探求者と手遅れ
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徘徊精霊と、使役精霊。
レイステイルのプレイヤーにとっての精霊は二種類あり――闇の精霊は、後者である。
使役精霊とは、呪術師のスキルによって召喚される精霊のことで、あらかじめ行動を設定しておく事が出来る。ペットと似たようなものだが、召喚してから新たな命令を与えることは出来ない。
また、行動設定も、完全に自由ではない。ポイント制で、精霊とプレイヤーのレベルに応じた上限まで項目を追加することが出来るのだ。余ったポイントは、HPやMPといったステータスの強化に割り振ることも出来る。また、使用ポイントが少ないほど、召喚する際のコストも小さい。
闇の精霊は、そのポイントの殆どをステータス強化に割り振られていた。
命令は、たったひとつだけ。
母であり主であるエイリアンの合図の後、花火玉に魔力を込めて打ち上げること、それだけだった。
彼は、パーティを盛り上げる、そのために召喚されていたのだった。
◆
エイリアンとアルティノの戦いは、互角、とは言いがたかった。
どう見ても、エイリアンは余裕である。魔術師とはいえレベルがレベルなので身体的ステータスはかなり高いし、更にそれを強化するスキルを惜しげもなく使っている。
だが――どうやら、時間稼ぎに徹するつもりでいるらしい。
よく見れば手足をうっすらと取り巻く光は、ステータスを抑制するためのスキルのエフェクトである。一部のステータスが大幅に減るが、代わりにHPが上昇する。
「くっ、そ、この――!」
それでも、アルティノの攻撃を避けることはできる。
下がっているステータスは筋力・魔力・知力であって、敏捷は下がっていないのだ。
「……、おや」
ひょいひょいと攻撃を避け、時折シールドで受け止めたり、懐にすっと潜り込んでは耳元に息を吹きかけてみたりと遊んでいたエイリアンが、何かに気づく。
――それは、奇妙な声である。
いくつもの声と声とが重なったような、エコーのかかった不可思議な響き。
エイリアンにとっては聞き覚えのあるもので――妖精種たちにとっても、また馴染みのあるものだ。
「精霊の、声……」
誰かが、そう呟いた。
千年近い間、この地で時折聞こえていた声は、いつからかそう呼ばれた。
元は“エルフの里”だったのが、精霊の都と呼ばれるようになったのもそのためだ――というのはただの噂ではあるものの、とにかくこの“声”はこの都の人々には馴染み深い。
それが嘆きであったと、知るものはいない。
「早かったですね」
「なに、が、だ!」
かの野良エルフとは違い、アルティノのステータスは普通のハイエルフに近いため――スタミナがない。どうやら、疲れてきたらしい。
だが、何故か太刀筋は徐々に鋭さを増している。
追い詰められる程に力を増すタイプだろうか――そんなことを思いつつ、ぴたりとエイリアンが動きを止めた。
カキンッ、とシールドに刀が当たる。
「何……だ? ゲホッ、諦め……たのか!」
ぜえぜえと肩で息をしながらそんな強気な台詞が飛び出すあたり、彼らしい。
「いいえ」
その時――ざわりと木々がざわめくような音と共に、地面から黒い靄が噴き出した。
ちょうどアルティノの立っている場所――広場の中央から、特に濃い靄が噴き出しており――同時に、精霊の声がいっそう大きく響き始める。
「……時間稼ぎは、もう必要ありませんから」
そして。
ぐらりと地面が揺らいだかと思えば、ぶわりと噴きだした靄と共に――人のような形をした何かが、ずるりと地面から這い出した。
赤い瞳と黒い肌、白い髪を持つそれは黒妖精に良く似ている。
ともすれば嫌悪感を抱きそうなものだというのに――妖精種たちは、何故か畏怖や憧憬と、懐かしさのようなものを感じていた。敬うべきなにかを、本能的に感じていのだろう。
色合いは禍々しくとも、何故か神々しさすら感じさせるその姿。
――闇の精霊は、解放された心地よさを感じたかのように一瞬だけ体を震わせて、
『あ、あるじぃぃいい!』
すさまじい勢いでエイリアンに突撃したかと思えば、
『……うっ……うぇ……うわぁぁぁぁああああああん!』
――すさまじい泣き声を上げて号泣し始めたのであった。
◆
「何で迷うんだよ!」
「知りませんよバカ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、ラドウィルを担いだサカサマと、手ぶらの三河が王宮を飛び出す。……一仕事終えた開放感からか、うっかりまた迷ってしまったのだ。
「エイリアンが暴れる前にとっとと行かないと――」
彼が“暴れる”と、どうなるかは言うまでもない。まさか正統派テロ――大量虐殺のような真似はしないだろうが、何が起きるか分からない。
少なくとも、周囲が精神的打撃を受けることは間違いない。
「でもさ、多分手遅れだよな」
「被害を最小限に抑えるんすよ、このバカ」
「バカって言う方がバカだからな!」
「あんた本当に37歳すか?」
――ぐっ、と詰まる。子供っぽいことは自覚しているし、この姿になってからますます子供じみてきたのは分かっていた。まったく反論できない。
三河もまた、近頃妙に人参に目が行くことを見て見ぬふりしている。――体に精神が引きずられていることを、あまり認めたくはなかった。
「あ」
漸く門から出たサカサマが、気が抜けたような声を上げる。
「……」
「……」
「手遅れっすね」
――大パニック、である。
泣き叫んでいる黒い肌のエルフ。呆然と立ち尽くしている白髪の半妖精。その他諸々――とにかくそこかしこに黒妖精がいる。
大パニックを引き起こした張本人はというと、片方は泣きながら主の胸元を鼻水まみれにし、片方はそれを慰めつつもあたりを見回して薄ら笑いを浮かべている。
その2人からやや離れた場所に立つ王兄もまた、刀を持ったまま固まっていた。
三河とサカサマは、その中心に入ることを少しだけ躊躇した。
だが、止まることはない。
もはや後戻りは出来ないし、自分たちで収拾をつけられる段階ではないのだ。
そしてその後すぐに、彼らを追うように王宮からこの国の王たる少年が現れた。
――役者は、揃いつつあった。




