探求者、魔術師に会いに行く
精霊の都の南西には、休火山であるトラトマ山がある。古くから霊山とされてきたこの山の裾野は広く、薄暗い森には悪魔が住むと言われている。
そんな森の中に、黒妖精たちの隠れ里はあった。
「……はぁ!? 何でだよ」
そんな里から一キロほど離れた森の中で、三河とサカサマは口論していた。
といっても、一方的にサカサマが噛み付いたに近いのだが。
「あんたが居たら、案内してもらえないかもしれないじゃないすか」
「だから、何でだっつの」
「アホっすか? 向こうは都から追い出された連中っすよ。あんた敵じゃないすか」
「ぐっ……いや、でも」
「なんなんすか、さっきから」
――何と言われれば、もちろん心配だからである。
三河は南極に向かえば北極に辿り着くような方向感覚を持っている上に、対人能力には些か問題がある。
だが、三河の言う事も確かに正論である。
「……じゃあ、こっそり外側から行く」
「はあ。そうっすか……じゃあ、行ってくるんで」
「ちゃんとまっすぐ行けよ、まっすぐ」
「……小学生じゃないんすから」
――小学生を野放しにするよりも、よほど心配だ。
とは流石に口に出せないが、とにかく不安を残したまま、三河は“はじめてのおつかい”に挑む事になったのである。
三河は森の中をすたすたと歩いていく。
ちなみに1人きりではなく、脇にいつぞやの犬を侍らせている。――もちろんただの犬ではない。それぞれセント・バーナード、アフガン・ハウンド、ニューファンドランドに似てはいるのだが、すべて地獄犬である。
その犬たちが必死に服の裾を咥えて引っ張ったり、頭で押しやったりと、涙ぐましい努力を繰り返しているにも関わらず――三河は明後日の方向へと向かっていく。
彼女は昔から方向音痴で、旅行中にはぐれた回数は両手の指では足りない程だ。
手を繋いでいようが、旗を持ったツアーガイドが居ようが、関係ないのである。気づけばふらりと消えて、まったく予想も付かない場所で発見されるのが常であった。
暫くして、三匹の犬たちがいいかげん諦めた頃、三河は明るい場所に出た。
「どうやら、無事に着いたみたいっす――……うわ」
無事にとは言いがたいという事実は置いておき、三河は嫌そうに顔を顰めた。
何故なら――視界に入ってきたのは、肌の黒い妖精種らしき子供たちに纏わりつかれ、にこにこと微笑んでいる白髪のハイエルフだったからである。
「……こらこら、お前たち、あんまりエイル様を困らせるんじゃない」
「いえ、構いませんよ、減るものでもありませんから。……おや?」
近づこうかどうかと迷っているうちに、ハイエルフ――エイリアンが、こちらを向く。
3匹の犬が歯を剥き出しにして威嚇するのを制して、三河は溜息を吐きながらエイリアンに歩み寄っていく――が、次の瞬間、ばっと飛び退いた。
「三河さんっ」
――満面の、先程までの柔らかなものとはまったく違う、背景に花でも浮かびそうな笑顔を浮かべたエイリアンが、飛びついて来ようとしたからである。
ややウェーブした豊かな白い髪が腰まで伸び、つんと長い耳が形の良い顔の脇に飛び出している。しみ一つ無い白い肌と、長い睫毛に縁取られたルビーのような赤い瞳。
頭には子供たちにでも貰ったのか、草で編んだ冠が乗っている。
そんな中性的な美人を前にして、三河の顔に浮かぶのは気難しい表情だった。
「……、うげ」
「お久しぶりです。よかった、……これでも心細かったんです」
「嘘っすね」
「本当ですよ」
弱々しい声で言いながら、近寄ってくる。近寄られた分だけ後ずさり、次第に2人は森の方へと近づいていった。
黒妖精たちは、それを遠巻きに見ている。本能的に三河のポテンシャルを見ぬいているのか、それともただ兎人が珍しいのかは分からないが。
「どうして後ずさるんですか?」
「近寄ってくるからっすよ」
「いいじゃないですか、再会のハグですよ、ハグ」
「こちとら先祖代々準日本人なんすけど」
「そうなんですか。僕、実は英国の血が入っているんです」
「だから何すか。今時珍しくもなんともない」
ハーフやクォーターの人口は右上がりで、特にVRシステムの普及によって国際交流が盛んになってからは爆発的に増加している。田舎でも、学校にハーフが居ないというのは稀になってきていた。
ちなみに身近な所では、レオの父方の曽祖父がハーフである。
「やっぱり、嫌われていますね」
「ええどうも、自覚したんすね」
「女性に嫌われることはあまり無いんですが、まあ、それは努力次第という事ですかね」
「は……――え?」
面食らった次の瞬間、距離が唐突に縮まった。――恐らく転移系のスキルだが、三河にはその一瞬でそれを判断する事は出来なかった。
――何故、ばれている。
思わず取り繕う事も忘れ、三河は目を僅かに見開いたまま固まった。
ちなみに三河は今、普段のままの服装である。中東風の服装と、ターバンのような帽子、銀縁の眼鏡。ちなみにこの眼鏡は伊達だが、列記とした装備アイテムだ。
「どうして分かったって顔してますね。はは、まあ普通に分析しただけですよ」
「……なるほど。あのバカとは違うっすね、流石に」
分析は便利ではあるが、使う習慣がないプレイヤーにとってはまったく無用の長物である。それによって知る事が出来る情報は、別段知らなくても困らない事だからだ。――だが、性別を知る事は出来る。
「ところで――もう1人はどうしたんです?」
更にエイリアンは、微笑んだままそう言った。
ごくりと唾を飲む。
分かっていても、心臓に悪い言葉だった。探求者である三河も精度の高い探知スキルを持つが、魔術師であるエイリアンも似たような事は出来る筈だ。
しかも、恐ろしい事に、この世界はゲームではない。――まだ三河は試してはいないが、“スキルの自作”が出来る可能性すらあった。
「……森っすよ。それで、サカサマはこの里に入っても大丈夫なんすか?」
「大丈夫ですよ。僕のお墨付きがあれば、ですが」
お墨付き無しに入ったらどうなるのか――聞こうとしたが、やめた。
どうせ、恐ろしい答えが帰ってくるに違いないのだから。
◆
三河とサカサマは、エイリアンが住むという小さな家に招かれた。
黒い肌をした妖精たちの視線は痛かったが、今はそれを気にする場合ではない。
改めて顔を合わせ、サカサマはいきなり元気に爆弾を投下した。
「久しぶりだな! つーかやっぱり俺より背高いのな。で、また何か企んでるって?」
――映画では真っ先に死ぬタイプだ、と三河は思った。
三河としては、出来るだけさりげなく、と思っていたのだが――サカサマにそんな考えが伝わる筈もなかった。
彼は喉元過ぎれば熱さを忘れてしまう、典型的な日本人気質である。恐ろしいとは思っていても、普段からビクビクしながら接する事はなく、故にストレートすぎる物言いをする。
正直言って、すさまじく三河の心臓に悪い。
「ええ、はじめてのテロリズムに挑戦しようかと」
「さわやかに恐ろしい事言ったな」
「だって、酷いじゃないですか。肌の色が違うだけで差別するなんて」
そこからテロという発想に至る所が、彼の彼たる所以である。
「里の方々を調べた所、僕たちの知る意味でのダークエルフはたったの5人。ちなみに里の人口は70人程で、残りは全員が“状態異常”でした」
「……状態異常?」
「といっても、聞いた事はありませんし、どうも悪性ではないようでして。“過感応”という状態なのです」
「じゃあ、種族が変わった訳じゃないのか?」
「いえ。種族を変える、という効果のある良性状態異常という事でしょうね」
やや真面目な顔で語るエイリアンだが、次の言葉を口にする時には、また不気味な程に穏やかな笑顔に戻っていた。
「――実は、スキルでこの状態異常を吸収する事が出来るんです。もちろん、移す事も」
ハイエルフの姿をした悪魔が居る。
もしくは、名前通り、エイリアンのようなものに寄生されているのかもしれない。
――2人は、心底そう思った。
話とは全く関係ないものの、レオの姉の恋人はアメリカ人。
昔ホームステイで片倉家に滞在した縁なので、もともとレオとリノも面識がある。
陽気だが、ギャグのセンスが変な人。
曽祖父とちょっと似ているので、祖父母に大人気。
恐らく活用される事が無さそうな設定です。




