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探求者は侵入者







 1000年前に冒険者が消えた後、世界は大混乱に陥った。それまで適度に数を減らされていたモンスター達が押し寄せ、強固な守りを持たないような村々は跡形もなく消え去っていき、大陸の人口は大幅に減った。

 エルフの里とて、例外ではない。ただ――妖精種はモンスターに狙われにくい上、力の強いものが多かった、それだけである。



 かつて、里には八人の賢者が居た。

 彼らは冒険者プレイヤーにも劣らぬ力を持っていたものの、冒険者と違い、死から逃れる事は出来なかった。

 故に、彼らは自分たちの死後に里を守る力を残そうと、研究を始めた。

 ――その研究の成果こそ、この都を守る城壁である。

 未だ研究は続けられ、城壁は少しずつ進化し続けている。モンスターから都を守るという役割は立派に果たしているし、それ以上のことも出来る。


 だが、その影にある犠牲を知る者は、ごく少ない。




 三河たちが来た、翌日のことである。

 ――エイリアンは、既に行動を起こしていた。


 にこやかに攻撃を跳ね返し、薄っすらと見える障壁シールドを保ったままゆったりとした足取りで城壁に近づいていく。

 彼の後ろには数人の若い黒妖精が緊張した面持ちで付き従っているが、命の危険を感じている様子はない。


「この程度で僕を止めようとは。――さて、行きましょう」


 頷く黒妖精たちを率いて、エイリアンはいよいよ壁の前に立つ。先程壁から生えるように飛び出してきた幾つもの魔導砲から絶え間なく攻撃が加えられていたが、エイリアンの元に届く事はない。


 ぺたり、とエイリアンの手が壁に触れる。

 ――ざわ、と木々のざわめくような音が聞こえた後、攻撃が止んだ。


「いい子ですね」


 魔法で制御されている以上、魔法で動かせぬ道理はない。更に妖精たちにとって不幸なことに、この壁を動かす動力はエイリアンにとって相性のいい存在である。

 エイリアンが触れた場所から、波紋が広がるように壁が震え――ちょうど扉ほどの大きさの穴が開いた。


「さすが、エイル様だ」

「……ああ」


 本来扉を開く場所ではないため、扉を表す印もない。

 にもかかわらず、壁が自らエイリアンを受け入れた――それはまるで、彼を主と認めたかのようだと、若い黒妖精たちは思った。


 そして彼らは、悠々と都に入っていったのであった。







 都に鳴り響く警報に、人々は我先と家に引っ込んでいく。

 本来の避難先となるのは王宮だが、どうやら侵入者が王宮に向かっているため、人々は軍の指示に従って侵入口から反対側にある文化会館――図書館や音楽ホールのある大きな建物――の方へ向かって逃げているようだ。

 平和ボケしているように見えて、そのあたりはきちんとしているらしい。


 三河とサカサマはというと、まったくの逆方向へ走っていた。

 もちろん、迷っている訳ではない。


「まさか、こんな朝っぱらから行動するとはなあ」

「全く、あの人は……」


 周囲には目視すら不可能な速度で、駆ける。

 ともすれば誰かにぶつかりそうなものだが、不思議と体は勝手に障害物を避ける。――サカサマの方はそうでもないらしく、時折かすっていたが、それはスキルかジョブによる差だろう。


 そして辿り着いたのは、つい先日も来た王宮である。

 兵が慌ただしく出て行ったまま、まだ開いている門を抜ける。――まったく気づかれないが、これは速度が早いからではなく、隠密ステルススキルを掛けているからだ。


 入り口――そこだけでも凄まじい広さの玄関ホールで、一度立ち止まる。

 三河は目を閉じ、こめかみに軽く指を当て――探知ディテクトスキルを発動した。


 ぎゅっと閉じた瞼の裏、真っ暗な視界に光る線が描かれていく。

 同時にずきんと強い痛みが走り、膨大な情報が脳裏に流れこみ始めた。


(予想はしていたものの、流石に……きつい)


 平面的な地図だけでなく、3Dモデルのようなものが構成され、情報量は膨れ上がっていく。置いてある物も、人間も、すべて把握できる。

 だが、頭に負荷がかかりすぎる。

 本来これらはミニマップなどに表示されるもので、そのマップはシステムによって動くものだ。しかしどうやら、今はそういったウィンドウを動かす事も自らの脳に頼っているらしい。

 だから当然、スキルによって得られる膨大な情報は全て脳へと詰め込まれる。故に以前よりも、ややリスクの高いスキルとなった訳である。


 1分足らずで処理は終わったが、頭は痛むし、視界もぼやけてすぐには動けない。

 ふらついた三河をサカサマが片手でひょいと支えたが、今までほとんど病気になった事のない無菌室育ちはかなりのダメージを受けたらしく、気にしている余裕もない。


 ちなみに、清潔すぎる環境で育つと免疫が付かない云々という問題も既に解決されている。現代の子供は一昔前の子供よりよほど丈夫で、逆に病気にかかった際にパニックになることが問題になっている始末だ。


「大丈夫か?」

「……はぁ……」


 情報の処理よりも、頭痛と目眩から立ち直る方に時間が掛かった。

 はい、と返事をすることも出来なかったが、どうにか首をぶるぶると振って気分を僅かにでも回復させ――目を開き、先程までとは様変わりした世界を見た。


 あらゆるものの場所が分かる。

 行くべき場所も。――この建物の何もかも、手にとるように分かるのだ。

 これでは迷う筈もない。もっとも、それでも迷うのが三河だが――今はサカサマが居る。


「行きましょう」

「もう、いいのか」


 ええ、と頷いて三河は再び駆け出した。







まったく関係ないのですが、投稿作業中に足が痺れて悶絶しました。


というわけで4月分滑り込みました。

あと数話、と言い続けて何話でしょうか……すいません。もうちょっとだけ続くんじゃ。

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