あれは無理だ。似たような魔法はあるが」
「魔法ね……。スキルってどうなってるの?」
「クラス持ちはある程度使える。だが、クラスの武器を使わない者が多いせいで習得できなかったりもする」
本来自分の装備可能な武器というのは決まっていて、それ以外装備は出来ない。装備している武器のスキルが習得・強化されるというシステムなので、その所為でスキルが覚えられないのだろう。
「指摘しないの?」
「したが……素手で戦うとか阿呆か、とか。針なんて何に使えるんだ、と言われてな」
素手やナックルは格闘家の、針は盗賊の武器のひとつである。
「遊び人は?」
「発見しにくい。トランプで机切り倒してる奴がカジノに居たから、多分あれだと思うが」
シュールな光景だが、トランプは遊び人の代表的な武器で、数多くのクラスで使用できる。近距離攻撃もあるものの、分類は一応飛び道具だ。
「って言うか、クラスってどうやって見分けるの? ステータスが見えないんでしょ」
「……古代遺物扱いだが、プロフィールリングというのがあっただろう? あれを嵌める」
「……」
レイステイルでは、基本的には他人のステータスが見られない。デフォルトで情報開示がオフになっているのだ。勿論開示をオンにしておけば見られる。分析は特別だ。
部分的に見せたい場合はプロフィールリングというものを使う。レベル、ジョブ、クラスのみが頭上に表示されるようになるアイテムだ。ちなみに普段は名前・ギルド名のみが表示されている筈だが、見た限りこの世界では表示されない。
「何か色々ショック……ジョブとかレベルの判断も?」
「ああ。子供が生まれると、必ず神殿で診断を受ける」
「うわー。今いくらくらいする?」
「昔で言うと1億テールくらいはするな」
「……僕、造れるんだけど。生産スキルも無いのか」
レイステイルの生産スキルは1人で全種類習得できる仕様になっていた。プロフィールリングは細工スキルのLv1で、生産スキルを習得すればすぐに作成する事が出来る。種類は加工・細工・裁縫・大工・錬金・武器・防具・料理の8つあり、それぞれレベルは10まである。
「生産スキルは一応残ってはいるが、レシピが無いからな」
「なるほど。……いや、あれって確かテール消費じゃん」
「その発想がまず無いんだ」
テール消費、とは加工や細工などの低レベル生産品によくある、材料無しで金だけ消費して作れるアイテムの事だ。
基本的に、あまり効果の無いものばかりである。
「えー……」
「そもそも金貨を曲げたり溶かしたりするのは違法だしな」
「あ、そうなの。お金ってどうなってんの?」
「あの頃は金貨1枚で1テールだったが、今は金貨一枚で約100万テールの価値があるな。銀貨、晶貨、銅貨、小銅貨が増えた。それぞれ10万、1万、千、百テール、といったところか」
リノは思わず食後の紅茶を噴出しそうになった。
拠点にある分を含めると、リノの総資産は八十億テール弱。それが更に100万倍という事になると、――リノはこめかみを押さえ、頭痛を堪えた。
「僕、手元に4G……40億、拠点にも同じ位残ってるんだけど。ああ、計算が!」
「ちなみにテールという単位は残っているが、あまり使われない」
「うー……銅貨が1k、晶貨が10k、銀貨が100kか……金貨は1Mね。よし、覚えた」
「懐かしいな。イロハ様もよく使っていた数え方だ」
「覚えなきゃ生きていけないし……」
kやM、Gはオンラインゲームでよく使われる単位で、1k=千、1M=百万、G=10億である。流石にあまり使わないが、T=1兆なんてものもある。
「あ、そういえば商店とか商会は残ってる?」
「任せられてたペット達が続けていたが、幾つかは潰れたな。サンカワ商会とホルム薬品店、エドガワにアイザム、あとはリトルクラウンとか……お前の店か。残ってるぞ」
「残ってるんだ! うわー、千年もよくやるね」
ゲーム内では露店を開けるが、土地を購入して店を作ったり、その分店を作ったり、または別々の店同士を商会として纏めたり出来た。リノは遊び人向け装備やネタアイテムの類を売る店、トイストア・リトルクラウンを経営していた。正直最近は忘れ去っていたが。ちなみにそれ以外の品は露店などで販売している。
「そういえば、老衰で死んでも待機場所に戻ったんだよね?」
「ああ」
「待機場所ってどうなってんの? 亜空間って聞いたけど」
「拠点のドアと繋がっていて、中は普通に自然が広がっている。他の主を持つペットも同じ空間に居るが、出られるのは自分の主の拠点とギルドの拠点からだけだ」
「ふーん……あれ、召喚しなくても出られるの?」
「《召喚鍵》でドアを開ければいつでも出られるようになった」
再びリノが紅茶を噴きそうになった。
そもそも《召喚鍵》は入手方法がボスモンスターからのドロップしかない。取引不可アイテムなので、人に譲り渡す事も出来ない。……つまり彼らが自力で取ってきたという事になる。
「……よく倒したね」
「うちの連中は精鋭揃いだからな」
ボスモンスター、もとい《混沌召喚師》は、召喚スキルで大量にモンスターを呼び寄せてくるえげつないボスモンスターである。本体もレベルは900と中々高レベルだ。
「多分、お前の所の奴らもやってるんじゃないか」
「うちの子たちは、まあ、ね。って言うか《混沌召喚師》も居るし」
「……!?」
「敵性召喚すれば自給自足で稼げるね」
敵性召喚とはペットを敵モンスターとして召喚するスキルである。ペットを、というよりは捕獲経験のあるモンスターを、と言った方が正しいかもしれないが。
こちらは召喚スキルよりもずっと後、レベル500で手に入る。しかし危険なので街中やフィールドでも使用は推奨されない。と言うか自分で処理できないと白い目で見られる。
経験値稼ぎにはなるが、同種は1匹ずつしか召喚できないので効率は悪い。普通に狩った方が遥かに良い。
ちなみに混沌召喚師が使うのは普通の召喚だが、敵、つまりプレイヤーに襲いかかるようになっている。
「確かライドウ君(※混沌召喚師)は拠点で番人してたかな? ペット仲間にボコられてるんじゃない?」
「仲間割れ!?」
「性格悪いしね」
モンスターとはいえ、台詞は豊富に用意されている。混沌召喚師は「滅べ」が口癖の毒舌悪魔だ。ペットになってからの台詞は「ふん、その程度で我が主君に逆おうとは愚かな。滅べ」やら「我が主の館へようこそ。不本意ながら滅ぶべき貴様のような豚にももてなしをくれてやる」やらとものすっごく傲岸不遜だ。――ちなみに名前の由来は、某サマナーである。
ちなみにレイステイルの会話はフルボイスだ。合成音声システムで入力した文字を読み上げてくれるのである。文字は会話ウィンドウにも表示されるが。
「……うーん。とりあえず、拠点に帰ってみようかな」
リノの拠点はお遊び要素をたっぷり入れた森の中の洋館だ。
数々のギミックが施され、敵モンスターこそ配置していないがそこかしこにワープパネルやら悪戯系パネルがある。そしてリノの私室にたどり着けばちょっとしたご褒美が用意されていた。
管理人はカンダタ、使用人頭は同じく無法者出身のパンドラ、更に大量の使用人を配置してある。彼らにはヒントを言うように設定してあった。
「リノの拠点は何処だ?」
「レイレストの郊外の森。でかい洋館だけど」
「…………ああっ!?」
ヴィックルが驚愕の表情を浮かべる。驚いたリノは思わずデザートを取り落とし、恨みがましくヴィックルを睨んだ。
「お前の屋敷かあれはっ!」
「ん?」
「昔、情報収集のために冒険者の拠点を訪ねていたんだが――」
曰く、庭で遭難し、辿り付いた屋敷では慇懃無礼すぎる執事に散々嫌味を言われ、陰湿なトラップに足を取られて転び、転んだ先に更にトラップがあって顔にマークが付き、更にそれを数十回繰り返し、ワープパネルの所為で迷いまくり、結局最後は外にワープして諦めた。
リノは聞けば聞くほどいい笑顔になっている。
「いやあ、ありがとう。ああほんと、最高」
「最低だ!」
ヴィックルに罵られつつ、リノは“迷いの館”と呼ばれているらしい我が家に行く事に決めた。




