探求者と黒堕ち
障壁にダメージを通せるものが居ないまま、エイリアンはあっさりと国のほぼ中央にある王宮の前、精霊広場へと辿り着いていた。
「そこまでだ!」
そこに飛び出してきたのは、好戦的な――というよりは、わくわくしたような表情を浮かべるハイエルフである。
長い金髪をポニーテールに結い、王家伝来の防具を纏って、彼は意気揚々とエイリアンの前に立ちはだかった。
呆然としていた兵士たちが、その姿を見て俄に戦意を取り戻す。普段は死ぬほど厳しい上官だが、今はただその無鉄砲な姿が頼もしかった。
「おや……」
「王宮には近づかせないぜ!」
アルティノ・フィマ・エル・ラドール。――王族であり、将軍でもあり、そして何よりエルフきっての武人である。
ちなみに侵入の時点で駆けつけていたが、兵士や魔術師の攻撃が通用しないと見るやいなや取って返して指揮官用ではない装備に着替えて戻り、今に至る。まったく模範的な戦闘狂だ。
もちろん指揮官として行動する際の装備もそれなりだが、一騎打ちをするならば、と王家の秘宝を引きずり出して来たのである。
すらりと抜いたのは、奇妙な緑色の刀身を持つ太刀、銘を“一森”。
1000レベル相当のユニークアイテムで、エルフ王家に伝えられるものである。
太刀・脇差・懐刀の三振ワンセットの筈だが、残りは恐らく弟たちの元にあるのだろう。
この刀、性能はいいのだが、実は制限が多く使いにくいので玄人向けである。
レベル1000である上に、筋力・速度・魅力が一定以上でないと装備できず、装備できてからも固有スキル――基本スキル“森舘流剣術”などを上げなければ本来の性能は発揮できない。
そして万全に準備を整えてからも、かなりニッチな性能であるため、使いどころは難しい。
ところがこれらの制限は、エルフ王家のハイエルフに限って全て無効となる。
それどころか彼らが持てば刀が強化される始末で、故にかつてこの刀を三本全て持っていたエルフはNPCの中でも五指に入る実力を持っていたのである。
――よく似ている、とエイリアンは思った。
野良エルフとプレイヤーに親しまれる、戦闘狂のハイエルフ。容姿こそアルティノたち三兄弟によく似ていたが、ステータスはどう見ても美人のドラゴンか何かだった。
「ええ。これ以上は近づきません」
王宮が目的ではない。
精霊広場の中心に立つエイリアンは、広場の周囲をぐるりと囲む兵士を見渡し、にこりと微笑む。
その笑みは、どこまでも優しく見えただろう。
彼の朋友たちが見れば、また別であっただろうが――他人から見れば、ただ聖人のごとく優しい笑みを。
◆
王宮、地下。
誰にも気づかれることなく、2人は王宮の奥深くへと侵入を果たしていた。
ちょうど来た方角に戻るような通路を進んでいくと、薄暗い中に見えたのは重たげな灰色の扉である。
魔法の鍵が掛かってはいたが、幸い、ここには解錠に関してはスペシャリストである三河が居るのですぐに扉は開いた。
開いた扉の向こうから、一瞬、黒い靄のようなものが漏れ出る。
すぐにふっと消えたが、それは確かに見知った気配のように思えた。――ゲームのキャラクターとしての感覚を受け継ぐ彼らにとっては。
「やっぱり」
部屋に滑りこみ、扉を閉める。
目の前に広がる光景は、一点を除いてはおおよそ考えている通りのものだった。
広い石造りの部屋は、どの面にもびっしりと奇妙な模様が書かれ、奇妙な道具がいくつも置かれている。道具というより、装置、といった方が正しいかもしれない。
ひときわ目立つのは、中央にある太い筒型の何かだ。
床から天井まである巨大なそれは、水槽にも似ていたが、中には水ではなく――黒い何かが満ちていた。真っ黒というより、真っ暗な何かが。
そして――その筒の前に、ラドウィルが倒れていた。
2人は、息を呑む。
ハイエルフらしく、どこまでも白かった肌。焼けても赤くなるだけであろうその肌が、浅黒い色に染まっていたのである。
――黒堕ちと妖精種たちが呼ぶ状態異常、過感応、である。
「なんてこった……ラディ!」
ダークエルフになることは、けして悪い事ではない。けれど、彼らにとってダークエルフはまだ悪の権化であるし、そもそもいきなり肌の色が変わったらサカサマも三河も驚くしショックを受けるだろう。
サカサマがラドウィルに駆け寄り、肩を掴んで軽く揺らす。
目が覚める様子はない。気絶しているだけのようだが、どこかその浅黒くなった肌には血の気がないようにも見えた。
心配するサカサマとは逆に、三河は冷徹とも言える表情で筒を見据えている。
「生きてるなら、後でいいっす。それより……」
ごう――と黒い靄が吹き出した。
中にいるものが、暴れているようだ。みしりとガラスが歪む音くらいしそうなものだが、どうやら魔法が掛かっているのか、筒自体はぴくりともしない。
「……これを、ぶち壊しに来たんすから」
「そうだな」
サカサマはラドウィルをひょいと持ち上げ、壁際の方に寝かせる。
そして戻ってくると、ぐるりと肩を回して笑った。
――ガンッ!
恐るべきことに、一度では割れなかった。二度、三度、拳が振り抜かれる。
「アホみたいな硬さっすね」
「まっ、たくだ――よッ!」
ガシャンッ、と漸く四度目で穴が開いた。
明らかに危険そうな黒い靄が吹き出すが、2人は頓着せず、割れた部分の周囲からどんどんガラスを砕いていく。物理的に閉じ込めているのではなく、この容器自体が封印なのだから――壊さなければ、中にいるものは出てくることができない。
穴を広げるごとに、この世のものとは思えない声が大きくなっていく。
靄は脈動するように震えながら這い出て、生き物じみた動きを見せるようになっていた。
そして――
「これで最後だ」
頭上から、どん、と音が聞こえると同時に――黒い靄は、完全に開放された。
『――――!』
言葉にならない絶叫が響き、びりびりと空気を震わせる。
同時に薄暗い部屋の照明はぶつんと切れ、部屋を満たす黒い靄は一気に収束してその姿を変えた。
波打つ白い髪、男女どちらともつかない美しい顔立ち。体格も中性的である。
ほとんど黒に近いような肌と、全身で唯一鮮やかな赤い目。
服は囚人の纏う拘束衣に似ていた。裾はぼろぼろで、宙に溶けるように揺れている。
『あ――あ――あぁ』
人ならざる者である事は明らかだが、浮かべている表情はとてつもなく人間らしい――寂しかった、と言わんばかりのものである。
ソレは――闇の精霊は、サカサマと三河を順番に見て、そして一瞬だけ泣き笑いのような表情を浮かべる。
『あり……、が……たい!』
次の瞬間、どん、という衝撃と共にその姿は消えていた。
主の元へ向かったのだろう、と三河がため息を吐きながら座り込む。
「行きましょう。それ、担いで持ってくっす」
「おう。……しかし、すっごいレベル上がってたんじゃねーか、あれだと」
「だいぶ溜め込んだみたいっすからね」
「まったく、……その分、苦しんだ奴が居るってことだよなぁ……」
遠い目をしつつ、壁際で未だ気絶するラドウィルを担ぎ上げる。
――開放して終わり、ではないのである。
ぬわーっ(断末魔)
どうにか滑り込みましたが、今月は残念ながら1話のみです。すいません。
ちなみに、一森のセットになっている刀は一林・一木。3本セットでとってもお得。ただし武器スロットが3つあり、なおかつ刀を装備できるクラスは実は少ない。
森舘流は森をまるごとぶった切るダイナミック剣術です。
まったく出てくる予定のない野良エルフさん。
女性だが、エルフの伝統に反したショートカット、耳はピアスだらけの不良エルフ。王族なのでハイエルフ。
名前は「アーダリカ」。とっても戦闘狂だが、殺すほど痛めつけることはあまりない。




