探求者と日記
「調べてみると、あの都、ああ見えてなかなか暗い所がありますよ。まあ、王族もきちんと把握しているのかは疑問ですが」
更にエイリアンが出してきたのは、古ぼけた本だ。
所々血のような染みがあるのは気になるが、表紙には“Diary”と書かれているので、どうやら日記であるらしい。
「これは、かつてのエルフの里が都になる前に書かれた日記です。……興味深い事が書かれていますから、ぜひどうぞ。さて、どうします?」
ひととおり説明を終えて、にこ、と笑いかけてくる。
――一体どこでそんなものを、と三河は思ったものの、口には出さなかった。藪をつついて蛇を出したくはない。
「とりあえず、……何か物騒な事をしようとしているなら、止めないとな」
「無駄ですよ。まあ、テロとは言っても怪我人は出ないでしょう。――ただ、襲いかかってくるならば、特に手加減をする予定は無いのですが」
「死ぬじゃねえかよ」
範囲攻撃を得意とする魔術師が本気を出せば、冗談でなく都がひとつ地図から消える事になるだろう。
尤も、それほどのスキルともなれば発動に時間が掛かるので、止める事は不可能ではない。というか、スキル発動に時間のかかる魔術師や神官への対処としては定石である。
「……どうも、きな臭くないすか」
「え?」
黙って本を捲っていた三河の言葉に、サカサマは目をぱちくりとさせる。
エイリアンはただ笑みを浮かべたままだ。
「“黒妖精が襲撃を企てている”と、マズディルは言ってたっす。――まず、そこの性悪が企てていることだとしたら、そこから可笑しいんすよ。あんたが態々知らせてやるような真似をする筈が無いし、ましてやバレる筈もない」
「……それも、そうだな」
エイリアンの行動は気まぐれである事が大半だが、彼がじっくりと計画をした末に何かを実行しようというのなら、それがバレる事はないだろう。
三河は、マズディルの事も信用していない。だからここに来て、本当に襲撃があるのかどうか確かめようと思ったのだ。しかし――
「という事は意図的に襲撃に気づかせた、もしくは事前に知らせている――どちらにしろ不気味っすね。で、何を企んでるんすか?」
「だから、テロですよ」
「それがメインではないでしょう。――どうせ、注目を逸らした隙に国宝でも盗むとか、もしくは最初から依頼されての事だとか、そういう事でしょう」
本を読み進めるごとに、眉根に皺が寄っていくあたり、書かれているのはろくでもない事なのだろう。
エイリアンは目をぱちくりとさせ、そして――
「流石、三河さんです。よく分かりましたね――“どちらも”ですよ」
――そう言った。
「……」
「……」
「いや……、お前なー……まあ、お前だしな……」
「……期待を裏切らないっすね、もう」
今度は、2人ともがげんなりした。
それを見て、エイリアンはまた面白そうに笑うのだった。
◆
一通りの説明をされた後、サカサマと三河は帰路についた。
協力するかどうかは、まだ決めかねている。
すると言い切るには、エイリアンが胡散臭すぎる。
しないと言い切るには、あまりに道理に反する事がありすぎる。
人種差別は、もはや三河たちの世では現実味のある話ではなくなっていた。
はっきりと謝罪がなされた訳ではなく、悪い言い方をすれば忘れられただけなのだが、それでも差別が撤廃されつつあるのは確かである。
だがこの世界では、違う。その事を思い知らされたようで、2人ともどこか暗い面持ちのまま宿に帰り着いた。
「……ところで、エイリアンに借りた本、何が書いてあるんだ?」
「1000年前あたりの日記っす。長いんで、速読でも出来ないなら読むのはやめといた方がいいんじゃないすか」
疲れきったようにベッドに沈み込む。本を渡す訳でも説明する訳でもなく、ほとんど無視する形で眠ろうとした三河の肩を、慌てたようにサカサマが揺さぶった。
「いや、読むから。貸してくれよ」
「……どうぞ」
不本意そうな声音で、本を差し出す。
読ませたくないという気持ちがありありと見えていることに、サカサマは首を傾げた。
三河の数倍ほどの時間をかけて、その分厚く古ぼけた日記を読み終えた頃、あたりは真っ暗になっていた。
本を閉じ、明かりを消す。読み終えた後でも動悸が収まらず、サカサマは三河が本を渡してきた時の様子を思い出し、納得した。
もし逆だとしたら、――先に読んでいたとしたら、これを三河に読ませようと思うだろうか。
「……、随分、掛かったっすね」
眠ったとばかり思っていたが、隣のベッドが静かな声が聞こえ、サカサマはびくりと肩を震わせた。
「ああ」
「で、どうします?」
「……俺は、……何をすりゃ、いいんだろうな。お前は?」
「私は、そうっすね……ま、出来る事をしましょう。例えば、お宝を盗み出すとか」
暗闇の中、眠たげな目をした三河がサカサマの方を向く。
「まあ、表はエイリアンに任せればいいでしょう。私たちは、できること、やるべきことを」
自分の半分も生きていない少女が、大人びた笑みを浮かべているのを見て、サカサマはひどく情けない気持ちになった。
これでは、どちらが年上か分からない。
「……そうだな。ま、今日は、寝よう」
「眠れるんすか?」
少女らしい小さな笑い声が聞こえ、サカサマも思わず口元を緩めた。
しかし、緩んだ雰囲気はすぐに張り詰めたものに戻る。
三河が、一つ気になることがある、と切り出したからだ。
「エイリアンが……恐らく盗み出すものは、それに書かれているものだと思うんすけど……一体、誰に依頼されたのか」
「うーん……そもそも、依頼されたってのは盗みの事なのか、それとも別なのか」
エイリアンが行動を起こした背景は分かっても、その目的ははっきりとしない。
2人は釈然としない気持ちを抱えつつ、来たる日へ向け、ひとまずは休んでおくべきだと目を閉じた。




